第4話 クライマックス(4)
勇者と契約を交わした我は、勇者を別の場所に行かせると、伝声管を通して警護係の部下たちに大広間へ来るよう指示を出した。
我の元へ一番早くに駆けつけたのは執事のハバであった。有事であるにも関わらず、整えられた銀髪の下の涼やかな顔は汗の一つもかいておらぬ。
「ハバよ、どこに行っていたのだ? 何度もお主の名前を呼んでいたのだぞ」
「ベルシュート様のお傍を離れていたことは申し訳ございませんでした。ですが、これも貴方様のためなのです」
主が危機的状況だったというのに、ハバはいつも通りの冷静な調子だ。
「これから貴方様は幾度も勇者と戦うことになります。そこでは不測の事態がつきもの。ですので、勇者と対峙し、わたくしの名前を呼んでいることを知りながら、あえて手を出さないようにしたのです」
「それに……」とハバは声を低める。
「直接迎え撃つと堂々と啖呵を切っていながら、いざ勇者を前にしてわたくしに頼ろうとする……というのは、いかがなものかと」
「ぬぬぬ……」
全くその通りだ。反論もできぬ。
「ま、まあ……そのおかげで契約魔法を実戦で扱うことができたのだしな。感謝する」
「先代の魔王様から貴方様を強くするよう仰せつかっておりますので、今回の振る舞いは当然のことです。わたくしは何も感謝されるようなことはしておりません」
そう言うと、ハバは視界を遮るようにうな垂れ、その頭を片手で支えた。
「むしろ、このような意味不明な状況に陥ってしまった原因の発端がわたくしであることに責任を感じております」
休戦協定のことを言っているのだろう。
たしかに、勇者との戦闘を避けて休戦したのは意味不明なことかもしれぬ。しかし魔族の王である我が死してしまえば、魔界は崩壊してしまうのだぞ。
「ベルシュート様のことですから、貴方様が亡くなれば魔界が混沌と化してしまう……などとお考えなのでしょうが……」
的確に我の思考を読んでいるとは。さすがハバだ。
「貴方様が勇者を倒せば全て済む話ではないでしょうか?」
「容易に言うてくれるな!」
魔王城まで辿り着く勇者を倒すなんて命が最低三つはいるぞ!
「まさか、勇者相手に委縮してしまった……なんてことはありませんよね?」
「…………」
ぬぬぬ……そんな汚物を見るような目で我を見ないでくれ。
我が生まれた時(ハバがまだ八つの時)から世話をしてくれているハバは我に厳しい。父上が亡くなってからは魔王としての自覚を持つ必要があるということで、より厳しくなった。毎日叱られている。
しかし、今回は勇者が相手。
ハバは勇者の恐ろしさが分からぬから、委縮するな、などと言えるのだ。我は契約が完了してからも、とてつもなく緊張していたのだからな!
声が震えるのを必死に我慢して低い声を出したり、威圧感を精一杯出したり……。ただ、一番怖かったのは、勇者が契約書を偽物だと言って我を斬ろうとした時だ。
足が震えるなか、平静を装うので精一杯であった! 契約魔法で大丈夫なのは分かっていても怖いのに変わりはあらぬのだ!
それから、緊張してなぜか最後に握手を交わしてしまったのだからな!
ハバよ、少しは我の苦労を汲み取ってほしい。
「コホンッ」
不意にハバがわざとらしく咳払いをした。
「ベルシュート様。何か言いたいことがあるようでしたらどうぞ」
「…………何もあらぬ」
そんなに鋭い視線で容赦のない顔を向けられては、何も言えぬであろう……。
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