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第19話 魔王城撹乱記(1)

 いつの間にか眠っていたらしい。


 重い瞼を開くと、青い空がボクを覆い被さる木々の隙間から見えた。


 ボクは屋上から飛び降りた……というよりも落ちた後、なんとか魔法で身体強化して大怪我することなく枝に引っ掛かりながら地面に落下することができた。


 大怪我はないと言っても、すぐに動けそうなほどの小さな衝撃でもない。


 どうやらボクは立ち上がれずにそのまま眠りについていたみたいだ。


「イタタぁ……」


 体の痛みは小さくなったが、倒れたままでいたからか体のあちこちが硬い。起き上がれない。


 追っ手が来る前に逃げないと。せっかく処刑を免れたんだ。生贄になるのはごめんだ。


 でも、なんだか妙なかんじだ。


 魔王はビュシーを必死に守ろうとしていた。人間界に災いをもたらす悪の親玉だっていうのに……。


 そこまで考えて、ボクは思った。


 魔族にだって、命を賭けるくらい大切な人っているんだな。


「ねえ、君。大丈夫?」


「……!」


 突然、頭の上から同世代くらいの女の子がボクの顔を覗き込んできた。


「ごめんごめん。驚かせちゃった?」


 紫の髪を垂らして現れた顔は白い歯を見せて軽く謝る。


 ボクはしばらく目を見開いて黙ったままでいたが、やがて目の前にいるのは魔族であるということに気付き、さっきまでの体の不調を忘れたかのように飛び起きた。


 相手はラフな佇まいで肩の肌が見えるほど服も着崩していて、戦闘の意志は全く感じられない……というよりも、魔王城とは思えない「オシャレ優先!」ってかんじのカジュアルさでなんだか眩しい。ボク、こういうタイプ苦手だ。


 警戒するボクを全く気にすることなく、魔族の女の子は喋る。


「君、見ない顔だし、魔王城勤務の子じゃないよね? あれかな? 献上品を届けに来た領民の子とか? だよね! じゃないと魔獣で溢れるこの庭で居眠りとかできないもん」


 やたらと軽い雰囲気の魔族は、ボクの正体を知らないみたいだ。それなら都合が良い。適当に誤魔化して一度安全な場所に移動しよう。それで再出撃の準備を整えるんだ。


「あ、うん。そうなんだ。魔王城から出ようとしたら皆とはぐれちゃったみたいで……」


「そっか。それなら私が送ってあげるよ」


「助かるよ。ありが……ウゥン!」


 危ない。魔族に「ありがとう」だなんて言うところだった。敵に感謝なんてしちゃダメだ。いつもなら、こんなこと絶対に言おうとしないのに。


 急に咳払いをしたボクを魔族は不思議そうに見つめていたけど、気にする様子もなく明るい笑顔を浮かべている。


「君、名前はなんて言うの?」


「……ヴェーベン」


「へえー、私はラームって言うの。これでも魔王城に仕えてるんだよ。すごいでしょ?」


 気さくなラームの態度にたじたじとしつつも、できるだけ関わらないように黙っていたら、「ところでさ……」と歩き出そうとしたラームが何かを拾い上げる。


「この大剣ってヴェーベンの?」


「か、返して!」


「おっと」


 慌てて手を伸ばすが、ラームにひらりとかわされる。


「やっぱりヴェーベンのだったんだ。領民が持つには珍しいね。興味湧いてきちゃった」


 ボクの生命線である大剣を取られ、いたずらっ子のような笑顔を向けられる。


「武器を使うなんて不思議。魔族なんだから魔法の方が効率良くない?」


「ボクは魔族なんかじゃ……!」


 そう言って、ボクは大剣を抱えるラームに再び跳びつこうとする…………が。


「あッ」


 木の根っ子に足が引っかかった。あ、さっきまで体中カチコチだったんだっけ。


 そして、大胆に顔から転ぶボク。


 さっきまで奇跡的に動いていた体は、もう動くことが嫌だと訴えている。


「大丈夫?」と心配そうに駆け寄ってくれたラーム。


「それにしても、ヴェーベンって変わってるね。大剣を武器にしてるなんてさ。まるで人間みたい」


 思わずドキッとした。冷や汗がじわっと背中に浮かぶ。


「ん? 大剣を持った女の子……」


 何か思い当たる節があるように考え込むラーム。しばらくして「あッ」と声を上げると、ボクを見下ろしてニタァと口の端を吊り上げた。


「ヴェーベンって……勇者だったんだ」


 やばいやばいやばい。バレたぁ!


