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第30話 エンカウント(3)

「マシュー様が勇者を見つけたようです」


 淡々とした口調でハバが言った。


 夜が更ける魔王城の執務室で、我はなんとか今日の職務を終えて一息吐いたところだ。本物の勇者が城内をうろついていると考えると、仕事も手に付かぬ。


「とうとう勇者が見つかったか……」


「どうやら一時間近く、追跡を続けているようです」


「む? 一時間も?」


「いくら同じ魔族といっても、メライトロ領の方々が複雑な造りをした慣れない魔王城で勇者を捕らえることは難しいのかと」


 へとへとで走る姿を想像していると、慌ただしい足音が聞こえ、すぐに執務室の扉が開いた。


「伝令です! マシュー様が勇者を見失ってしまったとのことです!」


 なぬ!


 これでは、野放しの勇者がいつ我の首を狙いに来てもおかしくないではないか!


「今すぐ城の警戒を強めよ!」


 伝令の者に指示を出し、我は悩ましく腕を組む。


「追い詰められた顔をしないで下さい。貴方様には常に堂々として頂かなければ困ります」


「だが、勇者の問題を早く解決しなければ、反乱軍がやって来るのだぞ?」


「その反乱軍ですが、殲滅されたようです」


「…………」


 突然の報告に言葉を失った。


「せ、殲滅? どういうことだ?」


「どうやら反乱軍は運悪く勇者の仲間たちと遭遇してしまったようです。映像がありますので、そちらをどうぞ」


 思考が追いつかぬ我を放って、映像が映し出される。そこには、城外の監視設備が記録したゾッとする光景があった。ハバの解説と共に我は反乱軍の恐怖を追体験することになる。


「まず、南から攻めてきた反乱軍ですが、聖女に遭遇。敵と認識した反乱軍は大勢で聖女を取り囲み、一斉に跳びかかりました。が、魔族にとって猛毒である聖なる魔法……浄化魔法を放たれ、わずか十秒足らずで全滅」


『どうしましょう……。つい浄化魔法を放ってしまいました。あぁ、そこまでするつもりはなかったのに。相手が諸悪の元凶たる魔王であれば、どれだけ良かったことか』


 朽ち果てていく反乱軍の真ん中に立って、聖女が物騒に呟く。我にも慈悲がほしい。


「次に、南西から攻めてきた反乱軍は、剣士に遭遇。勢いのままに接近してきた反乱軍を剣士が迎え撃つかたちで衝突しました。が、受け止める……というより、斬り裂くようにして、剣士が一人残らず斬り捨て、反乱軍は全滅」


『この程度か! さあ、魔王。首を洗って待っていろ。すぐに斬り捨ててやる!』


 見るも無惨な反乱軍の兵たちを踏みつけて首斬り宣言をする剣士に、身震いして我は首を手で押さえる。


「最後に、北西から攻め込んできた反乱軍は、魔術師に遭遇。身を隠した魔術師に気付かず反乱軍が近くを通過しようとしました。そこで仕掛けられた魔法トラップが作動。魔王城まで勢いよく前進していたことで静止できなかった反乱軍は阿鼻叫喚しながら全滅」


『疲れたな。でも、魔王を倒せば帰れる。早く魔王をやっちゃわないと』


 壊滅した魔族を小高い丘の木陰から覗いて、魔術師はその場を後にする。来ないでほしい。


「よって、反乱軍は滅びました」


 我は戦々恐々としていた。


 たしかに反乱軍という不安は消えた。だが、魔王城を目指す勇者の仲間はたった一人で一つの反乱軍を殲滅してしまったのだ。想像を遥かに超える脅威が迫ってきている。


 おしまいだ……。


「何を怯えているのです? 勇者の首があれば、勇者の仲間は絶望して貴方様の首を諦めます。援軍が勇者を始末してしまえば全て解決するのですよ」


「その勇者はいつ我の首を斬りに来るかも分からぬのだぞ!」


「そうならないために、バカげた契約を結んだのではありませんか」


「勇者は制裁を覚悟で我に斬りかかってくるかもしれぬ。それから、我以外は気付いておらぬが、勇者には影武者がいるのだ!」


 緊迫感を持って伝えたのだが、ハバは大きなため息を吐いた。


「ハア……、貴方様が見てきた勇者は一人だと思いますが」


「いや、素早い入れ替わりをしたのだ。気付かぬのも無理はあらぬ。我らは勇者に弄ばれていたのだ! ハッ、影武者に我の首を斬らせて制裁を肩代わりさせるつもりやもしれぬ!」


