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第25話 魔王城撹乱記(7)

 一階に下りたボクは全力で廊下を走っていた。


 マシューという魔物が来る前に、魔王城から逃げ出さないといけない。


 複雑な城で迷い続けながら、すぐ背後に迫る生贄という恐怖に駆り立てられるボクの視界の先に、ようやく外の光が見えてきた……が。


「止まれ、勇者」


 一瞬にして冷や汗が背中に浮かんだ。


 真正面……先に魔王城の玄関が見える広い廊下の中央に二体の魔族を捉えた。


「さっきはよくも騙してくれたな」


「大人しく捕まってもらえるかしら?」


 規律に厳しそうな魔族と、凛々しい背筋で立つメイド服を着た魔族。


 この立ち姿、おそらくメイド服の魔族も序列に入っている。序列二体が相手。


 ……引き返したい。


 いや、弱気になったらダメだ。


 ここで序列二体を圧倒できないとボクはどのみち死んじゃうんだから。


 なんとしても突破してみせる!


「契約違反の制裁を気にせずに捕らえろと魔王様は仰ったな」


 いつでも大剣を引き抜ける体勢になりながら、ボクは隙を窺う。


 伝声管から聞こえてきた命令のことを言っているのだろう。あの時は身の毛がよだつほどに恐ろしかった。


 きっと放牧が失敗したことで、ストレスフリーな生贄から路線を変えて本格的な調理を施す魂胆なんだ。下味をつけて、白い粉の上を転がされた後、油の海に投入してカラッと揚げるつもりなんだ。ハッ、ラームがお風呂でボクの体を念入りに触ってきたのは下味を付けるため? クッキングされていたのか? いずれにせよ、魔族たちはボクを……。


「つまり、魔王様は俺たちの忠誠心を試している! 制裁を受けてまで勇者という存在を消す覚悟があるかどうかを! それなら、喜んで全力を出すのみ!」


 ほら、こうやって葬りに来るんだ!


「勇者、今度こそ覚悟ぉ!」


 厳しそうな魔族が黒い魔力を手に込めて突進してくる。


「うわッ、とと!」


 避けようとするも、あまりの気迫に怯んでしまったボクは、足がもつれて難なく間合いを詰められ……。


「ぐぅ!」


 直撃ギリギリのところで魔法で障壁を張った。


 だが、平手で押してくる魔族の力は強く、「ふぅん!」と気合いの声と共に障壁を破られ、後ろへ飛ばされる。


「うわぁ……うッ…………」


 距離は飛ばされたものの、すぐさま受け身を取って軽傷で済んだ。


 これで厳しそうな魔族は制裁を受けて――「あれ?」


「……ん? 何ともないぞ」


 殴り飛ばした魔族も驚いて呆然としている。


 今の行為は明らかに契約に背いていた。それなのになぜ制裁が下らないんだ?


「ハ……ハハハ、そうか! 制裁の話は虚偽! 我々の忠誠心をこういうかたちで測ってこられるとは……。いやはや慈悲のあるお方だ」


「嘘でしょ……」


 どうやらあの契約は偽物だったらしい。つまり、ボクは遠慮なく攻撃されてハチの巣にさせられてしまうという状況。いや、唐揚げにされるのか。


 どうしようどうしようどうしよう。


 序列二体をまともに相手しなければならないのだ。ガクガクと体が震え出す。


「あら、震えているじゃない」


「……ッ!」


 メイド服の魔族の言葉にビクッと肩が跳ねる。


 やばいやばいやばい。震えているのがバレた!


「やはり、あなたは魔族が怖いのですわね?」


「そ、そそそそそんなわけないだろ!」


「あ、魔王様が来られましたわ」


「ひぃッ!」


「嘘ですわよ?」


「…………」


 大剣を引き抜いて戦う姿勢を見せるも、時既に遅し。


 完全に怯えていることがバレてしまった。


「ひ、卑怯だぁ……」


 もはや虚勢も張れず、ボクは悠々と近づいて来る二体の魔族に後ずさるしかなく、気付けばドンッと背後に壁……それもL字の突き当たりの隅に追い詰められてしまった。


「では、魔王様のご命令の通り……」


「捕らえるとしましょう」


 ギロッと二体の魔族の双眸が獰猛に光り輝く。


「魔王様は、生死は問わないと言っていたな」


 ふと嫌な予感が背筋を駆け抜けた。


「では、規律にもある通り、勇者の息の根はここで止めておくか」


 いやあああああああああああああッ!


 ボクがブンブンと首を横に振るのもお構いなく、厳しそうな魔族が片手に黒々とした魔力を宿す。


「でも、なんだか少し可哀想ですわ」


「……!」


 メイド服の魔族の言葉にボクは目で希望を訴える。


「魔王様が勇者を生かしていた理由も理解できます」


 うんうんと首を縦に振るボクを握るメイド服の魔族が……刃物を手に取った。


「だからといって、同情は一切しませんわ。やはり勇者は葬るべきね」


 希望が……潰えた。


 ああああぁ……このままじゃ、死んじゃう死んじゃう死んじゃうよぉ!


