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第22話 魔王城撹乱記(4)

「さあ、着いたよ!」


 ラームに手を引っ張られたボクは、連れてこられた場所を前にしてまだガクガク言っている膝を押さえて息を吐く。


「……もう嫌だ」


 さっきまでいた裏口付近からはそう遠くはなかったが、道中は地獄だった。


 何せボクは武器をラームに取られたまま敵の総本山を徘徊しているわけで、当たり前のようにそこらに魔族がいるのだ。契約で攻撃を躊躇う状況とはいえ、処刑派が制裁覚悟で攻撃してくる可能性は大いにある。常に警戒してキョロキョロするはめになった。どこが放牧なんだ。


 そうやって神経をすり減らすボクとは対照的に、軽い足取りで楽しそうに駆けていたラームが到着した部屋の扉を開ける。


 ふわっと優しい木の香りがした。部屋の前で靴を脱ぐと、柔らかめの木材の感触が足裏に伝わってくる。


「誰もいないみたいだね」


 部屋を見渡してそう言うと、ラームはボクのことを警戒していないのか、かなり近い距離で顔から足先まで舐めるような視線で覗き込んできた。


 きっと生贄としての素質を確かめているんだろう。


 ……逃げたい。


 なんとか隙を見つけて、こっそりラームから……そして魔王城から脱出しないと。


「じゃあ、ヴェーベン。脱いで」


「え?」


「だから、脱いで」


 あまりに突拍子な言葉。とっさにボクは理解した。恥辱的な拷問が始まるのだと。


「そ、そんなの聞いてないよ!」


 ストレスを与えない良質な生贄にするんじゃなかったの?


「ごめんごめん。やっぱちゃんと言った方が良かった?」


 申し訳なさそうに謝るあたり、やっぱり拷問を……。


「言いにくいんだけどさ、ヴェーベン。ちょっと臭うよ? たぶん冒険してたからしかたないんだろうけどさ。だから……」


 ガラガラ、と音を立てて部屋の奥にある扉を開くラーム。


「お風呂、入ろ?」


「な、なんだ。お風呂かぁ」


 拷問ではないみたいだ。だけど、これも良質な生贄にするために必要なことなんだろう。薄汚れた人間よりも、清めた人間の方が魔物も喜ぶんだ。きっとそうだ。


「まだ昼間だからシャワーしか使えないけどさ、やっぱ体は綺麗にしておかないと」


 まあ、シャワーは随分と長い間浴びてなかったし、ちょっと嬉しくも感じる。


 ただ……ラームが笑顔でボクを見つめてくる。


「あの、服脱ぐから外で待ってもらっていいかな?」


「え、なんでよ? 一緒に入ろ?」


「いや、でも……恥ずかしいし」


「大丈夫! 背中洗ってあげるしさ。私も脱ぐし。ほら、脱いで脱いで」


 くッ……、やっぱり拷問だ。


 結局ボクはラームの行動力に負けて素っ裸にされて大浴場に入れられた。


 恥ずかしさで動けなくなったボクは、されるがままにシャワーを浴びせられる。


「これが人間の体かぁ。ずっと気になってたんだよね」


「ひゃッ」


 主導権を失くして無防備になったところをラームは遠慮なく触ってきた。


 それもなんだか粘着的というかなんというか、すごく見られて……というよりも感じ取られるみたいに、ねっとりと肌を触られ、顔を近づけられ、吐息をかけられる。


 まるで生贄としての品質を確かめるように。


「うわぁ、程良い筋肉。さすが勇者」


「み、見ないでぇ……」


 綺麗な筋肉のつき方だね、と耳元で呟かれ、


「ふーん、人間の肌の感触って魔族とあんま変わんないんだね」


「さ、触らないでぇ……」


 何度も何度も背中や腕をなぞられ、


「クンクン。やっぱ人間臭みたいなものってないんだ。あの本、嘘書いてるじゃん」


「か、嗅がないでぇ……」


 最後には首元に息をかけられる。


 限界だった。なんだか変な感覚に目覚めてしまいそうで。おまけにボクなんかよりも立派なラームの柔らかい感触が背中に押し付けられ……ってボクは何を考えてるんだ!


