第24話 魔王城撹乱記(6)
契約の制裁覚悟で突っ込んできた序列の魔族の急襲をなんとか逃れ、再び迷いそうになりながらもボクは魔王を抱えながら執務室に向けて走る。
「この階段を下りたら、すぐだ!」
地図を見て間違っていないことを確かめると、ボクは逸る気持ちで階段を下りた……が。
ちょうど下の階へ着いた時、思わぬ魔族が待ち構えていた。
「やはり、ここが狙いでしたか。勇者」
銀髪に漆黒の背広……執事だ。
「ラームを付けていたはずですが。まったく職務の重要性を理解しているのか」
厳しい口調で呟くと、執事はボクを睨んだ。
「ひぃ……!」
思わず怯んでしまう。でも、ここで引き下がるわけにはいかない! 執務室はすぐそこなんだ。魔王を倒すためには、執事を振り切る必要がある。裏のボクが戦ったが、そんなに俊敏ではなかったはず。上手く隙を突いて走れば……。
「あ! やっぱりヴェーベンちゃんじゃないの」
「え……」
不意に執事の後方に見える曲がり角から、ふらりとビュシーが姿を現した。
……終わった。
ビュシーにはよく分からない理由で縛り上げられ、遠くに聳えていた山のように粉々にされそうになったことがある。おまけにその後、裏のボクが人質にしたわけで……。
ボクのことを恨んでいるに決まっている!
おまけに今、ボクはビュシーが大切に想っている魔王を抱えている。
逃げ出したい。けど、膝が震え出して動かない。とにかく退路の確認だけでも……。
「驚いたわ。まさかヴェーベンちゃんが勇者だったなんて」
「……ッ!」
一瞬の隙を突かれた。退路に視線を移した瞬間、ビュシーに腕を掴まれてしまった。動きが早すぎるッ!
「ビュシーったら、勘違いをしてしまったみたいで、ごめんなさいね」
「い、いえ、こここちらこそ……す、すすすみませんでしたぁ」
山が崩壊する光景が脳裏をよぎり、震えが止まらない。
「ビュシー様、危険です。勇者から離れて下さい」
「あら、ハバ。何を言ってるの。ヴェーベンちゃんはちっとも危険じゃないのよ」
え?
ビュシーの予想外の言葉に震えがピタッと止む。
「『我のビュシー』という言葉を引き出すことができたのはヴェーベンちゃんのおかげ」
「ですが、勇者であることに変わりはありません」
「勇者だから何だって言うの? 会談で婚約の話について後ろ向きなあなたより、ベルシュート様の腕の中に突き飛ばしてくれたヴェーベンちゃんの方がよっぽど信用できる。今だって、ビュシーの元にベルシュート様を連れて来てくれたのよ。ね、そうでしょ?」
全力で頷き、魔王を渡した。そうするしかなかったんだ。そうするしか……。
「ウフフ、ヴェーベンちゃんったらぁ。そんなにビュシーたちをくっ付けたいのぉ」
そう言ってビュシーは上機嫌でツンツンと腕を突っついてくる。
魔力の球を指先から放たれたらどうしよう……とボクはまた震え出し、気が気でない。
でも、ボクはビュシーから信頼を得たらしい。道理はよく分かんないけど。
「婚約の件は申し訳ございません。ベルシュート様が婚約に前向きでない限り、わたくしから公に婚約の話を進めることはできないのです」
「それを前向きにさせるのが執事の職務でしょう? 主の継承問題に関わるのよ」
「わたくしも尽力しているのですが……」
「言い訳はいいわ、ハバ」
突然、魔王を抱きしめていたビュシーの顔から微笑みが消える。
「既にビュシーはベルシュート様のものなの。将来的な婚姻は決定したようなものでしょう? つまり、あなたは将来の魔王夫人に婚約を勧めないと明言したようなもの」
フッとビュシーの目が真っ黒になった。
「これは執事として失格の行為ではないかしら」
あまりの恐ろしさに震えが倍増してしまうほどの威圧が放たれる。
「ヴェーベンちゃんもそう思うよね?」
「ハ……ハイ。モチロン、デス」ガクガクガク。
頭を抱えていた執事だったが、しばらくして疲れた顔を上げた。
「かしこまりました。ビュシー様の言う通り婚約の話を建設的に進めましょう。ですが、あくまでわたくしはベルシュート様の意見を尊重しますので、それをご理解下さい」
「ええ、構わないわ」
元通りの上品な微笑みに戻ってビュシーが嬉しそうに魔王をすり寄せる。
「ですが、勇者には二度と近づかないで下さい」
「まだそれを言うの?」
「冷静になって下さい。勇者は魔族の敵。危険なのです」
「危険? この瞬間にビュシーが怪我の一つでもしたっていうの?」
「そういうわけではございません。勇者はこれから……近くにいるだけで危険なのです」
今、ボクはこれから生贄にするから近くにいると危ない……って言おうとしたよね? 途中で口を滑らしそうになってボクを気にしたってことはそういうことなんだよね?