 きっと腹を抉るような攻撃でボクに血反吐を吐かせ、血抜き作業をしながら苦しんで息絶えていくボクを愉しみ、意識が朦朧としてまだ鮮度を保っている間に油の海に放り込むつもりなんだ。


 そんなの絶対に嫌だ!


「ッッッ!」


 絶望的な妄想を終えるや否や、瞬時にボクは魔法で存在感を消す。


 不意にボクを見失った二体の魔族の隙を突き、とっさに魔族の間をすり抜けた。


 そして死に物狂いで疾走。


「うあああああああああああああああああああ!」


 全力で廊下を駆け、出口の光へ突き進もうとした。


 ところが。ところがである。


 またしても行く手を阻む影が。


 体格の大きな一体の魔族が見えたのだ。


 だが、全力疾走状態のボクならかわせる!


 実際、追い抜く寸前で存在感を消すと、上手く魔族を抜くことができた。


 よし! このまま出口まで……。


「おいおい。俺の全力がそんなに怖いっていうのか?」


「……ッ!」


 振り切ったはずが、目の前に再び魔族の影が現れる。


 衝突を避け、必死に軌道を変えたボクだが、またしても正面に立ち塞がれる。


 完全に勢いを失ってしまった。


「俺に速さで勝とうなんて考えはよせよ」


 ボクは緊張感を覚えながら、魔族の顔を見る。


 見たことがある。裏のボクが倒した魔族だ。たしか序列二位とか言ってなかったか?


「俺の名はオルザーク…………ん? 名乗りは前にしたか。それなら、さっそく戦おう」


 思わずゾクッと身が強張った。


 裏のボクが相対した時とは雰囲気が違う。完全に実力者の気配だ。


「オルザーク! 後は任せたぞ。俺は魔王様を探す。分かっているとは思うが手加減はいらん」


「私も出迎えの準備がありますから、処理をお願いするわ」


 序列の魔族たちが仕事を任すように去っていく。


 ボクの捕獲を丸投げするほど序列二位は強いということなのだろう。


「さて、これでお前はもう一度この俺と戦えるわけだ。誇っていいぞ」


 逃げられないことを悟り、ゴクリと息を呑む。


 でも、これはチャンスだ!


 序列を二体相手にするのではなく、一体であればまだなんとかできる。


 ボクは勇者なんだ! 序列二位を倒せないようじゃ、魔王を倒すなんて夢のまた夢!


 必ず勝ってみせる! じゃないと、唐揚げになっちゃうんだから!


「そして、お前は魔界で名の通ったこの俺に打ち破られた勇者の一人として後世に名を残すことになるのだ。鼻が高いか?」


 答えている暇もなく、ボクは大剣を構えた。


「では、行くぞ!」と戦闘の開始が告げられる。


「…………?」


 全力で走っても振り切ることができなかった、あの瞬間的な速さで即刻迫って来られるのかと身構えていたが、オルザークはその場に佇んでいた。


 睨み合いが続いていたが、しばらくするとオルザークの周囲の空気が白く煙のようになっていることに気が付いた。


 え、何? 何をしようとしてるの?


「フッ、勇者よ。俺に恐れをなしているのか?」


 やばい! もうバレてる! どうしようどうしようどうしよう。


「安心しろ。全力を出すように言われているのでな。お前が見るのは俺の鮮烈な一撃だけだ。すぐに逝けるから痛みも感じないだろう」


 そう言って、オルザークが白い息を吐いた――――次の瞬間。


 ボクの鼻の先に握り拳が……。


「ひぃ!」


 それを恐怖心で反射的にかわす。


 なんだ今の? 一瞬だった。瞬きをしてたら直撃していた。ピザのように顔面がぺしゃんこに広がるところだった。


 さっきまでの速さとは段違いだ。ギリギリ目で終えるかどうかという速さ。


「まさか避けるとはな。さすが勇者なだけある。だったら、これならどうだ!」


 オルザークの姿が消えたかと思うと、背後に気配を感じてしゃがんだ。


「……ひえッ!」


 ボクの頭上を蹴りが通りすぎる。


 転がるようにして距離を取るが、すぐ横から拳が見えた。


 うひゃあああッ!


 とっさにボクは魔法で存在感を消す。


「……なんだ?」


 ブンッと空振りした虚空を見つめ、オルザークが呟く。


「確実に当たったと思った瞬間、急に勇者が消えたような感覚がしたな」


 やばいやばいやばい。


 早すぎて気配を追うので精一杯だよ! こんなの勝てるわけないじゃん!


「やはり人間界最強クラスの刺客とだけあって簡単には倒れてくれないようだな。久しぶりだ。これほどまでに(たぎ)るのは!」


 攻撃が当たらないというのに闘志を燃やしている。なんて恐ろしい精神力……。


 どうやらオルザークは単純な魔法を使う武闘派のようだ。魔法の原理はよく分からないけど、白い煙をモクモクさせることで、とてつもない速度と力をその身に宿している。沸騰するような力だ。


 たぶん、一撃くらうだけで体がミンチになっちゃう。


「さあ、まだまだいくぞ、勇者!」


 これ、ずっと避けないといけないの……?


 絶望が軽く手を振ってやって来る。


「くらえぇぇいッ!」


 いやあァああああああああ!



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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