第21話 魔王城撹乱記(3)
あまりに恐ろしい映像の向こう側の光景にボクは魔王たちが何やら言っているのを断片的にしか聞き取れなかった。
『始末』って聞こえたのはよく覚えている。たぶん生贄のことを言っているのだろう。
でも、少なくとも今日一日はラームに何かされて生贄にはされないらしい。
「お、来たね」
お姫様抱っこされたボクにある紙が掲げられる。どうやらまた契約させられるようだ。
「ヴェーベン、これに名前書いて。じゃないと最悪処分されちゃうからさ」
「しょ、処分……?」
これも生贄の隠語なのだろうか。
とにかくボクは恐怖に急かされるようにして名前を書く。
動かしにくい体でペンを精一杯走らせながら、契約書の内容を読んだ。
『勇者ヴェーベンは、魔族から危害を加えられぬ限り、魔族に危害を加えてはならない。魔族一同は、勇者ヴェーベンから危害を加えられぬ限り、勇者ヴェーベンに危害を加えてはならない。また、この契約を破った者は制裁を受ける』
うーん、つまり……。
先に攻撃を仕掛けない限り、攻撃されることはないって契約か。で、契約を破って相手を攻撃したら制裁を受ける、と。
あれ? おかしいな。
てっきり生贄に捧げられることを認めよ……っていうかんじの同意書を突き付けられるかと思ってたんだけど、まともな契約だ。
いや、違う。
契約書をよく見ろ! これは罠だ!
この契約書には『魔物』の文字はどこにも書かれていない。つまり、攻撃はできないからといって、生贄にしてはいけないということではないのだ。
互いに攻撃できないという主旨の契約でボクを油断させる魂胆だったんだろうけど、そうはいかないぞ。契約して緩み切ったボクを魔物のところまで連れて行くつもりだな。
よし! ここは騙されたフリをして、隙を見て逃げよう。
「記名した」
三回目ともなり慣れた契約を終えると、今まで同様、契約書に縁取られた紋様が光る。
「契約完了だね」
そう呟くと、ラームは「それから伝言もあるみたい」と契約書を届けに来た魔族が広げる別の紙を読み上げる。
「えっとね、『ひとまずお主の身柄はラームに預けるが、契約の制裁については忘れるな。お主が契約を破った……我ら魔族に危害を加えたら制裁が下る。制裁は契約に関わる者の数が多いほど強くなる。今回の制裁は人間では到底受けきれまい。このことを肝に銘じておけ』だってさ」
要するに、契約を破ればおっかない被害を受けるから言う通りにしろ、ということか。
「よし! これでヴェーベンは夜まで私が預かるから。よろしくね!」
全然よろしくない……けど、少しずつ体も動くようになってきたし、ラームだけが相手なら逃げられる可能性も充分にある。
「それじゃあ、さっそくアソコに行こっか!」
ボクを下ろすと、手を取ったラームが広い城内を駆け足で引っ張る。
囚われの身だというのに、なぜか開放感と爽快感を覚えた。
「ハッ!」
その瞬間、ボクは魔王の真意に気付いてしまった。
「……放牧か」
よりストレスフリーな生贄にするために、ボクを牢屋に閉じ込めるのではなく、城中を自由に動けるようにしたんだ。だから互いに攻撃してはいけないという契約だったんだ。
ん? ということは……。
ボクは魔族と休戦協定を結んだってこと?