やばいやばいやばい。
ボクは階段を下りながら、脅威が近くまで迫っていることを感じていた。
魔法で存在感を消して、ボクは二体の魔族を振り切ったのだ。
「あら、ヴェーベンちゃんは?」
「いつの間に!」
魔王を引き渡すしかなかった以上、作戦は変更せざるを得ない。そして、魔物が迫っている以上、魔王城に留まるのは危ない。早く脱出しないと。魔物をやりすごすんだ。
小さくなる声を耳にしながら、ボクは改めて魔族と楽しんで過ごした時間を悔いた。
■
「早く起きて下さい、ベルシュート様」
「もしかして、ビュシーの口付けがないと起きられないのかしら?」
妙に不穏な雰囲気を感じ、我は目覚めた。
「……ガハッ! ハア、ハア……。ゆ、勇者! …………むむ?」
飛び起きた我の視界には、ハバとビュシーが待っていた。勇者はどうなったのだ?
「おはようございます、ベルシュート様。いきなりですが、貴方様は勇者に捕まっておりました。ですが、貴方様は就寝中だったために気付いておられないのです。良いですか? 貴方様は寝ている間に連れ去られていたけれども、勇者は何もできなかったのです」
なるほど。そういうことにしておかねばならぬということか。ハバの手配だな。
「すまぬな、助かった」
「いえ、わたくしは何もしておりません」
しかし、やはりあれは夢ではなかったのだ。
勇者は我に臆しているわけではなく、完全に我を斬るつもりだった。冷静になれば分かることではないか。勇敢な勇者が魔王相手に臆すなど有り得ぬ。勇者は強いのだ。もし、このまま勇者の実力を捉え違えていたと思うと恐ろしい。なんという失態!
む? では、演技でもないあの怯えようはいったい……?
「貴方様を斬れなかった勇者は、逃走を図りました。ですが貴方様の書き置いた命令により、城内の者が制裁覚悟で、勇者の生死を問わずに捕獲に乗り出している最中です」
与り知らぬ話に「命令?」と難しい顔をしていると、ハバが耳打ちしてきた。
「事後承諾にはなりますが、貴方様の命令として良いですね?」
「しかし、制裁を覚悟してまで捕らえる必要はないであろう?」
「もし、勇者が魔王城から逃走し、魔王城の外の魔族に姿を見られたらどうなります?」
「…………む」
「お分かりですね。勇者が生きていると知られてしまうのです。それ即ち、反乱」
そうであった。なんと恐ろしい。
「うむ。我の命令通りだ」
「さて、序列の者も動いたでしょうから、勇者が捕まるのは時間の問題」
そう言ったハバが我を支えて立ち上がらせる。
「貴方様はこちらに来ていただけますか? まだ来城の際に行うことは残っています。これからマシュー様が来られるのですから、今のうちにできる会談はしてしまいましょう」
「そうであるな」
さすがに死にかけた直後で、勇者の前に立てる自信はあらぬ。契約の支援もあるのだ。勇者のことは我より強い序列の者に任せて問題なかろう。直に捕らえてくれるはずだ。
我はクレアルーン領のことに専念しよう。
服を着替えて応接室に移ると、なぜかハバが我の肩に片手を置いた。「どうか逃げないで下さい」と謎の言葉を発して。
いったい何があるというのだ?
