第20話 魔王城撹乱記(2)
「あ、魔王様だ。ヤッホー、見えてますかー?」
下っ端らしき魔族の持った通信機器から壁に映し出される映像に、ラームが軽く話し掛ける。
いとも簡単に捕まってしまったボクは魔王城の裏口付近にいた。
それも少し恥ずかしい格好で。
なぜかボクはラームにお姫様抱っこをされていたのだ。カチコチの体では抵抗することもできず、勇者として情けない醜態を晒してしまっている。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
警備に当たっていた魔族に「魔王様に繋いでくれない?」とラームが言ったのだ。
角度的によく見えないが、映像には魔王が映っているらしい。
そしてラームが魔王と話す内容なんて決まっている。
「魔王様、勇者を捕らえましたー」
『そうか。ご苦労』
厳かな魔王の声が無抵抗なボクの耳を揺すり、体がさらにガタガタと硬くなっていく。
ビュシーを人質にしてしまったことを怒っているに違いない。生贄の予定から処刑に切り替わっていても文句は言えない。
『どのように捕らえたのだ?』
「えーっと……なんか落ちてたんで、拾っちゃいました!」
『そ、そうか……、拾ったのか』
拾われちゃったよぉぉぉ、どうしよぉぉぉ……。
せっかく逃げ出したのに振り出しに戻ってしまった。必然的に涙目になる。
『ところでラームよ、勇者はどこにいるのだ?』
「あれ、見えてませんでした?」
そう言うと、ラームは数歩下がって抱っこされたボクを軽く持ち上げる。
「ほら見てください、今朝捕まえた勇者ですよー」
採れたての野菜みたいに言わないでほしい。
そう思って、映像に顔を向けると。
「ひぃッ!」
あまりの恐怖に悲鳴を上げてしまった。
そこには、薄暗い部屋の中で数体のいかにも強そうで悪そうな魔族がボクを眺めるという耐えがたい映像が。特に魔王なんて薄暗い中で鋭い眼光を向けてきている。全身が縮こまったみたいに感じるほどだ。
ガクガクと顎を震わせながら、ボクは思わず涙を零す。
「あわわわわわわ」と口も誤作動を起こす。
絶望的な状況に心も体も折れてしまいそうだ。
『あれが勇者……? なんだか拍子抜けですわね』
『だが、情報の通りだ。規律的には何も問題はない』
『俺が出るまでもなかったわけか』
黒々とした影が何やら呟いている。
『う、うむ。たしかにそれは勇者だ』
映像の向こうだっていうのに、圧倒的な威圧感を押し付けてくる魔王が頷いた。
『では、ラームよ。その勇者を……』
ボクは察した。
魔王は今からボクの処遇を伝えるつもりなんだと。
その雰囲気からして助かる道がないのは明らか。
従来の生贄か、気が変わっての処刑か。
うぅ、嫌だ嫌だ嫌だぁ……!
「その前に魔王様、私から一ついいですか?」
ふと、ラームが魔王の口を塞いだ。お、恐れ多い……。
「勇者を捕まえたわけなんで……ご褒美が欲しいです!」
『貴様! 魔王様に向かってなんだその態度はッ!』
「ひゃあッ!」
声を荒げた魔族の声にボクがビクッと反応してしまう。
『よい。褒美くらいくれてやろう。勇者を捕らえたのだからな。本当によくやってくれた、ラーム。で、何を望む?』
「やったぁ! それじゃあ……」
ラームがニタァと不敵な笑みをボクに向けた。
「勇者を好きにしても良いですよね?」
■
「それは具体的にどういうことだ?」
地下牢に連れていくよう言おうとしたところ、ラームが勇者を好きにしたいと言った。
あまり乗り気はせぬ。
ラームは魔王城きっての自由人だ。
勇者を捕らえたから良いものの、今も勝手に城外で行動していた。勇者の脅威が去ったことはたしかに喜ばしいことなのだが、魔王として素直には褒められぬ。
普段から職務もサボりがちで、一応魔界の長たる我にも少し砕けた態度で接してくる。かと思えば、研究室や図書室に籠って何やら熱心に勉強している面もある。いずれにせよ、監督官はお冠だが。
そんなラームが勇者を好きにするというのは、全く予想がつかず不安。
