第28話 エンカウント(1)
宵闇の空に月が浮かび始めた頃、マシュー率いるメライトロ領の援軍が到着した。
その目的はもちろん我の代わりに勇者を葬ること。制裁の都合で強引に捕らえることができぬ勇者は魔王城を自由に動けるため、そのうち見つかり戦闘が起こるだろう。
そこまで考えると、勇者は一人ではないのではないか、という疑念が強くこみ上げる。
「もしや……」
ふと頭の中にある仮説が浮かび上がった。
――勇者には、影武者がいるのではないか?
であれば、急変した態度を取ることが上手く説明できる。おそらく素直なほどに怯える勇者と勇猛に戦闘を仕掛ける勇者の二人がいるのであろう。勇者ほどの者であれば我らが気付けぬ早さでの入れ替わりくらい難なくこなせるであろうし、我らを油断させるという点ではこれ以上にない戦略だ。
ぬぬぬ……想像以上に厄介だ。
素直な勇者と勇猛な勇者の二人が我の首を狙っている状況。例え援軍が一人を仕留めたとしても、もう一人が影から我を狙っているのだ。二人仕留める必要がある。
しかし、だからといって勇者の命を奪うというのは、何だか気が進まぬ。
きっと勇者の素直に契約に従う面と、ラームを抱きしめていた思いやりのある面が我を迷わせているのだろう。
む?
我が迷う原因となっているのは勇猛な勇者ではなく、全部素直な勇者の方ではないのか?
逆に捉えれば、勇猛な勇者は常に我の危険因子。ビュシーを人質とし、我の首目がけて大剣を振ってきたのもきっとそうだ。生かしてはおけぬ。果敢なところも見ると、おそらくこちらが本物の勇者。素直な勇者が影武者ということなのだろう。
「ベルシュート様」
執事のハバの声で我は大広間に意識を戻した。
整えられた身嗜みの気品のある青年貴族が我の元へ歩を進めている。
「長い道のり、ご苦労であった」
きちんと威圧感を出して我が言うと、マシューは膝をついて頭を下げた。
マシューはメライトロ領の領主貴族。魔界の情報網を束ねる重要な存在だ。我より五つ年上の誠実で几帳面な好青年であり、我への忠誠心は領主貴族で一番強い。とても清々しく真っすぐな忠誠を誓ってくれるのだ。ビュシーのそれとは全く違う。
「メライトロ領援軍、ただいま駆けつけました。少しでもベルシュート様のお力に……」
「堅苦しい挨拶はよい。今は勇者の脅威が迫っているのだ。端的に行動せよ」
「これは失礼致しました! 以後気を付けます」
事前にハバに言われた通り、我は緊急的な雰囲気を醸した。あとは勇者の動向についても事実上の休戦状態にあるということを避けて伝えねば。
「勇者であるが、今は城に潜伏している状況だ。つい先日まで戦闘を交え追い詰めたのだが、最後には狡猾な手で逃げられてしまった」
「勇者が尻尾を巻いて逃げるとは、さすがベルシュート様。ですが、狡猾な手とはいったいどのようなものだったのですか? お怪我はなかったのですか?」
「案ずるな。勇者は我の首を斬ろうとしたのだが、それには及ばずだ。怪我もあらぬ。だが、あの時は本当に死を覚悟……」
「ゴホンッ!」
死を覚悟した、と言おうとしたら、ハバが咳払いをして遮った。
そうであった。魔王として、少しでも勇者に屈するような言動をしてはいけぬのだ。
「ベルシュート様、今、死を覚悟……と仰いましたか?」
「いや、言っておらぬ。し……塩を軽くつまむぐらいの余裕があったと言おうとしたのだ」
「そうでしたか。申し訳ございません、余計な口を挟んでしまいました」
なんとか誤魔化せたようだ。マシューとは幼少期から交流があるため気が抜けてしまう。
「では、我ら援軍は城中を捜索し、勇者を見つけることに尽力致します」
「頼む。だが、気を付けよ。勇者は人質を取るという卑劣な行為にも及んでいるのだ。あの時は肝が冷えた。我が代わりに人質になろうと『ゴホンッ、ゴホン!』」
「今、なんと?」
「いや、何でもあらぬ」
「代わりに人質に、と仰いませんでしたか?」
「気のせいだ」
「……そうですか。失礼しました」
威圧感を出すと、マシューは大人しくしてくれた。だが、マシューの体から黒いもやが出ているような、まさか不満を可視化して……いや、そんなわけあらぬな。
「とにかく勇者を見つけてくれ。だが、すぐに戦闘を仕掛けるでないぞ。勇者が攻撃してくるのを待って攻撃するのだ」
「承知致しました」
契約での制裁を考慮すると、マシューたちから攻撃すれば援軍が制裁を受けてしまう。不利な状況を避けるためにも、先制攻撃だけはしてはならぬ。後に来る反乱軍のことを考えるならなおさらだ。
「ところで、ベルシュート様。気になることがあるのですが……」
マシューは視線を我の横へと向けた。その視線を追うと……。
「なぜ、ここにビュシーがいるのでしょうか?」
なぜ、ここにビュシーがいるのだ? 安全な場所へいるよう命じたはずなのだが。
「あら、マシュー。相変わらず情報がないと何も考えられないのね」
「なんだと、ビュシー。力関係でしか物事を考えられない君とは頭の出来が違うのでね」
二人の貴族の間にピリッと緊張感が生じる。
両者とも我への忠誠心は高い……が、その本質は異なる。マシューが魔王への真っすぐな尊敬の念だとすれば、ビュシーは我への一直線な執着の愛。
気持ちの向かう先が違う両者の線が重なることはない。だからこうして邪険になる。