「貴方様は昔から悪い方向への想像力は飛び抜けていましたからね。分かりました。でしたら貴方様の警護を強めましょう。それで問題はないはずです」


「うむ……」


 しかたがないからそういうことにしておきましょう……という蔑視の意味合いの言葉を受け、我の胸の中に靄が溜まる。


 たしかに我の警護を強めれば心配はいらぬ。だが、それで魔王と言えるのか。


 ハバは我が大切な存在であるから、我の警護を強めるという判断を取ったのであろうが、それではハバが求める堂々とした魔王から離れてしまうのではないか。矛盾している。


 それもこれも我が頼りないからだ。


 我に魔王としての器が整っていれば、こうはならなかった。勇者に堂々と立ち向かい、今ごろ祝杯を挙げていた可能性だってあるのだ。


 ――魔王として、我は弱い。


 靄の正体はこの一言なのだ。何度も向き合ってきた『魔王』という我の肩書きが、勇者を前にして揺らぎ始めている。薄々感じていたことだが、今になってようやくそれを実感した。


 父上が今の我を見たらどう思うのだろうか?


 勇者を前に臆して戦うこともなく休戦を結び、牢獄に入れたはずが脱獄されてビュシーを人質に取られ、挙句の果てに、我が自由にしたというのにこうやって怯えている……。


「これでは叱られてしまうな」


 そう呟くと、我がすべきことが見えてきた。


「ハバよ、我に警護はいらぬ」


 そうだ。勇者に臆していては魔界の長など務まらぬ。


「それからマシューに伝えてくれ。勇者の追跡は止め、自身の安全を優先してくれ、と」


「ベルシュート様……?」


 ハバは戸惑った様子を見せる。てっきり喜んでもらえると思ったのだがな。


「あともう一つ。勇者に伝えねばならぬことがある」


「勇者に、ですか? しかし、勇者はどこにいるか不明で……」


「いや、隠れているとしたらあそこだ。そこに今から書くものを届けてくれぬか?」


「いったい何を……?」


 落ち着かずに我を見つめるハバをよそに、我はある文言を書いた紙を二つに折って渡した。


 受け取ったハバはその内容を見て叫ぶ。


「いけません、ベルシュート様!」


 我が書いた文言は『勇者よ。明日の正午、大広間にて魔王である我と一対一で戦い、決着をつけよう』というもの。


「血迷ってはなりません!」


「血迷ってなどおらぬ。魔王城で起こったことに関しては我が全ての責任を持つ。勇者が来たのなら、我がその脅威をなくそうとするのが当たり前であろう」


「そう言って結局、休戦を結んだのをお忘れですか?」


「案ずるな、あの時とは違う」


 もう覚悟が決まっているのだ。


「たとえ、我が死ぬことになったとしても、勇者は倒すつもりだ」


「バカなことを言わないで下さい!」


 珍しくハバが顔を真っ赤にしていた。


「勇者相手に魔王が死ぬなんてこと、あってはならないのです! 貴方様は生きていなければならないのです!」


「すまぬな、ハバ。我は何をすべきか分かったのだ。それに、勇者と戦うと決めた魔王の意志を曲げようとするのは、執事としてあってはならぬことであろう?」


「ですが……」


「我は魔王だ」


 静かに言い放つと、ハバは口を閉じた。


「負けるつもりなど微塵もない。主の勝利を願っていてくれ」


「……どうやら折れるしかないようですね」


 まだ興奮した声でハバは言う。


「ですが、わたくしもそれなりの対応を取らせて頂きます」


「うむ」


「では、失礼します」


 勇者への文言を手に、ハバは執務室を出ていった。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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