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第31話 エンカウント(4)

「ハア……ウッ、ハア……ハア…………」


 どれくらい走ったのだろうか? ボクはえずきそうになりながらも呼吸を整える。


 なんとか貴族っぽい魔族をまくことができたみたいだ。途中から怒りが噴出したみたいに黒いもやみたいなのが魔族の体から出ていておぞましかったな……。


「いたぞ! こっちだ!」


「えええぇぇ……」


 逃げ切れたと思ったら、すぐに見つかってしまった。


 力を振り絞って全力で駆けようとしたら、通り過ぎようとした部屋の扉が急に開いて……。


「うわッ!」


 突然、体を引っ張られ、部屋の中に引きずり込まれる。


 やばいやばいやばい。


 必死に抵抗しようとしたら、相手は案外すんなりと放してくれた。


「大人しくして、ヴェーベン」


 その声と顔に気付き、ボクはスッと緊張感を解いた。


「……ラーム」


 扉に耳を当てて外の様子を探るラームはやがて「もう大丈夫みたい」と微笑む。


「救護室にいなくて大丈夫なの?」


「抜け出して来ちゃった。どうしてもヴェーベンが心配になっちゃってさ」


「……!」


 友情……絆の力をヒシヒシと感じる。友達ってなんて素晴らしいんだろう!


「ありがとう、ラーム!」


 ボクは友達を守るんだ。魔族から逃げ回っている場合じゃない。とにかく魔物を倒すことだけに集中しないと。そのためには、魔物が来るまで魔族から隠れて待つ必要がある。


「ここは安全なの?」と言いかけて、ボクは見覚えのある部屋にいることを知った。


「安全だよ」とラームが答える。「私の部屋だもん」


 フワッとした温かさを感じた。楽しい思い出が頭をよぎる。


「外が落ち着くまでここにいればいいよ。まさか私の部屋に勇者がいるなんて誰も思わないだろうからさ。それに……」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべてラームが変な間をつくる。


「いつでもヴェーベンの好きな添い寝をしてあげるよ」


「そ、そそそんなこと、とと……!」


 プッと吹き出すラームを軽く睨んでいると、スッと扉の下から紙が差し出された。


「「……ッ!」」


 反射的に身を強張らせたが、誰かが何を言うでもなく扉の向こうは静かなままだった。


 意を決したラームが差し出された紙を取り、二つ折りのそれを開く。


 指示書か何かなのだろうか? 


 声を掛けようとしたら、先にラームが口を開いた。


「魔王様からみたい。それも、ヴェーベン宛てだよ」


「……!」


 魔王はボクの居場所をお見通しだったのか! 知っていながら泳がせて、ボク宛てに何かを寄こしてきた。生贄の日時とか書いてたらどうしよう。


「これ」と硬い表情のラームから紙を受け取る。


『勇者よ。明日の正午、大広間にて魔王である我と一対一で戦い、決着をつけよう』


 手汗で紙が滲んでいく。


 そうか。魔王は…………とうとうボクを生贄に捧げるんだ。


 一対一で決着をつけるというのはきっとそういうことなんだ! ストレスフリーの放牧を終えて、ボクを力で取り押さえ、魔物の大きな口へ放り込むつもりなんだ! 


「ど、どどどうしよう…………え」


 ガタガタと震えだす体が、不意に温かく包まれた。


 ラームの腕がボクの体をギュッと掴んでいた。


「ふぇえええ!」


 唐突にハグを交わされたボクは、布越しに伝わるラームの体にドキドキしていたが、震えるボクを落ち着かせようとしてくれたんだと気付き、そっとラームの腰に手を添えた。


「ありがとう」


 せっかく決意をしていたのに、魔王の文字を見ただけで決意が崩れちゃうなんて情けない。生贄の時がもうすぐ来るというなら……魔王との決着の時がようやく来るというのなら武者震いをするべきじゃないか。


