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第26話 魔王城撹乱記(8)

 我は頭を抱えていた。


 ビュシー云々はもう良い。嘆いても仕方がないのだ。


 問題は、反乱が起きたということ。しかも援軍が来て間もなく来るということ。


 勇者に、ビュシーに、反乱軍。


 若輩者の魔王たる我にはもうどうして良いのか分からぬ。


 助けを求めるようにして、ハバを見上げたのだが…………。


「は、反乱? ベルシュート様ごときに? まずい。様子見の領主もいるはず。状況次第では、事態はより深刻に……」


 ぬぬぬ……、ダメだ。想定外のビュシーの行動に混乱している。


 これは本当にまずい状態だ。


 ハバが冷静でいられなければ、我など何もできぬ。ただでさえ勇者の捕獲で序列が疲弊しているであろうに…………と、ハバと共に頭を抱えていると――


「魔王様ぁ! 魔王様ぁ!」


 ダンダンダンとけたたましい足音が鳴り響く。この忠誠心のある声は監督官だ。


「我ならここにいる!」


 返事をすると、すぐに応接室の扉が開いた。


「魔王様! ご無事だったのですね!」


「うむ。我は魔王だ。寝ていたわけだが、勇者は追い払った」


「さすがです、魔王様!」


 我のことでありながら何がさすがなのか分からぬ。


「そうだ! 報告があります。勇者を見つけました。現在オルザークが交戦中ですが、捕獲は時間の問題かと」


 前向きな報告に我は胸を撫で下ろす。


 さすがは我が城の序列に入る者たちだ。頼もしい。


「監視の中継設備を用意させましょう。情報班の者を呼んでまいります!」


 数刻後、監督官が連れてきた情報班の者が映像を我らの前に映し出す。


 そこには、白煙の中で大剣を構える勇者と、俊敏に動くオルザークの姿が映っていた。


   ■


 序列二位の本気とだけあって、ボクは紙一重でしか攻撃をかわせない。


 もともと回避能力には長けていたけど、それでも必死で視界に緊張感を漂わせてギリギリ避けれる程度。おまけに戦闘が長引くにつれ、白い煙がどんどん視界を阻んでくる。


「くッ……、うわッ……、ひいぃぃぃ!」


 迫り来る筋骨が何度もボクの命を掠める。


 どうしよう。厳しくなってきた。なんとかしてこの劣勢を抜け出さないと。


 そう思い、ボクは両手に握る大剣にギュッと覚悟を詰め込む。


「く……えぇいッ!」


 ギリギリで拳をかわした体勢の反動を活かした横一線の剣筋。


 半ば当てずっぽうだけど、全力で大剣を振るう。同時に煙も払うつもりの反撃……だが。


「やっと反撃がきたか」


「……うそッ!」


 オルザークは体重をかけた重い大剣を両手で挟み込んで押さえていた。


 剣筋が途絶えて振り切ることができない。ボクが押し切ろうとする力と、オルザークが押し留める力が拮抗している。


「前回のように一撃で、と思ったか? 残念だが、あれは勇者を試していただけだ。俺が全力を出すにふさわしいかを……なッ!」


 力が有り余っていたのか、オルザークは大剣を押し戻し、勢いよく宙へ放り投げる。


 大剣を跳ね返された!


 ボクは押し返された大剣を握り、万歳をした状態。瞬時に間合いを詰められ、拳が迫る。


「それならッ!」


 慌てて脇を締めて受け流そうとしたが、その時にはオルザークの拳は消えていた。


「やばいッ!」フェイントか!


 背後を取られたのは分かる。煙の動きと、今までに仕掛けてきた攻撃パターンを考えれば。


 でも、ボクは避けられないことを悟った。


 相手の拳を受け流そうとしていたために避ける動作が遅れること。相手の放つ煙が都合悪く背後を振り返ったボクの視界を遮ったこと。


 どうしようもなかったが、せめて反撃に大剣を振るおうとした。


 だが――


 ボクは直撃を食らうことはなく、同時に大剣を振るうこともできなかった。


「大丈夫? ヴェーベン」


 そして、なぜかラームに抱えられていたのだ。見上げたところに心配そうな顔がある。


 ラームに助けられた……?


 って、そんなわけあるか!


 とっさにボクはラームを突き放し、体勢を整えて大剣をラームに構える。


「昨日はよくもボクをたぶらかしてくれたな!」


 そう。この紫の髪を伸ばした魔族は、ストレスフリーな放牧でボクに良質な生贄づくりを施していた憎き魔族なんだ。騙されちゃダメだ!


「え? たぶらかす?」


「ボクを良質な生贄にしようとしてたんだろ! 魔族の魂胆はお見通しなんだからな!」


 ラームは生贄づくりがバレたことに戸惑っているのか、口をポカンと開けている。が、やがてニタァと怪しい微笑みを浮かべた。


「フッフッフ。そう、私はヴェーベンを生贄にしようとしていたの…………プフッ」


 と思いきや、なぜか急に吹き出すラーム。


「何を笑っているんだ!」


「ちょ、ごめん。イイ感じに調子合せようとしたんだけど、発想が面白すぎて……」


 お腹を押さえてプルプルと震えている。


 わ、訳の分からないことを! 生贄だとバレても問題ないっていうのか?


「もお、遊んでいる場合じゃないでしょ、ヴェーベン。ちょっと待ってて」


「遊びなんかじゃ……!」


 どれだけボクをたぶらかすつもりなんだ!