 体は言うことを聞かず、魔族に武器を奪われたこの状況。


 ……終わった。


   ■


 魔王城には序列というものが存在し、魔王城に所属する魔族の中でも選りすぐりの十人の強さを順位付けしている。


 もちろん序列の一位は魔王たる我であり、後ろに順々と一〇位まで実力者が並んでいく。我は形式的に一位となっているだけで実際の序列としては九、一〇位あたりが妥当だと思っているのだが、部下たちは口を揃えて「魔王様の実力は圧倒的です。一位以外は有り得ません」と言う。どうも居心地が悪い。


 しかし、それも魔王たる者の宿命なのであろう。これから胸を張って序列一位を名乗れるほどに強くなれば良いのだ。


 そう決心しながら、我は会議室の奥で座り込んでいた。


 我が肘をつく長机には右側と左側合わせて九つの席があり、うち五席が埋まっていた。


 ――魔王城序列会議。


 魔王城の序列に籍を置く十名の魔族のみで行う重要な会議である。


 今回は勇者の脱走という重大事件が起こったために我が緊急召集したのだ。急な呼び掛けで全員は揃わなかったが、まあいい。我の命により城外で活動している者もいるのだ。


 真っ暗な部屋で明かりも点けずに序列の面々が顔を合わせるなか、カーテンの隙間から一筋の光が射し込む。


 いかにも会議の重要性を際立たせている光景だ。実際には、一番乗りだった我が思案に浸って明かりを点け忘れていたために真っ暗なのだが、部下たちは我の意向だと認識しているのだろう。誰か気付いてくれ。


「魔王様、召集から五分経っても出席できない不届き者など放って、会議を始めてはいかがです? 魔王様の貴重なお時間をこれ以上割くことはありませんわ」


 メイド長が冷たい口調で言った。


「そうであるな。では、始めるとしよう」


 いつもなら「いつまで黙っているのです? 木偶の棒にでもなったおつもりですか? さっさと会議を進行させて下さい」と耳に痛い言葉が投げつけられるのだが今回はない。


 そう。執事のハバはいないのだ。


 序列会議は、序列に入った者のみで行われる。つまり、序列に入っていないハバは立ち会うことができぬのだ。さらにビュシーも序列会議の重要性を分かっているから大人しくしてくれている。おまけに、序列に入っている者は例外なく我への忠誠心が高い。


 要するに、序列会議では一番魔王らしく我は振る舞えるのだ。


「勇者だが、昨日屋上から飛び降りて以降、姿をくらませている。撤退した可能性も潜伏している可能性もある。いずれにせよ、もう一度攻めてくることに違いはあらぬ」


 昨日……、意外にも勇者はビュシーを解放して去っていった。


 勇者は演技派だと認識していたのだが、ビュシーに捕らえられたり、人質を取ったり……と、あの変わり様は、演技と片付けるには無理がある気がしてならぬ。認識を改める必要がある。


 しかし、今は考えていてもしかたがあらぬな。会議を進めよう。


「序列に入っている者には、勇者撃退に向けて気を張ってもらおうと思う。我が直接迎え撃つことができれば幸いなのだが、勇者の動向を把握できていない今、各々が捜査網を広げ、勇者の発見に尽力を注いでもらいたい」


 皆が静かに頷く気配を感じる。なにせ暗いのでよく見えぬのだ。


「それから勇者を発見しても戦闘に移る必要はない。すぐさま我に報告せよ。そうして我と共に勇者を倒そうではないか!」


「いえ、魔王様にそこまでしていただく必要はありませんよ」


 同意の言葉を待っていたら、序列二位のオルザークが優雅に語り出した。


「勇者ごとき、俺がいれば充分です。魔王城で魔王様の次に最強であるこの俺がいれば人間界の小娘なんて相手にもなりません」


「おい、オルザーク。忘れたとは言わせんぞ。勇者襲来の際にお前が魔王様の近くにいながら為す術もなく勇者に倒されたということを」


 厳しい言葉を投げたのは、城の規律や運営を司る監督官だ。我の直属の部下であり、忠誠心も他の魔族より強い。


「あれは手加減してやったのさ。俺の本気を受けるに相応しいかどうかを。俺が全力を出せばどうということはない」


「そんなふざけた考え方は二度とするな! 魔王城の規律にも魔王様の御命が危機に瀕した際は、魔王城の魔族は全力で魔王様を支援するとあるのだ」


「フッ、俺は規律になんか囚われないぜ。それにその規律には問題がないか? 命に危険が迫るほど、我らが魔王様が勇者相手にビビっていたとでも?」


 うッ……。


「屁理屈だ! 勇者襲来の際は全力で魔王様をお守りするのは当然のことだろう! 規律にも次期魔王が未定の場合は現魔王を危険に晒してはならない、とある。魔王様は次期魔王どころか、まだ婚約相手すら決められていないのだぞ!」