「ねえ、ヴェーベン。人間界ってどんなところなの?」


 新手の拷問を終えると、シャワーでボクの背中を流しながらラームが尋ねてきた。


 ボクは反発するようにして答える。


「魔界より良いところだよ」


「へえ、そうなんだ。魔界は魔界で良いところもあると思うんだけどなぁ」


 やっぱり人間は人間界の方が居心地良いのかな、と呟くラーム。


「でも、そのわりに人間ってパッと見、魔族と見分けつかないよね」


「そんなことないよ! よく見れば雰囲気とか違うし……」


「私はヴェーベン見つけた時、魔王城の敷地にいたからてっきり魔族だと思っちゃったしさ。よく見ないと分かんないでしょ?」


「だけど、人間と魔族は違うよ」


「そう?」


 シャワーが体から外れたかと思うと、鏡に映るラームがボクの顔を笑顔で覗き込む。


「私は初めてこんな間近で人間を見たからさ。どんなものかと思ってたけど、案外一緒じゃんって。そこまで違うようには見えないんだよね」


「でも、肌の色は人間よりも魔族の方がたくさんあるし……」


「たしかに体内の魔力濃度は魔族の方が圧倒的に高いし、住む環境が違うから体のつくりも若干違うわけだけどさ」


 急に難しい話を始めたことに驚いていると、ラームがボクの顔を覗き込んだ。


「こうやってお互いに話し合える。それなのに違うってなんか寂しくない?」


 なぜだろう? 反発したいのに上手く言葉が出てこない。寂しい……?


「それよりさ、人間のこと教えてよ! 知りたいこといっぱいあるんだ!」


「えっと、人間は……」


 ボクは言いかけた口を止める。何か引っ掛かるな。


 ハッ! まさか、人間界の情報を吐かせようとしているのか?


 あ、危ない……うっかりラームの口車に乗ってしまうところだった。


「教えない!」


「えー! そんなこと言わないでよ。人間のことをいっぱい知れるって期待してたのに」


「…………」


「あ、だんまりを決め込んだな! それなら、直接体に聞いてやる!」


「ふえっ! ちょ、ちょっと待って! そこはダメ……ひゃあ!」


「ほらほら、言う気になった? まだまだ続けちゃうよ?」


「ま、待って待って待って! そこは……ひゃう! お、お願いだからもう止めて! アハ、アハハハッ! そ、そこは、弱いんだよぉ……!」


 その後も必死で情報を渡さなかったボクは体中をくすぐられ、大浴場の床でピクピクと魚のように倒れるまで笑わされると、ようやくラームは諦めてくれた。


「やっと……終わった…………」


「うーん、手強いなぁ」


 苦しい経験をしたけれど、更衣室でタオルにくるまれると案外清々しい気分になった。


「ヴェーベン服ないでしょ? これ、使って」


 ボクの服は洗濯中らしく、ラームが服を貸してくれた。


 戦闘服ではない魔族の服。ダークな色のワンピース。


「いいじゃん! ヴェーベンめっちゃ似合ってる。可愛いよ!」


「……そ、そうかな。えへへ」


 鏡の前に立たされると、ラームは顔をくっ付けていろいろと褒めてくれた。


「お姫様みたいだよ」

「肌綺麗だよね、このほっぺた超好き」

「ツインテールとか絶対似合うって……ほらっ可愛い!」

「一度、人間を魔界のお洒落に合わせてみたかったんだよね。ヴェーベンなら絶対可愛いよ!」


 べ、別に嬉しくないことはない…………けど。か、可愛いのかな。


 勇者学校時代から、こういうことを言われる機会がなかったから、どう反応して良いのか分からない。でも、可愛いのかな? えへ、えへへへへ。


「ちょっと口開けてもらえる?」


 すっかり気分の良くなったボクは何の抵抗もなく指示通りに口を開けてしまった。


「…………?」


 するとラームは綿棒のようなものを突っ込んで、ボクの口内をこすり、それを密閉した袋にしまった。


「よし、人間の唾液ゲット! 研究が捗っちゃうなぁ」


 なんかちょっと物騒な言葉が聞こえた。


 もしかして、生贄の適正検査をされたのか?


 ボクはバカだった。褒められて浮かれている場合じゃない。早く逃げ出さないと!


