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第11話 貴族令嬢、来城(3)

 我は大広間の玉座にて緊張していた。


「魔王様、ビュシー様がいらっしゃいました」


 避けられようのない職務を前に喉が詰まる。とうとうビュシーの来城を断ることはできなかった。


 勇者に蹴り飛ばされて急いで修繕した大広間の扉が開くと、一人の魔族が姿を現す。


 可憐な容姿に綺麗な衣装を高貴さと共に身に纏い、亜麻色の髪を揺らす乙女。


 クレアルーン領の領主貴族令嬢、ビュシーだ。


 ビュシーは玉座の手前まで歩を進めると、膝を折り上品に敬意を表した。


「お久しぶりでございます。ベルシュート様」


「と、遠いところ、ご苦労であった」


「いえ、ベルシュート様のご多忙な日々に比べれば些細なものでございます」


「今日はお主の父上は来ておらぬのか?」


「はい。父からクレアルーン領を代表して来城するよう言われております。将来的なことも鑑み、ビュシーが来城する運びとなりました。何かと不慣れな身ではございますが、どうぞよろしくお願い致します」


 どの領主貴族よりも慇懃(いんぎん)で感心する態度だ。


 ビュシーは魔界の軍事の大半を担うクレアルーン領の領主の第一子である。我よりも年が二つ上で、その端正な見た目と誠実で折り目正しい性格から領民からの支持が高い令嬢。生まれ持った威圧感で全てを誤魔化そうとする我とは大違いだ。


 そんなビュシーが一人で(護衛や従者はいるが)来城したのは、次期領主への内定が決まっているからなのだろう。後にその挨拶があるかもしれぬ。


「こちらは献上の品でございます」


 ビュシーの従者からハバが献上の品を受け取り、来城の形式的な挨拶を終了させると、我らは城の四階にある特別な応接室へ移動する。


 ここでいう来城とは、各領主が年に一回から三回、我が魔王城を訪れ、一日をかけて魔王である我と会談を行う催し事。会談では、各領の報告や次の一年に向けての方針を定めており、重要な職務の一つである。


 クレアルーン領は軍事を担う主要領主であるために、来城は年三回。以前から幾度か父上と共に来城することの多かったビュシーは、既に領主として完璧なまでに魔王への敬意と作法を身に付けていた。今も我の後ろを(うやうや)しい態度で歩いている。


 だが、我はビュシーが苦手なのだ。いかに清楚で気品があるのだとしても。


「今回はビュシーだけなのだな」


 応接室に入り、部屋の中央奥にある椅子に腰を下ろして我は告げた。


 ビュシーも傍にある椅子に腰を落とす。


「はい、前回は父と一緒でしたが、ようやく一人でベルシュート様にお会いすることができました。以前お会いしてから随分と長い間、謁見の機会がございませんでしたので、ビュシーはこの日をとても楽しみにしていたのですよ」


「そうは言っても、前回は四か月ほど前ではなかったか?」


「いえ。ビュシーにとって、この四か月は一〇年……いえ、一〇〇年ほどの歳月に感じました」


「そ、それは言いすぎであろう……ハハハ」


 苦笑いを浮かべながら、我は懸念を強める。ビュシーがその本性を見せ始めたのだ。


「言いすぎではありません。以前は父ばかりがベルシュート様とお話をして、ビュシーはたったの一時間ほどしかお話をできなかったのです。それが今回は何時間でもお話ができるというのですよ。これほど嬉しいことはありません。時間と距離の空いた二人の関係を一刻も早く取り戻さなくてはなりませんね」


