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第27話 魔王城撹乱記(9)

 ドゴオオオォォォォォン――…………。


「何だ、今の音は?」


 階下から響く轟音に我は心臓が飛び出そうになった。下には勇者がいるのだ。


「オルザークがやったのか?」


 部屋にいる一同の視線が映像に向けられるが、白煙で画面が埋めつくされて何も見えぬ。ハバは平然と我の肩に手を置いて縁談から逃げられぬようにするほどには、冷静さを取り戻したようだが。


「先程ラームの姿も見えました。勇者はそろそろ死んでいる頃でしょう」


「まだか! 規律では脅威は圧倒的な力の差でねじ伏せるとあるのに……!」


「あぁ、ヴェーベンちゃん……愛のキューピット、どうなってしまうの?」


 皆が思い思いに口にする間にも何度か大きな音が聞こえ、戦闘が続いているということは鮮明であった。


 ズゴオオドオオオオオオオオオオオンンン――――


「「…………!」」


 激化していく戦闘音が一際大きな音を立てると、ピタッと止んだ。


 決着がついたのか?


 画面には白煙が漂い、詳細は分からぬ。


 焦るようにして我はハバの手を弾いて立ち上がった。


「確認して参ります!」


「我も行こう」


 先に駆け出した監督官に続いて部屋を出ようとすると、ハバに腕を取られた。


「万が一に備え、貴方様はここで……」


「勇者の最期かもしれぬ。魔王たる我が見届けるのがせめてもの報いであろう」


 そう。勇者は倒されたか、制裁で倒れたかのどちらか。


 なぜだか我は同情してしまっていた。


 ハバを振りほどいて急いで階段を下り、長い廊下へ顔を出すと、白煙が徐々に晴れていくところだった。


 そして、立っている者と立てずにいる者の姿を目にしたのだ。


   ■


 もう限界だった。


 意識を保つのがやっとで、オレは肩を大きく揺らしていた。


 放しそうになった大剣を握り直して、敵に目をやる。


 湿った色をした壁に打ちつけられ、白目を剥いて気絶したオルザーク。直撃を免れたものの魔力をほぼ使い果たし、立つこともできず床に膝をつけたままのラーム。


 戦いは常に紙一重だった。


 単純で強烈な近接攻撃に幻覚が加わった相手に対し、オレは全神経を集中させ、大剣の間合いの広さを生かして回避しては反撃し、また回避し反撃……を繰り返した。


 最後は二体同時に大剣の間合いに入れ、全力で壁に打ちつけたのだった。


「強すぎでしょ……」


 オレが近付くと、ラームが呟いた。


 ――フッと意識が戻る。


 序列二体を相手に一撃を受けた状態で勝利。さすが裏のボクだ。


 体は疲弊しているが、全く動かないというわけではない。左腕以外は正常に動くから、魔王城から脱出して一度態勢を整えるのが無難だ。


 だが、勇者としての使命感がそれを否定していた。


 別に態勢を整えることに対してではない。このままラームを放っておくのか、ということに対して。


 ラームはここで斬っておかなければならない。


 幻覚の魔法は厄介だ。ボクが態勢を整えている間にラームの体が回復してしまえば、また戦うことになってしまう。その時も紙一重の戦いを繰り広げるのか? 魔王意外にも序列の魔族がいる中で? 圧倒的不利に追い込まれるのは目に見えている。


 それに、ラームには放牧でたぶらかされた恨みもある。


 ボクは勇者なんだ。


 能天気に魔族と相容れたなんておかしな過去は断ち切るべきだ。


 でも、ボクは魔族ほど残忍ではない。


 憎悪を抑え、ボクはラームを見つめた。


 致命傷を与えるわけじゃない。戦いに復帰できないようにすれば良いんだ。


 ボクは力強く大剣を掴み、振り上げた。


「やられちゃうのか……私」


 全てを悟ったのか、ラームは落ち着いて小さく笑った。


「……できるだけ、優しく……ね? 友達……なんだからさ」


「ッッッ!」


 と、ともだち……?


 不意に、頭にゴーンと大きな衝撃を受けたみたいに体が動かなくなった。


 ともだち……トモダチ……友達…………。


『友達』って……なんて甘美な響きなんだろう。


 幻覚の影響が残っているのか、楽園が見えた気がした。心がフワフワと浮ついて、そのまま楽園の雲の上を歩いてしまえそうだ。


 ――ボクに、友達ができた。


 なんて心が軽いんだろうか…………って、冷静になれボク!