 バカにされて憤慨するボクの気も知らず、ラームは視線を外して「ちょっと、オルザークさん」と声を掛ける。


 少し離れたところで、空を切ったままで静止したオルザークが見えた。


「何を考えてるんですか? ヴェーベンを殴ろうとするなんて。契約を忘れたんですか?」


「フッ、そうか。まだまだ俺の全力が見足りないということなんだな。だから勇者を助けたわけだ。演出は大事だからな」


「聞いてます? 契約を忘れたのかって言ってるんですけど」


「それなら心配ない。ハバが契約を気にすることなく戦っていいと言っていたからな」


「ハバさんが?」


 ラームは怪訝に眉を曲げたていたが「あッ」と何か思い当たるらしく。


「魔王様の魔法を無効化してるのか」


 ボクもだいたいの事情を察してしまった。執事は魔法を無効化にする魔法を使う。きっと、その魔法で魔王の契約魔法を一時的に無効化した。要するに、執事はやはりボクを処分しておくべきだと考えたんだ! 恐ろしい……。代わりの生贄でも見つけたのだろうか。


 生贄……そういえば!


 ボクは一瞬だけ遠ざかっていた絶望を思い出す。


 今、魔王城には生贄を欲する魔物が近づいていて、ボクは一度退避しようとしていたんだ。ただ、魔族はボクを仕留めに掛かっていて……オルザーク相手にボクは死にかけていた。


 うん、逃げよう。


 ラームとオルザークが話すなか、ボクはそっと存在感を消してその場から立ち去ろうとした……時だった。


『オレの出番だな』


 戦闘で何度も存在感を消していたわけで、フッと意識が反転した――


 表のオレから切り替わった瞬間、大剣に魔力を注ぎ込む。


「魔族ども。どうやら全面戦闘ということらしいな」


 殺気を立てると、ラームが振り向いた。


「あれ、なんかヴェーベン雰囲気変わった?」


「オレは勇者だ。望み通り戦ってやる。斬られたい奴から前に出ろ、魔族」


「まだそんなこと言ってんの? 魔王様を倒せなかったわけでしょ。もう諦めなよ。そんで人間のこと、いっぱい聞かせてよ」


「ふざけるな。魔王の首を斬る……それがオレの使命だ」


 睨みながら伝えると、ラームの目の色が変わった。


「あー、はいはい。そうですか。それなら私は魔王城に仕える者として、力ずくで取り押さえるからね。私の研究用モルモットになってもらうから」


「オマエには無理だ」


 勝てるとでも思ったのか。


「ふんッ!」


 ラームが魔法を放とうと手を前に伸ばすなか、オレは難なくラームに魔力を帯びた大剣を振るった。「キャア!」と短い悲鳴を出して、あっさりとラームは倒れる。まるで手応えがない。


「背中ががら空きだぞ、勇者!」


 一体の魔族の相手をしていたら、当然もう一体の魔族は背後から襲ってくる。


 床にひびが入るほどの拳をかわし、再びオルザークと一対一となる……はずだった。


「三体……だと?」


 オレの目に見えたのは、三体のオルザーク。正面、右側、左側。分身したかのように同じ姿のオルザークが拳を構えて迫っていた。


 混乱しながらも後ろに避ける。三体分の衝撃がオレのいた場所の煙を払ったと思えば、三体が煙のように消えていった。


「どこを見ている」


「!」背後から聞こえた風圧にオレは間に合わなかった。


 オルザークの拳が左腕に直撃。


「うあぁッ!」


 受け身を取るも、床に叩きつけられ、何度も跳ね、転がる。


 左腕はもうダメだ。とっさに強化魔法を左腕に重ね掛けしたが、上手く力が入らない。


 だが、他は問題ない。擦り傷で済んだ。まだ戦える。もう同じ手は食らわない。


 冷静に周囲の気配を探る。


 しかし、気を張った途端にオレは冷静さを欠いた。


 ピョコン。


 軽快な打撃音がオレの頬で鳴る。


「ねえ、ヴェーベン。私のこと下手に見すぎじゃない?」


 ラームが立っていたのだ。それも無傷で。さっき斬ったはずのラームが空気の詰まった玩具のハンマーを持って……。


「は……なんで? 『ピョコン』……ッ、『ピョコン』……おい、やめろ」


「そんなに驚かなくても。『ピョコン』……ってあれ? もしかして言ってなかったっけ」


 現実を受け止め切れず、ピョコピョコ鳴る玩具で殴られ続けるオレの前でラームは言った。


「一応ね。私、魔王城で序列五位に入ってるんだけど」


 言葉が出なかった。


 表のオレがあれだけ近くで接していたというのに、実力を計り間違えていたとは。


「不思議だろうから教えてあげるけど、ヴェーベンが私を斬ったり、オルザークさんが三人に見えたりしたのは全部嘘。幻なの。私が使う幻覚の魔法で惑わしてたってわけ」


 厄介だな。


 速さと力だけのオルザークだけならまだしも、そこに幻覚が入り込めば回避が遅れる。


 魔王城の序列上位が二体。想定していた状況の中でも最悪だ。


 さすがにキツイ……が、上等だ。これを突破できないようじゃ魔王の首は取れない。


 ピョコン、と鳴るふざけた武器を払いのけ、オレは二体の魔族に改めて戦意を醸す。


「勇者の実力、見せてやるよ」


 すると、傍らに立つラームと、少し離れた位置に佇むオルザークから、身の毛がよだつほどの気配が放たれる。


「え、何? ヴェーベン、私ら相手に勝てると思ってんの?」


 さっき対峙した序列の二体とはまた違う、威嚇を既に通り越した強者の暴虐的な戦意そのものがオレに向けて突き立てられる。


「上等だ、魔族ども」


 そうして本気の火蓋が切られた。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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