とはいえ、内容によってはラームの好きにさせても良い。
我が散々まくし立てたうえでの勇者の捕獲という一報で、序列会議は重たい空気に支配されていたのだ。『天は我らに味方したようですね』と監督官が我をフォローしてくれたが、誰も目を合わすことがなかった。
その雰囲気を吹き払う風にラームが成り得ると、我は希望を見い出していたのだ。
『具体的にですか? うーん、勇者の前で言っちゃうと面白味がないじゃないですか。やっぱり対象には黙っておいた方が効果的だと思うので』
黙っておいた方が効果的なこと? いったい何をするつもりだ? ますます不安だ。
だが、さすがにラームも魔王城の魔族だ。我らが不利になるようなことはせぬ。ここは勇者を捕らえた功績を称えて褒美として認めてやるのが長の務め。それに勇者の処遇は以前から悩んでいたのだから都合が良い。
「良いだろう。では、本日に限り勇者の処遇をお主に任せる」
『はーい!』
「では、これで通信を終えよ……」
気まずい空気も晴れてきた気がするところで通信を終えようとした我だが、ある胸騒ぎに気付く。
――こちらが勝ったと思った瞬間、人間はとてつもない力を発揮する。
父上のお言葉が我の緩くなった頭を撥ねた。
そうだ。我は昨日、勇者の牢獄での暮らしを改善したことで、勇者は覚醒することはないと高を括って、それで脱獄という間抜けな結果を招いてしまったのだ。
今のこの状況……勇者を再び捕らえ、これでもう安心だと油断し切っている状態では、昨日の二の舞を踏んでしまうのではないか?
それはいけぬ!
「……勇者を捕らえたことで新たな問題が生じたが、このまま通信を続けても良いな?」
威圧感を出し、勇者をどこかへ連れていこうとするラームを留まらせる。
「我々は勇者を捕らえたことで油断し切っている。しかし、昨日のことは皆も知っているであろう。勇者は脱獄し、ビュシーを人質にして、最後には魔王城から脱出したのだ。これは魔王として甚だ遺憾である」
厳粛に張り詰める空気に、序列の面々は暗闇の中で息を改め、映像の向こうのラームも我の言葉を静かに待つ。
「気の緩んだ今こそ最大の危機感を持って勇者の対応に当たらねば、犠牲が出るやもしれぬ。これは魔王城の威厳がかかった重大な事案だ」
豪華な内装と食事で勇者の機嫌を取ったつもりだったが、全く効果はなかったのだ。もっと他の、勇者が覚醒することを防ぐ対処法が必要。
魔王として、ここは我が部下たちに示しをつけねばならぬ。
「そこで、勇者の対処について我から皆に提案がある!」
ダンッと机を叩いて立ち上がる。
うむ。これしかあらぬ。
我らが油断することなく、尚且つ勇者を手中に収めるような……絶対的有利ではありながら勇者が覚醒するほどの窮地に追いやらぬような素晴らしい解決策。
「我は勇者と契約を結ぼうと思う」
言った瞬間、部下たちが勢いよく我の顔を見た。
その動きで分かる。皆、眉間に皺を寄せて難しい顔をしているということが。
「失礼なことは重々承知しておりますが、魔王様。契約以前に、勇者を始末してしまえばよろしいのではないでしょうか?」
メイド長が言う。
ぬぬぬ……、たしかにその通りだ。どうかしていた。
「何を言っている! 魔王様の聡明な意見に口を出そうというのか?」
我が発言を取り消そうと言葉を考えていたら監督官が叫んだ。嫌な予感がする。
「我々は勇者の脅威という認識に関して魔王様の足元にも及んでいなかったことは先程理解したはずだ。その魔王様が何の考えもなしに勇者と契約を結ぶと仰ったとでもいうのか! これには深い思慮があるに決まっているだろう! ですよね、魔王様」
「そ……そうだ」
まずい……。
ここまで期待をされた上で、「やっぱり処刑しよう」なんて言えぬ。
「えーっとだな、その…………、勇者は死を目前にすると覚醒するのだ。だからこそ、始末する瞬間は慎重に選ばねばならぬ。それゆえ、契約を結ぶのだ」
「しかし魔王様、あの勇者が覚醒などするのでしょうか? 私でも倒せそうですわ」