■
「ベルシュート様、少しよろしいでしょうか?」
執務室で判子を押し続けていたら、荒々しいノックと共に執事のハバが入ってきた。
明らかに機嫌が悪そうなので目を合わさずに答える。
「なんだ?」
「勇者の件ですが……」と小さく息を吐くと、ハバは執務机を挟んで我を見下ろす。
「また変な契約を交わしたと聞きましたが、どういうことでしょうか?」
ぬぬぬ……、やはりその件か。
「伝声管を通して伝えた通りだ。勇者とは契約を交わし、互いに攻撃を避ける状況を作り出した。これで勇者を実質無効化している」
「そういうことを聞いているのではありません。どうして捕らえることができたというのに、あのラームに任せて勇者を半ば自由にしたのかと、聞いているのです」
「ハバよ」
我は威圧感を出して押し切ろうと考えた。
「これは序列会議で決定したことなのだ。お主が口を挟んで良いことではない」
「そうですか」
冷酷な視線が我に突き刺さる。
「どうやら魔王としての自覚がまだまだ足りていないようですね」
「何を言うか。我は魔王として勇者の脅威を最小限にする算段を立てたのだぞ」
「勇者の脅威を最小限に、ですか……。本当にそれができているというのですか?」
「当たり前だ」
「では……」
ハバの目が一層冷たくなった。
「なぜ勇者は生きているのでしょうか」
「…………」
「勇者の脅威を最小限に抑えるということは、勇者を葬り去るということではないでしょうか? 決して、捕らえた勇者を牢獄に入れず、自由奔放な部下に一日預けるということではないと思うのですが、いかがでしょうか?」
ぬぬぬ……反論ができぬ。
何も言えず目の前の書類に目を落としていると、ハバが軽くため息を吐いた。
「まあ、貴方様はこれから魔王らしくなっていけば良いのですから今回は大目に見ましょう。ただし、二度とこのようなことをしないようにお願い致します」
「うむ……。だが、勇者は我に臆しているのだぞ」
「関係ありません。勇者には死あるのみ。勇者の件はわたくしも対処を考えますので、それをお忘れなく。無能な策略を実行されては困りますからね」
無能……。
軽く嘆いていると、執務室の窓から伝書鳩が羽をばたつかせる音が聞こえた。
「おや、伝書鳩が来たようですね」
どこからの手紙であろうか? 最近は勇者のことで手一杯だったため、ビュシーを除いて誰にも手紙は出しておらぬのだが。まさか、ビュシーの父上から婚約の催促が……。
手紙を取ったハバの手元を我は恐る恐る見やる。
「メライトロ領のマシュー様からです」
「なんだ、マシューか……。ひと月前に来城したはずだが、何かあったのか?」
マシューはその有能さから若くしてメライトロ領の領主を受け継いだ領主貴族だ。メライトロ領は魔界の情報網を担っており、勇者の情報や魔界での凶悪な魔物の出現から紛争の勃発など、様々な情報を網羅し、魔王城まで届けてくれるのだ。
そのため歴代魔王はメライトロを重宝し、メライトロ領主も魔王に忠誠を誓い、良好な関係を築いている。もちろん我もだ。
「どうやら城へ向けた援軍が少々遅れるとのことです」
「む? 援軍?」
「明日の昼頃に到着の予定だったはずが……」
「待ってくれ、ハバ。援軍とはなんだ?」
手紙の内容を遮って尋ねたが、ハバは何も焦る様子などなく答える。
「貴方様が勇者を葬ることができず、どうせ処刑できないことも分かっていたので、わたくしがマシュー様に手紙を送っていたのです。『魔王城にやって来た勇者は手強く、ベルシュート様が苦戦している』と」
「ど、どうして我にそれを言ってくれなかったのだ!」
「貴方様に言えば止めたでしょう? 魔王の尊厳がどうだこうだと言って。ですが、そうも言っておれない状況なのです。魔王城の魔族は魔王様の命令が絶対。であれば、他の魔族に勇者を葬ってもらおうと考え、勇者を捕らえたその日に伝書鳩を飛ばしたのです」
ぬぬぬ……、全て読まれている。さすがはハバだ。
「勇者の処遇について手をこまねいていたのですから、ちょうど良いでしょう。今回は上手くメライトロ軍に勇者を葬らせ、貴方様は得意の威圧感を出していれば良いのです」
様々なことが起こり、魔王本来の目的を見失ってしまっていた。
我は勇者を葬らなければならぬのだ。
可哀想などと考えている場合ではない。実際にビュシーが命の危険に遭っているのだ。
「理解してくださいましたか?」
「うむ……」
弱々しく返事をすると、ハバは手紙に目を戻した。
「援軍の件ですが……本来であれば、明日の昼頃にこちらへ到着する予定でしたが、思わぬ問題が生じ、到着は明日の夜になる、とのことです」
「問題? 何かあったのか?」
我が尋ねると、ハバが窓の外を見たので、我も窓に近づいてその視線を辿ると。
「…………」
「お分かりですか?」
「う、うむ……」
我が見つめる先には、球状の何かにその大半を削り取られたような山があった。
昨日、ビュシーが崩した山だ。
「あの方角……西の方には、メライトロ領があります」
「それが原因か……」
「はい。あの山の麓はメライトロ領から魔王城までの最短ルートですからね。迂回するために到着が遅れてしまうそうです」
ビュシーはなんということをしてくれたのだ。
「いっそビュシー様が勇者を葬ってくれれば良かったのですが……」
「それは我が認めぬ」
「お優しいのですね。そこまで想っていらっしゃるのでしたら婚約されてはいかがです?」
「その話は止めてくれ。我にはまだ婚約を考える暇がないのだ」
「しかし、婚約を断った場合、貴方様はあの山のようになってしまうかもしれません」
「お、おお恐ろしいことは言うでない……!」
勇者といい、ビュシーといい……凶事が続くとは。
だが、明日の夜になれば、勇者は我ら魔族によって葬られるのか。
なんだか変な気分だ。
勇者の問題を解決できるというのに、心がざわついている。
ご来城ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。