「ヴェーベンってけっこう良い体してるけど、やっぱり勇者になるからには相当訓練をしたの?」


「え、あ……うん」


 ボクは適当に相槌を打ちながら隙を見つけることにした。


「噂で聞いたんだけど、勇者って殺し合いをして決めるんでしょ? 大変だったよね」


「こ、殺し合い? 違うよ! 勇者は毎年勇者学校の首席卒業者がなるんだ」


「あれ? そうなの。じゃあ、ヴェーベンはめっちゃ優秀なんだ!」


「それほどでも……」


「じゃあ、友達と競い合って強くなったかんじ?」


「と、友達……?」


 トラウマスイッチが入りそうになる。


 勇者学校時代は、皆が勇者を目指しているから足の引っ張り合いになる。そんな張り詰めた学校でまだ落ちこぼれだったボクは、女で非力だったことでストレスの捌け口にされて散々な目に遭って……、お世辞にも友達と呼べるような存在なんていなかった。


「そんなもの…………ボクにはいないよ」


 あまりにもボクが暗い顔をしていたのか、ラームが励ますように声を掛ける。


「あー、でも旅の仲間は友達でしょ?」


「違うよ。皆は友達じゃない。仲間だよ。ボクが勇者じゃなかったら、見向きもしてくれないだろうし」


「そ、そんなことないって」


「そりゃ一緒に旅してくれたことは感謝してるし、楽しかったことに間違いはないよ。勇者学校のギスギスした雰囲気に比べたら天国だよ。あそこは本当に地獄だった。教官はいつも怒鳴るし、同級生からはいじめられるし…………」


 あれ? なんだか容易く弱音が出てしまう。


「苦しかったね。そうなんだ……。今まで、よく頑張ったね。ヴェーベン」


「うん……それからね、こんなこともあって――」


 優しく肩を抱かれると、今まで勇者として封じてきた弱音がポロポロと零れていった。


 そうしている間にボクはいつの間にかラームの部屋にいた。


 たしか「気晴らしに良い物見せてあげる」と言われて迷うことなく頷いたはず。


 そこで魔界の装飾品やお洒落な服を着させてもらい、おめかしして魔王城の屋上から夕日を眺め、人間界についていろいろ話しながら穏やかに過ごした。


 それで日が暮れたから、大浴場で湯船に浸かりに行ったラームを待って、ボクはラームの本棚にある本を何気なく読んでいるのだ。ほとんど人間や人間界に関する本で、でもそのどれもが事実と違う記述ばかりでクスッと笑ってしまうくらい面白い。つい夢中になってしまっていた。


「お待たせー」と言ってラームが戻ってきた。何の疑問もなく「おかえり」と返す。


 お風呂あがりのラームは艶っぽく、襟元を開いていたためか魅惑的な谷間が強調されていた。さらに布の薄い服だったから体のラインが浮き彫りになって、思わずボクの目は釘付けになる。


「ねえ、ヴェーベン。一緒に寝ない?」


「い、一緒に……? そ、そんな……」


 あたふたするボクに、ラームはニタァと意地悪な笑みを浮かべた。


「ヴェーベンって意外とムッツリなんだぁ」


「そ、そそそんなことないよ!」


 楽しそうに笑うラームを睨みながらも、ボクはラームの部屋に泊まることにした。一緒のベッドに入って。


 そして次の朝、目が覚めたボクは――


 後悔していた。とてつもなく後悔していた。


 隣には肩から胸元まで服をはだけさせて寝息を立てるラーム。


「ボクはなんてことを……」


 あろうことか、敵同士であることを忘れ、魔族と同じ部屋でぐっすり寝てしまうだなんて!


「こんなんじゃ勇者失格だよ!」


「うーん……ムニャムニャ…………」


「あ、ごめん。起こしちゃったかな……じゃなくて!」


 気遣ってる場合じゃないんだよ!


 シャワーにお喋りにお洒落に夕日に添い寝……。


 久しぶりに心が落ち着くなぁ、なんて思っていた。これじゃあ、良質な生贄づくりに加担しているようなものじゃないか! 何が「おかえり」だよ!


 ダメだダメだダメだ。早くここから逃げないと。


 ボクは外に干されていた自分の服に着替えて大剣を手に取った。


 まだラームは寝てるから、ボクは完全に自由だ。今のうちに魔王城から脱出しよう。


『――それで良いのか?』


 部屋を抜け出そうとしたら、裏のボクが問い掛けてきた。


『体はもう回復しただろ。脱出して態勢を整える必要はない』


「……そうだよね」


 久しぶりに心身共に休めたからか、調子は良い。今こそ勇者としての使命を果たす時なんじゃないか?


 ゴクリと唾を飲み込んで胸に手を置いた。


 ――魔王を、倒す。


 精神を落ち着かせて決意を胸にすると、立ち向かう勇気が出てきた。


 もうカチコチに固まったボクじゃない! 絶望的状況は去って体は充分に動く。いくら相手が恐ろしい威圧感を放つ魔王であろうと、打ち破ってみせる!


ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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