「ビュシーは将来ベルシュート様の妻になるのよ。ここにいても何もおかしくないわ」
「バカげたことを。妄想で魔王夫人を騙るような女は不要だ。今すぐ帰れ」
「ビュシーは来城しているのよ? 正式な手段でここにいるの。それを帰れ、と?」
「来城だと? 勇者襲来という非常時にそんなことをしている暇があるとでも?」
「心配ないわ。一週間の来城期間を設けているの。非常時には心の支えが必要でしょう?」
「君のような粘着質な女を一週間も? ベルシュート様が疲労してしまうではないか!」
本当にそうだ。マシューの言う通り。
「あら、ベルシュート様はこの前『我のビュシー』と言ってくれたのよ。つまりそういう関係なの。口出ししないでくれるかしら?」
「二人とも、よさないか!」
威圧感を振り絞って言うと、ようやく黙ってくれた。勇者の脅威があるなか、仲間内で言い争うのはいけぬ。我としては、もう少しマシューの正論に耳を傾けたかったのだが。
「我のことを大切に思ってくれていることはよく伝わった。だが、我もまだまだ若輩者。お主らが言うような崇高さにはまだ遠い。この前もせっかく勇者を捕らえたというのに、決心できぬまま…………あ」
「ゴホンッゴホッゴホン!!!」
一際大きな咳払いが大広間に響いた。
■
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
目が覚めると、見慣れない天井があった。
「おはよう……っていう時間でもないか」
声がした方へ首を向けると、ラームが隣のベッドで横になっていた。
そうか。ボクは救護室まで来たんだっけ。傷付けてしまったラームを連れて。
「ごめん、ラーム。ボクは君にひどいことを……」
「ヴェーベンは勇者なんだからしかたないって」
ボクが起き上がると、「ありがとね」とラームが白い歯を見せる。
「でも、最後は勇者としての使命よりも友情を優先してくれてすごく嬉しかったよ」
ボクはラームを斬ることができず、友情に手を伸ばした。
それは勇者として絶対にやってはならないことで、使命を投げ捨てるような行為。本当にこれで良かったのか? 大きな迷いが今になって現れた。
ひと眠りしたからか、冷静になって考えられる。
再び休戦状態になったとはいえ、魔族がボクを生贄にしようとしている状況は変わらない。
それは、ラームも一緒だ。
ストレスフリーな放牧でボクを良質な生贄にしようとした事実は、友達だったとしても変わらない。それに、ボクを完膚なきまでに打ちのめそうとしたのも事実。
緊張感がボクの緩んだ意識を叩き飛ばす。
ラームは、忠実な魔王の部下なんだ。決してボクの味方にはなったりしないじゃないか!
「ま、まだ認めてないから!」
少し飛び退いて叫ぶ。
「友達って言いながら、ボクを生贄にしようとしてたんだろ! だ、騙されないからな!」
「何言ってんの?」
ラームはとぼけた様子でベッドから起き上ろうとする。
「……つッ!」
回復し切っていないのか、上体を起こそうとしたラームが体を支え切れずに手を滑らす。
「あ、危ない!」
とっさにボクは駆け寄ってラームの体を支えた。
「なぁんだ。優しいじゃん、ヴェーベン」
「いや、これはッ……」
思わず手助けしてしまい、ニタァとにやけるラームに動揺していると、軽い調子の声が手を伝わってボクに届く。
「私とヴェーベンは友達でしょ。ね?」
「……と、ともだち」
その優しい響きに、緊張感があっさりと溶けていく。
「そっか、やっぱり友達……だよね」
「あ、恋人とかの方が良かったかんじ?」
「と、友達だよッ!」
ボクはラームをそっとベッドに寝かせて、絆を受け入れる。
そ、そうだよね。友達としてラームがボクの前で微笑んでくれて、嬉しかったよって言ってくれたんだ。ボクの選択は間違ってなかった。
一息吐いていると、ラームは心配そうな視線を向けた。
「ところで、ヴェーベンはこれからどうするの?」
これから……。
「ここにはマシューが来るんだよね」
「知ってたんだ……。うん、このままだとヴェーベン死んじゃうよ?」
やっぱり魔物は来ているようだ。
友達のラームは、隠さずに魔族の狙いを伝えてくれる。
ボクはマシューという魔物の生贄にされるわけで、早く魔王城から脱出しないといけない。
でも、なんだか足が重い。
魔王が生贄を用意するほどの魔物。相当強いのだろう。生贄が無いとなれば、魔族と魔物の戦いになる。当然、ラームも序列上位として参戦するのだろう。
それなら……。
友達を置いて自分だけ安全なところに避難するなんて、勇者のやることじゃない。
「ボクが君を守るよ」
立ち上がり、不思議そうに瞬きしているラームを見つめた。
魔物はボクが倒す。
勇者としてあるまじき行為をしてしまうほど情けないボクだけど、友達のためっていうなら勇者としての実力を発揮できる。
「行ってくるよ」
そっとボクは大剣を背負い、魔物討伐へ向けて歩き出す。
「ヴェーベン。何をするつもりか分からないけど逃げて。私が匿うこともできるから」
「ありがとう、ラーム。でも、そういうわけにもいかないんだ」
戸惑うラームに微笑み、ボクは救護室を出た。
ご来城ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。