メイド長の視線の先には、今にも覚醒せんと震えている勇者の姿が。
「魔王様が覚醒すると仰ったのだぞ。覚醒するに決まっている! あの様子も覚醒の兆候なのだ! ですよね、魔王様」
「そうだ。それに演技をして油断させているという線もある。隙を見せれば刺されるぞ」
まったくもってそうだ。想像しただけで鳥肌が立つ。
「ですが、あれが演技だとは……。仮に演技だとすれば、隙だらけのラームは既に倒されているはずではありませんか?」
「それは…………、何かあるのだ! ですよね、魔王様」
とうとう説明がつかなくなった監督官に代わって、我はなんとか堂々さを保って言う。
「そうだ。勇者は……、えー………………たしかに、そうであるな」
前言撤回。我は弱々しくメイド長に同意を示した。
「でしょう? やはりあの震え具合は演技ではありません。我らが魔王様の気迫に怯えているに違いありませんわ」
「それもそうだ。我らが魔王様の強さを勇者は一度味わい、牢獄に囚われたのだ。我ら魔族……とりわけ魔王様に畏怖の念を抱いている。さすが魔王様です!」
「何を言うか」とつい反射的に眉をひそめて返そうとしたが、その前に考え込む。
我も勇者の変容具合については、演技ではあらぬ何か他の要因があるのではないかと考えていたところではある。だが、だからといって我に臆していると決め付けるのは早計。
そう思い、映像の向こうで抱かれる勇者の姿を見やると。
『ひぃ…………あわわわわわ(ガクガクブルブルガクガクブルブル)』
うぅむ、これは……。
「怯えているな」
魔獣に睨まれた子ウサギのように震え縮んだ姿を勇者は晒していた。
ラームに我が「始末しろ」と一つ命じれば、勇者は難なく命を落としてしまう状況だ。
ぬぬぬ……?
そこで我はふんわりとある考えに行き着く。
――もしや、勇者は大したことないのではあらぬか?
「完全に委縮してしまっていますわ」
「さあ、魔王様。ラームの要求など無視して始末してしまいましょう」
うむ。たしかに振り返ってみれば、我に平伏したり、解約してすぐに逃走したりと、臆している行為は散見できる。それほど我は魔王然としていたのだろうかフフッ。
では、処刑を……。
『…………ッ(ガクガクブルブルガクガクブルブル)』
いや、やはりそれは可哀想ではないか? メイド長も「なんだか勇者が可哀想になってきましたわ」と呟いている。
それに、勇者の変わり様については不明なまま。処刑の際に覚醒せぬとも言い切れぬ。
魔王として、我は堂々と英断を下した。
「我は魔界の長たる魔王だ。弱い者いじめをする暇はない。よって以前と同様に処刑はせぬ。永久幽閉だ。が、油断してはならぬという父上のお言葉を無下にすることもできぬ。ゆえに念には念を入れ、我の契約魔法を使うのだ」
「端からそのおつもりだったのですね!」
感動したように監督官が叫ぶ。
「勇者が臆していることも見越したうえで我らに議論させ、それに気付かせた。しかし勇者を殺さないことで緊張感を持て、と! 始めに気の緩んだ我らに発破をかけたのも、そのためだったというのですね!」
「そ、そうだ……」
よく分からぬが、そういうことにしておいた。おかげで気まずい空気も飛んでいった。我の心の中を除いて。
まあ……いずれにせよ、契約の力があれば我らが油断することはなく、勇者が覚醒することもなく、全てが上手くいくのだ。我に臆した勇者など恐るるに足らず。
「皆もそれで良いな?」
精一杯の威圧感を出すと、誰一人として反対の意志を示す者はいなかった。嬉しい。
調子の良くなった我は最後に映像に向かって告げた。
「ラームよ、今から勇者の元へ契約書を届ける。その契約に勇者を記名させれば、今日に限って勇者はお主の好きにすれば良い」
部下を従え、勇者が恐れる存在……、そう。我は魔王なのだ。偉大なる魔王なのだ!
ご来城ありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。




