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第35話 真のクライマックス(4)

 聞き間違い……では、さすがに説明が難しいな。


 今、勇者が泣き喚いて命乞いをしていなかったか?


 勇者……ってこれほどまで勇ましくない者だったのか?


 しかし、我も人の事は言えぬ。あれだけ無様でありのままの発言をしてしまったのだから。


 契約で嘘や誤魔化しができない今、あれが勇者の本音ということになる。あれほど動じず、威勢があり、大剣を自在に扱っていた勇者が、勝てるわけがないなどと言っている。


 む? もしや、魔物の手に握られている勇者は影武者ではないか?


 だとすれば、本物の勇者はどこかに潜んでいるわけで、まだこの絶望的な状況を打開できるのではないか?


 魔物に握られている我は、涙を零して反対側の手に捕まっている影武者に尋ねる。


「もう一人はどうしたのだ? 加勢してくれぬのか?」


 影武者は「もう一人?」とピンときてないようで、歪んだ顔で我を見ていた。


「な、何を言ってるの?」


「だから、もう一人いるのであろう? 早く助けるよう伝えてくれ」


「意味が分からないよ! そもそも魔王なら簡単に捕まらないでよ!」


「うぐッ。しかし、お主も勇者だと主張できるだけの力があれば、このようなことにはならなかったのではないか!」


「ボクだって頑張ってるんだよ! 魔王城に辿り着いて、いざ魔王を前にして怖がってたくらいなんだから、これくらいしかたないじゃないか!」


「おかしなことを言うな! お主は我の魔獣に全く動じずなかったではあらぬか! 初めての勇者襲来で我がどれだけ焦ったことか!」


「焦る? 嘘を吐くな! ボクを捕らえて生贄にしようと企んでいたんだろう!」


 む? 生贄? 何の話だ?


「捕らえたのは、葬るのは気の毒だし、判断を先延ばしにするためだ」


「え?」


 む! 正直すぎるぞ、我!


「騙されないぞ! 美味しいごはんやフカフカのベッド、それから牢屋から解放したのは良質な生贄にしてマシューに捧げるためだったんだろう?」


「マシュー? マシューなら関係ないぞ。それに生贄なんて話も聞いておらぬ」


「関係ない? じゃあ、こうしてマシューに捕まっているのはどうしてだ!」


「訳の分からぬことを! そういえば、お主はピンチに強いのではなかったのか? 覚醒せぬよういろいろと手を尽くしたというのに、なぜ捕まっている今は覚醒せぬのだ!」


「覚醒? もしかして裏のボクのことに気付いていたのか?」


「いや、すまぬ。影武者のお主に言っても無駄であったな。全て忘れてくれ」


 そうであった。魔物に捕まっているのは影武者だ。つい熱くなって間違えてしまった。


「影武者って何? ボクは勇者ヴェーベンだ! 影武者なんていない!」


「そ、そんなはずはあらぬ。入れ替わりをしているのであろう?」


「たしかに入れ替わってるけど、影武者なんかじゃない。裏のボクだってヴェーベンだ」


「ぬぬぬ……。入れ替わりだけど、影武者ではあらぬ……?」


 真実を言っているはずだが……頭が混乱して、ついていけぬ……。


「コレカラ死ヌコトヲ忘レテ喧嘩トハ、イイ度胸ダナ。モウイイ。同時ニ殺シテヤル!」


 息を乱していたところへ、急迫した空気が流れ込む。


 魔物が我らを睨み、霧状の口を大きく開けた。


 真っ黒な口の中にいくつもの霧が立ち込め、それらが形状を鋭く変化させていく。小さな霧が不穏に蠢きひしめき合い形成されたのは、獰猛な悪魔のような牙。


「ソノ首、喰イチギッテヤル‼」


 ぬぬぬ……! おしまいだ……。


   ■


 ……終わった。


 どうしようどうしようどうしよう。


 魔物がおぞましい口を開けてボクと魔王を噛み砕こうとしている。


 やばい! 掴まれている状態じゃ動けないし、どうにもならないよ!