 ううッ……。


「たしかにそうですわ」とメイド長が続く。


「魔王様が直接出向くというのだから、私たちはその規律を無視しているけれども、本当であれば全力で勇者を葬りにいくところ。オルザークの行為は軽率です。それにしても、ビュシー様はあんなにも魔王様に尽くしているというのに……あまりに不憫ですわ」


 うううッ……ぐぬぅ…………。


 なぜだ。誰も我を責めてはおらぬというのに、何かが刺さったように心が痛む。


「分かった、分かった。そんなに俺の全力を見たいって言うなら、次に勇者と遭遇した時に見せてやるよ。この俺の魔界に轟くほどの実力をな」


 やれやれ、バカらしい。というため息を吐いて監督官たちがオルザークに呆れたのを見計らい、我は会議を元の議題に戻す。


「えー、コホン。勇者が次に攻めてくる場合の予測地点と、潜伏していた場合の潜伏場所を討議したいのだが、意見はないか?」


「失礼ながら、魔王様」


 何か思うところがあるように手を挙げたのは、意外にも監督官であった。


「魔王様が勇者の動向について心配なさる必要はないかと。勇者が現れましたら、我々が責任を持ってすぐさま魔王様に報告致します。魔王様は堂々と報告をお待ち下さい」


 いや、それは困るだ。


 相手は何をしでかすか全く分からぬ勇者なのだ。ただ一つ確かなのは我の首を狙っているということ。最悪、突然背後に現れて大剣を一振り……なんて恐ろしいことも有り得る。


 常に勇者の行動予測……欲を言えば、居場所を把握しておきたいのだ。


「勇者を侮ってはいけぬ」


 得意の威圧感を出して、我は監督官に気持ちを伝えることにした。


「直接対峙した我には分かるのだが、勇者には底知れぬ何かがあった。魔王である我を惑わすほどに予測不能の行動をし、あわや我がぬかっていれば負けてしまうところだったのだ。ゆえに、勇者の居場所をいち早く把握することが重要なのだ」


「まさか……!」監督官が机を叩いて立ち上がる。「魔王様が苦戦をされるなど……」


「ぬかっていれば負けていたかもしれぬ、と言ったのだ。我が負けるはずがなかろう」


 本心とは異なることを堂々と言う、というのはなかなかに重く心に響く。


「オルザークが一撃でやられたのは油断していたからであろう? お主ら序列に入っている者であっても、勇者への油断は直接死を意味すると思え」


 しかし、我の言葉の重みを受け取り、粛々とする部下の様子を見るのは魔王として喜ばしい。


「とにかく勇者は強い。この魔王がそれを認めよう」


 よし、この調子でどんどん勇者への危機感を醸し出して皆を本気にさせよう。そうすれば、我の首が飛ぶ可能性も減るのだ。


「その大剣は刀身以上の間合いを持ち、その戦闘はどこまでも執拗で、その気迫は獰猛な魔獣をも恐れぬ。それが勇者だ!」


 そう、我が本当に死にかけた実力を持つのだ。


「歴代魔王も、その勇者の強大さを目の当たりにし、『生かしてはおけぬ』と決意を抱いて一人残らず勇者を葬ったのだ。この史実は我ら魔族が驕ってはならぬことを明白に示している」


 そうだ! 歴代魔王も勇者に対して我と同じ気持ちを抱いていた……かもしれぬのだ。


「容易に捕まえられるとは思うな! ましてや葬ろうなどともってのほか!」


 最後に大きく息を吸い、我は言った。


「勇者は強い! これを肝に銘じておけ!」


 言い終えると、「承知致しました!」と監督官が涙ながらに叫んだ。


「魔王様の言う通りです! 我々の考えは魔王様の足元にも及んでいませんでした!」


 勇者撃退への結束が固く結ばれた瞬間であった。


 今、我は魔王として職務を果たしている!


 そんな感動が胸を打つ。


 ドン、ドン、ドン!


 魔王をやっているという余韻に浸っていると、会議室の扉を慌ただしく叩く音がした。


「序列会議中だぞ!」と監督官の叱責がありながらも扉は開け放たれ、廊下の明かりと共に伝令の者が会議室へ入ってきた。


「緊急報告です! 勇者が、勇者が…………捕まりました!」


 この瞬間ほど、我は自分の発言を取り消したくなったことはない。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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