第12話 貴族令嬢、来城(4)
「勇者、出ろ」
看守に言われ、ボクは手首を縛られて牢屋を出る。
きっと魔王が言っていた「場所を変える」ということが実行されるのだろう。
処刑台じゃないよね? 違うよね? ボクは生贄なんだよね?
「入れ」
怯えているのを抑え込むなか、看守に背中を押されてボクが入ったのは、隣の牢屋。
移動距離……三メートル。
え? 場所を変えるってこういうこと?
魔王の思考が全く読めない。いったいこれにどんな意味があるんだ?
首を傾げていると、何やら大きな箱を抱えた数体の魔族が鉄格子の前を通り過ぎていった。そしてギィ……と錆びた扉が開く音がする。箱は元いた牢屋に運ばれていくらしい。
しばらく経つと突然、ガンガンガン! ドンドンドン! と何か叩きつけるような音が聞こえ始めた。半地下で天井の高い地下牢にそれはけたたましく鳴り響く。
「……音の拷問だ」
そう口にしたはずのボクの声が聞こえないほどだった。
だが、その麻痺した感覚によって打ち消された言葉がボクの意識を直ちに回復させた。
とんでもないことに気付いてしまったのである。
耳がおかしくなる直前で鳴り止んだ騒音の余韻が頭に響くなか、ボクは呟いた。
「拷問する気だ」
運ばれていたのは拷問器具。箱には大小さまざまな拷問器具が入っていたのだろう。さっきの騒音は、牢屋に拷問器具を取り付けるためだったんだ。そしてボクがいたら邪魔だから、隣の牢屋に一旦移した。
場所を変えるって、牢屋を拷問部屋に変えるってことだったんだ!
……終わった。
これからボクは手足を拘束された状態で多種多様な拷問を受け、痛みに悲鳴を上げ、涙と鼻水を垂れ流し、血反吐を吐かされ、そして最終的には……ひぃッ!
どうしようどうしようどうしよう。
いや、どうしようもないよ!
絶望的な気分に浸っていると、ポロリと涙が零れる。足元にポタポタと落ちる雫を、ボクは眺めることしかできない。そんなボクを気遣うことなく、看守が牢屋の扉を開けた。
「勇者、出ろ」
案の定、元いた牢屋の方へと連れられる。「入れ」
牢屋の前で下を向いたまま立ち止まっていると、看守に背を突かれ、扉を閉じられる。
拷問部屋に足を踏み入れ、恐る恐る顔を上げると。
「…………――!」
ボクは目の前に広がる光景を前に絶句した。
板張りの床に壁、天井。お洒落な猫足を持つテーブルと椅子。真っ白なシーツのベッド。
まるで高級な宿屋と見間違う光景がそこにはあったのだ。鬱屈とした牢屋だった場所に。
あんなにゴツゴツと石を敷き詰めただけだった床は水平の綺麗な木目の優しい色に変わっており、ガタガタと揺れていたイスとテーブルはガタつくことを知らないかのように気品高く自然と立っている。また、薄汚さを隠せずにギシギシと軋んでいたベッドはなんとまるまる漂白されたかのように綺麗でフカフカの楽園へと変化してしまった。
まあ、なんということでしょう。と感嘆したくなるくらいの変わり様だ。
場所を変えるっていうのは、こういうことだったんだ。
拷問部屋じゃなくて高級宿屋だったんだ。
「…………え?」
あまりの感動で感覚が麻痺していたけど、おかしくない? おかしいよね。
捕らえた勇者をこんなに綺麗で高級感のある部屋に閉じ込めるなんて。
「手枷を外す。こっちを向け」
「ここって、ボクの牢屋で合ってる?」
両手の自由を得たというのに、ボクは不安になりながら看守に尋ねる。
「そうだ」
「本当に?」
「俺も疑っているくらいだが、魔王様がこうしろと言うのだ」
魔王の考えていることが全く分からない。何が目的でこんなことを……。
「遅くなったが、昼食だ。食え」
今度はご飯らしい。きっとハエのたかったぐちゃぐちゃの残飯が出されるに違いない。
なんて思っていたら……。
ジュウゥゥゥと熱々な音を立てて湯気が立ち込める肉塊がボクの前に出された。
「ス、ステーキ!」
溢れそうになるよだれをグッと飲み込む。
「本当にこれが昼食? ボクが食べて良いの?」
「そうだ」
そ、それじゃあ遠慮なく……。
「いっただきまーす!」
パクッと一口頬張ると、ジュワァァァと肉汁が口の中に染みわたり、顔が浮つく。
ハア……幸せだぁ。
こんなに高級な料理、旅立ちの前に王宮で頂いた時以来だ。美味ぃ!
まさか魔王城でこんな気持ちになれるなんて……ん、魔王城で………………あ。
ボクは唐突に察してしまった。
「……これは、生贄のための下準備なんだ」
そうだ。何の意味もなく魔王が勇者であるボクを接待するわけがない。
ボクは生贄なんだ。凶悪な魔物に捧げる人柱なんだ。
魔物を喜ばせるために生贄はある程度太らせて、できるだけストレスを与えないようにしなければならないのだろう。だから、この好待遇。
……そういうことだったのか。
左手からフォークが抜け落ち、板張りの床で音を立てる。
「でも……」
処刑じゃなかったから良いよね?
ステーキが食べられるし、元々生贄にされることは分かってたことだし、悔やんでもしかたないし、お腹は減ってたわけだし、ステーキが食べられるし。
もうボクの脳内は肉汁でいっぱいになっていた。
「おい、勇者」
浮かれていたら看守に呼ばれ、ビクッと肩が跳ね上がる。
そろっと看守の方を見やると、
「替えのフォークだ。使え」
やっぱり好待遇だった。
ご来城ありがとうございました。
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