 じたばたしている間にも、霧の凝集した鋭利な牙がボクのすぐ頭上に。


 ……消えたい。今すぐ消えてここから逃げ出したい。


 極限の状態では魔法の精度が上がるみたいだ。無意識に魔法で存在感を消していたら、自分でも存在しているのが分からないくらいにボクは薄っすらとしていた。


『おい、動け!』


「……ハッ!」


 裏のボクに叫ばれ、ボクは自分の意識を取り戻す。


「ン? 勇者ノ気配ガ消エタ?」


 ふと、魔物の握力が弱くなった。存在を見失って焦ったのだろう。


『今だッ!』「はああぁッ!」


 心の内から鼓舞され、隙間が生じた一瞬の間にボクは大剣を縦横無尽に走らせる。


「イツノ間ニ! イッタイ何ヲシタ!?」


 動揺する魔物から解放され、着地。


 一瞬で腕を形成させる魔物と向き合う。


『最後はオマエ自身で決めるんだろ。しっかりとヴェーベンとしての力を使えよ』


『うん、ありがとう』


 あれだけ存在感を消したけど、裏のボクに意識が反転することがなかった。きっと裏のボクが『最後はボクでなんとかする』という思いを尊重して意識を抑えてくれてるんだ。


 勇者ヴェーベンとしての力……表も裏も全部使っての力なら、次こそ魔物の核を斬ることができるはずだ。大丈夫。感覚はもう掴んでいる。


「いくよ、ボク」


 気を集中させると渦巻く魔力が大剣を纏い、激しく振動する空気が風を巻き起こす。


 取り巻く風と強大な魔物が、勇者としてここに立っていることを鮮明にボクの心へ刻ませる。


 魔物の左足の下、少し膨らんだ箇所。


 狙いを定めると、ボクは風と共に床を蹴った。


「小癪ナ! 大人シク捕マレェ!!」


 魔物は腕を細く分裂させると、ボクに向けて無数のムチのように攻撃を仕掛けてきた。


 避けきれない。斬るしかない。


 大剣を振ろうとしたが、急に細い腕の迫る速度が上がり、瞬時にボクの額に着く。


「……ッ」


 予測できなかった攻撃に身が強張る…………が、衝撃や痛みは一切なかった。


 強く閉じた目を開けると、そこには魔王城へ来てから幾度か見た紋様が。


「魔物よ、勇者に専念して我への警戒を怠ったな」


 魔王が見慣れた紋様の浮かぶ紙を、魔物の指の隙間から飛び出たペンの先に見せていた。


「契約だ! 勇者よ、これを利用せよ!」


 ボクにだけ読めるように見せてくれた契約書には、


『これより一〇秒間、大広間にいる者の攻撃は他者に当たることはない』と書かれていた。


「残り五秒だ!」


「分かった!」


 魔王の意図を読み取ると、ボクは大剣を握り直し、駆け出す。


「ナゼダ! ナゼ攻撃ガ効カナイッ!」


 雨のように無数の腕がボクに降りかかるが、ボクはそれを避けることも斬ることもなく魔王の契約に守られ、突き進んでいく。


 そして、魔物の弱点である核を間合いに入れた。


「あと一秒」


 猛攻を激化させる魔物の攻撃が幾度となく弾かれる。


 契約で当たらないとはいえ攻撃されるのは怖い。気を抜けば口から心臓が出ちゃいそうだ。


 だけど、ボクは逃げない!


 怖くても脅威に向き合う。それがボクの憧れた勇者だ!


「……契約終了」


 呟くと、ボクは存在感を消した。


「消エタダト?」


 見据える先には魔物の核のみ。


 魔物の攻撃の軌道から外れると、ボクは魔力を込めた大剣を、口が動くまま思いの丈を叫びながら力いっぱい振るう。


「死にたく、ないいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!」


 大剣が核に斬り込んだ瞬間、魔物は体を形成していた霧を大きくうねらせて暴れ、核からさらなる霧を噴出させて嵐のように辺りを暗く染める。


 同時に、「うぬぅ、うおッ、と、止まってくれぇ……ぉぉおおお!」と気持ち悪そうに揺られる声が聞こえたけど、構っている場合じゃない。


「はああああぁぁぁぁぁぁぁ………………――!!」


 絶対に決める!


「ぬぬぬ……ま、待つのだ、勇者! 剣の軌道に我が入って――」


 心と体の底からありったけの力を湧き起こした刹那――黄金に光る一閃が走り――ボクは魔物を斬り裂いた。


「ウギュエエエエエェェェェェェェェ‼」

「うむぬぅおおおおおおおおおおおお‼」


 真っ二つになった核から、おぞましい断末魔が上がる。なぜか二回も。


 激しくうねり狂った霧はパッと浄化されたように消え、二つに分裂した魔物も灰と化す。


 倒した。


 やったよ……、生贄の魔物を倒せた……。


 突風の中を駆け抜けた感覚でいたボクは、まるで魔王を倒したかのような達成感に襲われ、急に表れた疲労に為す術なく倒れた。


 まだそこに魔王がいるって知りながら、これで終わりなんだと思い込んで。


「わ、我まで殺す気か…………」


 近くで呻く声が聞こえたけど、気のせいだ。たぶん。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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