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第14話 貴族令嬢、来城(6)

 夕食の準備が整ったテーブルの一つの空席を眺めながら、我はそわそわしていた。


「遅いな……」


 ビュシーがやって来ないのだ。


 夕食の時刻は伝えたはずだし、常に傍にいることを懇願してきたあのビュシーが時間通りに来ないなど考えづらいのだが……。


「む? どうかしたのか?」


 何やらビュシーの従者と護衛が慌ただしく話し合っていたので尋ねると、


「それが、ビュシー様がお手洗いに行かれた際に先にこちらで待っているよう言われていたのですが、あまりに長いので心配になって先程お手洗いを拝見したところ、どこにもビュシー様のお姿がなかったのです」


 ぬぬぬ……、迷っているのだな。


 我が城は勇者の襲来に備え、方向感覚を狂わせる縦横無尽な通路や、隠し通路といった複雑な設計で建てられている。そのため、あまり慣れておらぬ者が案内もなしにふらっと散歩すると迷子になってしまうことがあるのだ。これは案内をつけ忘れた我の責任だ。


「ハバよ、監視設備を起動させてビュシーを探すよう情報班に連絡してくれ」


「かしこまりました」


 こういったことは何度かあるので我は冷静に指示を出す。


 魔王城には監視設備があり、情報班の者が監視設備の母体である装置に魔力を込めると、城の各地点に備えられた監視設備の映像を母体に備え付けた機器に映しだすことができるのだ。情報班の者がいれば映像を中継することも可能だ。


 もちろん監視設備は地下牢にも設置されており、勇者の様子も把握できる。といっても、地下牢には看守を置いているから問題があればすぐに伝わるのだが。


 それにしても今頃、勇者はどうしているのだろうか。


 住み心地の良さと豪勢な食事を提供したから問題など起こしておらぬと思うが。


 そうでもないと、ハバから猛烈に叱られてしまう。


 夕食前に勇者の処遇について厳しい説教をされたが、魔王の命令だと強引に主張すると呆れられてしまった。我の決断を正当化するためにも一刻も早く成果がほしいところだ。情報を吐けばもっと待遇を良くすると勇者に持ちかけておいた方が良いかもしれぬな。


 ――そのように呑気にして油断丸出しだったのが良くなかったのだろう。完全に勇者が覚醒することはあらぬと慢心していた時点で、父上のお言葉を無下にしていた。


『こちらが勝ったと思った瞬間、人間はとてつもない力を発揮する』


 そう。常に厳戒態勢を敷いておくべきだったのだ。勇者を手中に収めたと勘違いをしてしまっていた。まさか、備え付けられた伝声管から突然、


「「緊急報告、緊急報告! ヤツが牢獄から脱走! 行方は不明!」」


 という情報が入ってくるとは――


 とっさに我は地下牢へ向かった。


 ヤツとは勇者のこと。勇者が生きていることは城の機密。勇者関連で重大な報告がある時は「勇者」とは言わず「ヤツ」と言わせるようにしていたのだ。


 勇者は牢獄から脱走しており魔法が使える状態。武器を手にしている可能性もある。


 いつもの我なら怖気づき、「我が迎え撃つ」と宣言するためには気持ちを整理する時間を要するのだが、今に限ってはハバの制止を振りほどくほどに体が勇者の発見を望んでいる。


「ビュシーよ、無事でいてくれ……!」


 勇者の脱走とビュシーの迷子。


 偶然と言うことはできるが、そうも言い切れぬ。最悪の事態になっていなければ良いのだが。


「魔王様! こちらです!」


 地下牢に着くと、少し前に到着したらしい情報班の部下が我を通してくれた。


「ゼービ!」


 鍵の開いた勇者の牢獄の前で看守のゼービが倒れていた。


「ご安心下さい。気を失っていますが、目立った外傷はありません。ただ……」


 怪訝な間を置き、情報班の部下は続ける。


「争った形跡はなく、牢獄の扉が強引に開けられた跡もないのです」


「一瞬のうちにゼービがやられ、鍵を奪われたということか? 牢獄にいた勇者が?」


「現状、そうとしか考えられません」


 覚醒……してしまったというのか。


「ゼービが目覚めました!」


 不穏な考えに沈んでいた我は、部下の声を聞いてすぐさまゼービの傍に寄る。


「大丈夫か、ゼービ。我だ。目覚めてすぐですまぬが、何があったか教えてくれ」


 尋ねると、うっすらと開いた目が我を捉える。


「大変です……魔王様…………。ビュシー様が……」


 その名を聞くや否や、我は息が詰まりそうになった。心臓の鼓動が体中をざわめかす。


「「緊急報告、緊急報告! ビュシー様を発見!」」


 鼓動を駆り立てるような伝声管からの声に我は振り返る。


「「場所は西棟の屋上! ただ……」」とわずかに躊躇うようにして伝声管から響く不協和音が告げる。


「「ヤツと共にいます!」」


 まずい……最悪の事態だ。


 ドゴゴゴオウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!


 突如、とてつもない爆音が轟いた。


 音と規模からして城から離れた場所。勇者が魔法で狼煙を上げたということか。


 焦りを糧に、我は地下牢から全力で階段を駆け上る。


 まさか勇者が覚醒し、ビュシーを連れ去らっていくとは。


 おそらく目的は我の首だろう。


 勇者ヴェーベン……、なんて狡猾なのだろうか。きっと得意の演技でゼービを騙して脱走し、どこかでビュシーの情報を拾い、迷子になっていたところを人質としたのだろう。


 我が勇者に記名させた契約では、勇者は魔王城の魔族には危害を加えることができぬ。だが、ビュシーは魔王城ではなくクレアルーン領の魔族。契約の効果から外れるのだ。


 ぬぬぬ……、これは勇者に情けをかけた我の失態だ。


「ベルシュート様。不安になるのも分かりますが、貴方様は魔王なのです。堂々としていて下さい。そうすれば、ビュシー様もご安心なさるでしょう」


「そうであるな」


 待ったなしの状況となり、勇者の目的がはっきりとしたためか、ハバが我を鼓舞する。


 我は魔王だ。勇者に屈することなどあってはならぬ。


 必ずビュシーを救い、勇者を……葬らねばならぬのだ。


「もうすぐ屋上です!」


 先行する部下の声が聞こえ、我は覚悟と共に威圧感を目的地へと向ける。


 そして、屋上に足を踏み入れ、勇者とその傍らにいるビュシーの姿を捉えた。


「勇者よ、お主の好きにはさせぬ! この魔王ベルシュートが相手を、して……?」


 堂々と言い放とうとした我だが、目の前の光景に思わず言葉を見失った。


「あら、ベルシュート様。ちょうど良いところに来てくださいましたね」


 我は想像していたのだ。


 狡猾な勇者の人質にされ、縄で体を縛られながら涙を流すビュシーの姿を。


 だが、実際は我に気付くとビュシーは上品な微笑みを浮かべていた。そして、縄で体を縛られているのはビュシーではなく――――勇者だった。


 ぬぬぬ……、逆ではないか!


 我の覚悟は、どこへ持っていけば良いのだ?



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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