 そう言って、手を握られた。


「う、うむ。それでは、さっそくクレアルーン領の報告を……」


「そんなこと後でよろしいではありませんか。まずはこの尊い時間を分かち合いましょう」


「そ、そうであるな……」


 握られた手を引き抜こうとしてもビクともしないなか、ビュシーは何も言わずに目を輝かせて我を見つめていたが、「あっ」と何か大事なことを思い出したような声を上げた。


「申し訳ございません。ビュシーったら、ベルシュート様とお会いできたことが嬉しくて肝心なことを忘れておりました」


 不安げな顔を向けられる。会談以上に肝心なことなどあっただろうか。


「勇者の襲来があったと聞きましたが、お怪我はなかったのですか?」


「あ、あぁ……」


 勇者のことか。これは事前に決めていた通り丁寧に答えねばならぬ。


「安心してくれ、怪我はない。勇者も我が倒したから心配することもあらぬ」


「まあ、さすがベルシュート様。強くて(たくま)しいのですね」


 明るい表情に戻ったかと思うと、恍惚とした顔が表れていた。


「ますます好きになってしまいます」


「ソ、ソウカ……」


「ご無事で何よりです。もしベルシュート様に万が一のことがあったら、ビュシーは正気を保っていられなかったかもしれません。ベルシュート様から勇者の襲来を告げるお手紙を頂いた時は本当に心配で心配でたまらなかったのですよ」


「わ、我も魔王であるからな。そうそう勇者に負けることはない」


「それもそうですね。心配してしまうなんて、魔王の妻としての自覚に欠けていました」


「む?」


「ん?」


「今……魔王の妻と言ったか?」


「あ、ごめんなさい。つい……」


 つい……、どころの話ではないと思うのだが。


「早まってしまいました。まだ公には発表していらっしゃらないですものね」


 早まるも何も、我はビュシーを妻にするなどと一度も口にしておらぬのだが。どうして決まったことのように言っているのだ?


 我がビュシーを苦手な理由がこれだ。ずっしりとした好意を向けられるのだ。


 慕ってくれるのは嬉しいことなのだが、あくまで限度というものがある。


 幼い頃からの仲であるビュシーは、昔から好意を伝えてくれていたが、最初は人付き合いとしての「好き」だと我は認識していた。しかし、年々「好き」の圧が増していき、今では話しただけで胸焼けしそうなほどになっている。


「あの、ベルシュート様……」


 急にビュシーが膝をこすり合わせて恥ずかしそうに声を出す。


「そういえば、まだ正式なお返事はもらっていませんでしたね」


 うッ、胸焼けが……。


「覚えておいでですか? 前回お会いした際に『結婚を考えております』とお伝えしたのですが……」


「も、もちろんだ」


 だが、あんな間接的な言い方ではなんと返事して良いのか分からず、曖昧(あいまい)な返事をして前回は別れたのだ。そもそも誰との結婚なのかもはっきりと言わなかったために、気のせいということにしておいたのだ。


「そういえば、きちんと申し上げておりませんでしたね」


 我の思考を汲み取ったのか、ビュシーは居住まいを正して我に向き合う。


「そ、その……ビュシーは、ベルシュート様のことを、お慕いしております」


 言って頬を赤らめるビュシー。


 可愛い……。


 いや、冷静になるのだ、我!


 いくら綺麗だと言っても、相手は我の意思に関係なく勝手に結婚の話を進めるビュシーなのだぞ! 気持ちが重くて怖いのだ! 