「ねえ、ヴェーベン」


 放さないようさらに強く抱きしめてきたラームの髪がボクの頬を撫でる。


「私は……」


「ごめん、ボクは勇者だから。使命を投げ出すことはできないんだ」


 何を言われるか想像がつき、先に断ると「そっか……」とラームは寂しそうに呟いた。


「せっかく魔王が決着をつけようと言ってるんだ。それに応えない勇者はいないよ」


 魔王自ら戦うことを意思表示してくれたのだ。奇襲されるよりどれだけ良いか。制裁を受けても友達のラームが助けてくれる。魔物の相手はその後、体が回復してからだ。


 明日。歴史上、未だ誰も成し得なかった魔王の打倒へ、ボクは挑戦する。


   ■


 明日、勇者と戦う。


 急遽、修繕させた寝室で横になりながら、我は自分に言い聞かせる。


 もう逃げることはできぬ。父上のように立派な魔王となるためにも堂々と勇者を迎え撃つ。


 ハバには警護はいらぬと言ったため、実際に我の寝室の周囲に警護班の者はおらぬ。


 だが、何もせぬわけではない。


 我の契約魔法は、契約内容が些細なものであれば基本的に我一人の記名だけで成立するのだ。今は我の寝室に『魔王がいる場合、勇者は寝室に侵入できない』という契約をかけている。


 これで安心して明日のためにしっかり休息を取ることができる。


 ハバは我が死ぬかもしれぬと思って取り乱していたようだが、我には契約魔法があるのだ。いかに勇者が狡猾で強いといっても、我の契約魔法を破ることはできぬ。


「落ち着いていれば問題はない」


「でも、落ち着いていられないのが……愛」


 む?


 今、我以外の声が……。


 ベッドの傍に佇む姿に我は仰天して、ガバッと上体を起こす。ビュシーだ。


「ごめんなさい、驚かせてしまいましたよね。一応ノックはしたのですが、深く考え事をしていらっしゃるみたいでしたので。そっとしておこうと思ったのですが……つい」


 つい?


「ベルシュート様もビュシーと同じ想いをされていたと知って口を出してしまいました」


「同じ?」


 別にビュシーは勇者と戦う必要はないのだが。


 いや、それよりも……。


 なぜビュシーが我の寝室にいるのだ? 薄いレースの寝間着を羽織っているが……。


「相手のことを大切に想っているからこそ、落ち着いていられないものですよね」


「いったい何のことを言っているのだ?」


「もう、わたくしの口から言わせる気ですか?」


 テーブルランプを点けた我の隣にビュシーが腰を掛ける。


 体の線に合わせた艶やかな陰影と共に照らされるビュシーの寝間着姿に思わず見惚れていると、「あまり見られると、恥ずかしいです」と赤面させてしまった。


「いや、すまぬ。そういうつもりでは……」


「でも、嬉しいです」


 そっとビュシーが我の太ももに手を置く。


「ハバから聞きました。ベルシュート様はビュシーとの子供が欲しいのですよね?」


「…………今、何と言ったのだ?」


 聞き間違いかな? そ、そうであるよな?


「ですから、ビュシーとの間に今すぐ世継が欲しい。我慢が効かぬのだ……と仰ってくれたのですよね? もう、素直に直接言って下さったらいいのに。ウフフ」


 わ、我はそんなこと一言も言っておらぬぞ! 何が目的でハバはそんな嘘を……。


 ふと、理解した。


 ――死ぬ覚悟があるのなら次期魔王をこさえろ。


 そうハバは伝えているのだ。それなりの対応を取ると言っていたのは、こういうことか!


「やはり気持ちが高ぶってしまいますね。ビュシーも落ち着かないと」


「ビュシーよ、我はそのようなことを……」


「分かっています。これはあくまで婚約の意志を確かめるための儀式のようなもの。正式な婚約は明日に行うのですよね?」


「いや、そうでは……」


「まずはキッスからで、いいですよね?」


「ま、待つのだ。ビュシー」


「本当に焦らすのがお好きですね。でも今日はダメです。ビュシーも我慢ができなくて……」


 恍惚とした表情を浮かべるビュシーが我の肩に手を添える。


 まずい! このままでは押し切られてしまう!


 こんなかたちで婚約を迫られるのは御免だ! なんとかしないと……うぬっ! 手が滑って押し倒されてしまった! ぬぬぬ……! 乗り掛かるたおやかな体が我を退避不可能な状態に陥らせる。


「ベルシュートさまぁ……」


「ま、待ってくれ! 落ち着くのだ、ビュシー! 落ち着くのだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その夜は、落ち着くことなど到底不可能であった。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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