第3話 クライマックス(3)
魔王の様子が変わった。
得体の知れない恐ろしい気迫を感じる。いったい何をするつもりだ?
さすがに二回も威嚇してくることはない。ということは、次は容赦なく攻撃してくる。
……終わった。
魔王の攻撃って言葉の響きだけで地鳴りが起きそうだし、攻撃が当たったら焼き裂かれるような痛みが全身に走り、骨も残らず無残な消し炭と変わり果てた後、魔獣たちの糞と混ざって肥やしにされそう……。
どうするどうするどうする。
このままだと魔王に傷一つ付けられずに死んで糞まみれになってしまう…………。
「勇者よ、一つ提案がある」
魔王が話しかけてきたぁぁぁぁぁ!
しかも目がボクをしっかりと見据えている。逃がさないぞって目が言ってる。
いや、魔王の空気に呑まれてはダメだ! 少しでも勇者らしいことを言わないと!
「魔王よ、提案とはなんだぁ。内容によっては、その首を斬ることになるぞぉ!」
やばい。声が震えた。
バレたバレたバレた。怖気づいているのがバレた!
ん? 魔王が紙とペンを取り出した。
空中に紙を浮かしてペンを進めている。いったい何を書いているんだ? さっき言ってた提案かな? それよりも、怖気づいているのはバレてないかんじ? セ、セーフ!
書き終えたらしい魔王がボクの方へ紙とペンを魔法で送ってきた。
だんだんと近づいてくる紙とペンが怖い。
これって大丈夫なやつだよね? 書いてある文字を読んだら呪われて、体中が悲鳴を上げるほどの悪寒に襲われ、最後には奇声を上げて死に果てるみたいなものじゃないよね?
紙とペンはボクの目の前に浮いて止まった。
ど、どうする? 紙を斬るという選択もある。勇者としてはそうするべきか? でも、そうしたら魔王の反感を買うことになり、いきなりとんでもない魔法を使われる……なんてこともあるかもしれない。
「よし…………」ここは魔王に従おう。
とりあえず、紙に書いてあることを読めばいいんだ。
ボクは魔王への警戒を忘れずに紙に書かれていることを読み始める。
紙の一番上に『契約書』と書かれている。魔法による契約か。
いったい何を契約させるつもりなんだ?
『魔王は勇者に危害を加えることができず、勇者は魔王に危害を加えることができない』
なるほど。つまり、これは――――休戦協定。
待て待て待て。
騙されちゃダメだ! これはきっと罠だ!
ボクが名前を書けば契約が成立するらしいけど、実は名前を書いたらその人は魔王に逆らえば死を迎えるっていう悪魔の契約書で、魔王の言うことを聞いて焦り焦って踊り狂うボクを魔王は片手にワイングラスでも持ちながら愉しむに違いない。
ボクは恐る恐る大広間の奥へと視線を移す。
魔王は……ボクを睨んでいる。凝視だ。書かなかったらどうなるか分かっているだろうな、とでも言いたそうな目だ。
どうするどうするどうする。
書いたら言いなりになるかもしれない。でも、書かなかったら魔王の怒りでボクはあっけなくあの世行きだろう。
うーん、死ぬよりは生きてる方が良いよね。じゃあ、書こうかな……名前。
ボクは震える手でペンを握った。
記名する場所に目を向けると、先に魔王の名前が書かれていた。
ボクは空いている一つ上の段に自分の名前を書き始める。
震えているのを誤魔化すためにゆっくりと丁寧に紐のような文字を書き終えると、契約書を縁取る不思議な紋様が一瞬だけ光を帯びた。
「契約完了だな」
魔王の声が聞こえた。契約書が魔王の元へと戻っていく。
あれ? 何も起きない。体に悪魔の契約書的な異変もない。
もしかして、本当に休戦協定だったの?
「勇者よ、お主の心がけに感謝する」
助かったぁぁぁぁ……!
どういうわけか分からないけど、戦わなくて済んだ。死なずに傷を負うこともなく、こうして息を吸っていられる。戦わないことがこんなにも嬉しいことだとは!
想像以上の高揚感だ。
安心するのも束の間 魔王がボクに向かって歩いてきた。
な、なになになに?
契約を交わしたから攻撃できないよね? 大丈夫だよね?
魔王はボクの前で立ち止まると咳払いをした。
「契約内容の通り、我々は互いに危害を加えることはできぬ。これを肝に銘じておけ」
威圧感がとてつもない。さっきの魔獣よりも大きく感じる。
でも、ボクは勇者なんだ。ここで震えているわけにはいかない!
「それは本当だろうな。契約書は偽物だったりするんじゃないのか?」
絶対にそうあってほしくはないけど、ボクは大剣を握り直して臨戦態勢をとる。
「心配ならば、その剣で我を斬ろうとしてみればよい」
攻撃したら反撃されたりしないかな……。
いや、大丈夫だ。契約通りならボクの攻撃が当たらなければ魔王の攻撃も当たらない。
「いくぞ!」
「来い」
「はぁああ!」
力を込めた大剣が魔王と重なる瞬間だった。
「!」
ボクが振り下ろした大剣は、時が止まったかのように静止していた。
大剣と魔王の間に薄い結界が張られていたのだ。結界には契約書で見た紋様が描かれている。
「これで気が済んだか」
魔王は顔色一つ変えずにボクを睨む。な、なんて精神力なんだ……!
「あぁ、分かったよ」
大剣を鞘に納めると、魔王はボクに手を差し出した。
「我はベルシュート。魔王ベルシュートだ」
怖くて断ることもできず、つい差し出された手を握る。
「ボクはヴェーベン。勇者ヴェーベンだ」
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