怖気づきながらも、座したまま我はビュシーに向き合う。
「では、クレアルーン領の今後一年間の方針について検討を……」
「ベルシュート様」
いつも以上に清楚な微笑みを浮かべるビュシーに我の言葉は遮られた。
「今回は婚約のお話を進めさせて頂きたいのです」
「…………」
「以前にも申しましたが、ビュシーはベルシュート様のことを心の底からお慕いしております。一生を共にし、ずっとお傍で付き従う覚悟は既にできておりますし、身も心も全てを捧ぐつもりです」
ぬぬぬ……。素直に言われると、なんと答えてよいか分からぬ……。
「もちろん魔王であるベルシュート様の職務に精一杯の力で尽くします。そのために、継承者である子供が欲しいというのであれば、今夜にでも励みたいと思います。あ、でもその場合は正式に婚約を受諾して下さいね。順序は大事ですから」
「べ、別に我はそんなことはまだ……」
「ウフフ、遠慮はしないでください。もうビュシーの体はベルシュート様のものなのですから」
「な、なな何を言っているのだ! まだうら若き乙女がそのような……」
「心配してくださるのですね。ご安心を。この身は貴方だけを待っていますので」
い、いったいビュシーは我に何を求めているというのだ? 体中が熱くなって、頭が空回りしている。このままではまずい。何か知らぬがまずい!
一旦、切り上げて冷静になったところでもう一度会談を……。
そう思って立ち上がろうとしたら、肩にのったハバの手にグッと押し戻された。
「ベルシュート様。魔王である貴方様には、お見合いも職務の一つに含まれます」
む、さてはお主ら、裏で繋がっていたな。
今まで以上に圧の強くなったビュシーと懐柔されたハバ。対して孤立した我。
おしまいだ……。
「魔王様、伝令です!」
我が絶望に浸っているところへ、伝令が飛び込んできた。
「何事だ?」
逃げる言い訳ができそうになり、前のめりになって尋ねると――
「反乱軍がものすごい速度で魔王城へ攻めて来ているとのことです!」
「「何だと?」」
ハバと合唱して伝令の報告に耳を疑った。
「なぜか魔界の各領主へ、勇者を生かしているという情報が伝わってしまったようで、反抗的な三つの領主がそれぞれ反乱軍を組織。転移魔法を駆使してメライトロ領の援軍より半日ほど遅れて到着するとの見立てで……」
本当のおしまいだ……。
無能なことが魔界に知れ渡り、我の首を狙う魔族まで現れてしまった。どうしてこうなったのだ?
「まあ、大変ですこと!」
気を引くようにビュシーが手を叩く。
「ヴェーベンちゃんのことが知られてしまうなんて。でも、ご安心ください、ベルシュート様。クレアルーン領は……いえ、ビュシーはいつまでもベルシュート様の味方です。たとえ魔界を敵に回そうとも二人の愛は永遠です!」
そう言って、さり気なく我の腕を掴み、企みのある笑みを浮かべた。
「ウフフ、あとは共に窮地を乗り越えれば二人は固く結ばれ、各領主が襲い来るなか、こんなにも近くから全力で力添えをするビュシーにベルシュート様は熱い気持ちを抑えることができず、誓いのキッスを……ウフッ!」
思わず我はその肩を掴んだ。
「ビュシーよ、まさかお主が情報を流したのか?」
「違いますよ」と答える。
「たしかに勇者が生きているという主旨のお手紙を父に送り……あ、いけない。間違えて各領主へ送ってしまいました。ビュシーったら、うっかり」
うっかりどころか確信犯であろう?
ぬぬぬ……、こんなところにも敵がいたとは……。
ご来城ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。