 いくらずっと欲しかった友達だとはいえ、相手は憎き魔族なんだ。こんなの認められるわけがない。きっとラームはまたボクをたぶらかそうとしてるんだ。別にボクは魔族の友達なんて欲しくなんか……ッ。


 ふと昨日の出来事が泡のように頭に浮かんでくる。


 背中を流してもらって、お洒落をさせてもらって、夕日を眺めて、一緒に楽しく人間界のことを話して、二人で一つのベッドにもぐって眠くなるまでお喋りをした。


 胸の内側からじわじわと何かが弾けそうになるのをボクは必死に抑える。


「え……?」


 急に目の前のラームが人形になった…………幻覚だ。


 それが最後の抵抗なんかじゃないのは、続くラームの言葉ですぐに分かった。


「一思いに、やっちゃって……」


「ッッッ!」


 ボクが斬りやすいように幻覚を見せてくれているんだ。最後にボクのことを気遣って……。


 これが、友情……ッ!!!


 初めて感じる、あまりにも強烈な友達の優しさに、ボクは感極まって綻びかけていた表情は完全にぷるぷると震え出し、涙の滲む喜色に染まる。


 ――これはもう、友達でしかない!


 楽園の青い空が、白い雲が、色とりどりの草花が、全てが「素直に喜んで良いんだよ」とボクを祝福している。


「…………友、達…………」


 ここまでだった。


 振り上げていた大剣から力を抜く。


 乾いた音を立てて大剣が床に落ちると、幻覚も弾けた。


「ボクたちは……友達なんだよね? そうだよね? 友達……えへ、友達だよね!」


 気づくと、ラームを強く抱きしめていた。


 初めての友達。魔族だけど友達なんだ。友達を斬ることなんてできないよ!


「あ、あれ……ヴェーベン? 勇者として……私を斬らなくて、良いの?」


「それは…………良くないよ。でも、友達だし……」


 ボクは友情を確認し合うように友達のラームと目を合わし……その体がボロボロになっていることに衝撃を受けた。


 綺麗な紫の髪はボサボサになって、服は大胆に……というより切れたり穴が開いたりして肌が痛々しく露出している。


「ボ、ボクは友達になんてことを……!」


 さっきまで争っていたわけで当たり前だけれども、ボクは友達を傷つけてしまったことに動揺し、すぐさまラームをお姫様抱っこした。


「え、ちょ……ッ」


「まずは傷を治さないと! ボクが運ぶよ。と、友達……だから」


 焦燥感に襲われながらも、初めてできた友達に心が温かくなっていると……。


「ゆ、勇者……」


 魔王がいた。


 一瞬、膝が震えそうになったが、執事は近くにいない。契約による制裁が今は発動する状態なのだ。


 襲ってくることはないと高を括りつつも、慎重に魔王に向き合った。


 絆の力がボクを奮い立たせてくれる。


「魔王、ラームを救護室に連れていきたい。これからは休戦ということで良いな」


「良いだろう」


 なぜか、そう答えるのが魔王として当たり前のように感じているボクがいる。


 それにしても、まさか魔王城まで来て友達ができるなんて。えへ、えへへへへぇ……。


   ■


 我は執務室に戻り、マシューを出迎える準備をしていた。


「ベルシュート様、もう間もなくマシュー様が来られます」


「うむ」


 ハバに頷き、我は立ち上がる。


「勇者はどうしている?」


「今は救護室です。脱走する様子もなく落ち着いています」


 我が大広間に着いた時には、勇者がラームの前で大剣を構えていた。急いで止めようとしたのだが、勇者はラームを抱きしめたのだ。


『友達』という言葉を叫んで。


 ぬぬぬ……。勇者のことが分かるようで分からぬ。


 魔族である我らを倒しに来た存在である……という古来の定義がどうも上手く当てはまらぬ。我に臆しており大したことはあらぬのではないか……と思えば、勇者らしく戦闘を仕掛けることもある。先程も序列上位のオルザークとラームを戦闘不能にしていた。


 もしや、勇者ヴェーベンは一人ではないのか?


「準備は整いましたか?」


 ハバに問われ、我はあることを思い出して考えを止める。


「しかし、お主が我の魔法を無効化して、制裁の効果を停止させていたとはな」


「勇者を葬る機会だと思いまして」


「そこまでして始末する必要もなかろう。結局、勇者は制裁を恐れて何もできず、ラームも斬れなかったのだから」


「いいえ。我ら魔族に剣を突きたて、魔王の命を狙う勇者。決して生かしておくべきではないのです。貴方様をお守りするよう先代から仰せつかった以上、わたくしは貴方様に逆らわない範疇で勇者を葬る方法を模索しておりますので。ご理解下さい」


「そうか……」


「勇者は我らの敵なのです。決して慣れ合える存在ではありません」


 言い切ったハバの言葉が、我の中で腑に落ちずにつっかえていた。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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