 我は息を整えてビュシーに答える。


「お主の気持ちはとても嬉しい」


「それは、結婚してくださるということでよろしいでしょうか?」


「いや、待ってくれ!」


 前のめりになって迫るビュシーの肩に手を置き、我は慎重に言葉を探す。


「えー……、その、なんというのだろうか……、結婚というのはさすがに…………」


「ビュシーでは不満ということなのですか?」


「いや、そういうわけでは…………」


 我が言葉を濁していると、フッとビュシーの瞳が真っ黒になった。


「まさか、ビュシーよりも大切な女がいるのですか?」


 得体のしれぬ危機感を覚えた。


「愛人がいるのですか? どうなのですか? その女の方が良いと言うのですか?」


「わ、我に特別な関係の女子などおらぬ!」


「本当ですか?」


「あぁ、本当だ」


 真顔で我の目をじーっと見つめた後、ビュシーは我の後ろを見やった。


「ええ、ベルシュート様の言う通りです。こんな魔王に女性の話……ましてや愛人などございません」とハバが答えた。


 ハバにまで確認を取るとは。おっかない……。


 誤解が解けたのか、ビュシーは目の色を戻した。


「ごめんなさい、ベルシュート様。ビュシーったらとんだ失礼をしてしまいました」


「気にすることはない。我も曖昧な態度を取ってすまぬ」


「いえ、そんな。悪いのはビュシーです」


「それから、結婚の話だが……」と我が口にすると、今度は静かに聞いてくれた。


「我はまだ若輩者の魔王であって、結婚のことまで考える余裕はないのだ。すまぬが、この話はもう少し先にしてもらえぬか?」


「……分かりました。ベルシュート様がそう仰るのなら」


 歴代魔王も婚姻を結んだのは二〇歳前後と聞く。一七である我には少し早い話なのだ。


「ただ、ビュシーももう一九ですから、近いうちに結婚相手を決めるよう父から言われております。なので、あまり焦らされると困りますからね」


 ぬぬぬ……、やはり結婚前提なのだな。


「ビュシーよ、そろそろクレアルーン領の報告を……」


「ベルシュート様、それよりももっとお話をしましょう?」


「しかし、来城している間にお主の領地のことを討議しなければならぬ。明日の朝、お主が城を出るまでに会談すべきことはたくさんあるのだぞ?」


 それに、できるだけ結婚の話から遠ざかりたいという願いもある。


「明日になって会談を終えていなければ魔王として示しがつかぬ。どうか理解してほしい」


「それなら問題ありませんよ」


 微笑みを浮かべ、なぜか余裕を持った態度を示された。


「ビュシーは明日、出ていきませんから」


「な、何を言っているのだ? 来城は一日だけで……」


「一日ではありません。一週間です」


「…………」


 思わず言葉を失った。


「あら、ベルシュート様ったら。言葉が出ないほど嬉しいのですか? うふふ、ビュシーも一週間もお傍に居られることができて幸せです!」


「……ビュシーよ」


「はい! ベルシュート様!」


 か細い声で名前を呼ぶと、活力に満ちた返事が返ってきた。


「そのことは、お主の父上は理解しておるのか? 勝手に決めたことではあらぬか?」


「その点に関してはご安心ください。一週間の来城期間は父の考案ですので」


 いや、安心できぬ。より断れぬではないか!


「あっ、そうでした。父からそのことについてお手紙を預かっているのでした。これをまずお見せするべきでしたね」


 ビュシーの従者が取り出した手紙をハバが受け取る。


「ハバよ、本当にそのようなことが書かれているのか?」


 もし断れそうなら一週間は難しいと判断してくれ、と目で合図するが……。


「ん……」ハバの顔が曇った。


「ベルシュート様。残念ですが……」


 そう耳打ちしたハバに見せられた手紙には、しっかりとビュシーの父上の字で一週間の来城を求める旨が記されていた。さらに、『一週間の来城をお認めできないとあらば、娘が勇者に遭遇した場合に備え、魔王城に仕えるクレアルーン領の者を全員ビュシーの護衛として帰りの旅路に同行させて頂きたい』と、事実上の引き戻しが示されていた。


 我が城の警護職の半数はクレアルーン領出身だ。半数もいなくなれば城の軍事力は大幅に低減する。城まで攻めてくるのは勇者だけではなく魔物もいるのだ。特にこの二年間は父上が亡くなって慌ただしく、討伐に手が回らず魔物が活発化していると聞く。


 それを鑑みると、この条件は呑むしかあらぬ……。


「なるほど。一週間の来城の件は了承した。手配しておく。だが、このようなことはできれば前もって伝えておいてほしい」


 でなければ準備ができぬのだ。心の準備が。


「ありがとうございます、ベルシュート様。初めての勇者襲来でベルシュート様も気付かないうちに心身ともに疲労していることがあるでしょうから、ビュシーが一週間みっちりと癒して差し上げますね!」


 まいったな……。ビュシーが一週間も城に……それも我の傍にいるなんて。常に婚約の圧に(さら)されるということだ。


 ハア……、これだから我はビュシーが苦手なのだ。



ご来城ありがとうございました。

またのお越しをお待ちしております。

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