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純喫茶ごーすてら  作者: のるんゆないる
最終章『彼女達は何を見たのか』
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#54 恩なんて、微塵もないけれど



 「……ふたりは大丈夫なのかな……」

 

 凪織と紫亜にシルヴィアの相手を任せ、祭壇の中央へと駆け抜けている中、なしろは時折、後ろを振り返る。

 シルヴィアの事は心配していない。茶々丸の全てを管理し、それでいて平然としている程のワーカホリックだ。犬と狐を相手にした程度で負けるような相手ではない。

 問題は。凪織達だ。ボコボコにされて、泣きべそ掻いていないかな、なんて思っている。


 (本当はそんな事を考えている余裕なんて無い。でも……)


 分かっている。現実から目を背けたいことくらい。

 間に合うかすら分からないから、自分が今、見ることの出来るものを見ていることだけだ。

 そもそも、自分のやっていることが正しいという確証すら無い。


 (それでも、聞かなきゃ)


 どうして、貴方なの、と。なんで、のるんが生贄に捧げられてるんだ、と。

 今、隣には盞華と鈴が居る。なしろの考えに同意し、こうして共に祭壇を駆け抜けている。

 少し前に別れた、凪織や紫亜も、自分たちを先に行かせるために、足止めを買って出てくれている。


 (目を逸らすわけには……行かない!!)


 足がもつれながらも、走り慣れていないよそ行きの格好で、汗だくになりながらも。

 この酷く暑いスティアを進んでいく。目的地は「星蝕の祭壇」の最奥部。

 きっと、そこにのるんが居る。一発殴ってやらなきゃ気が済まない。


 「……大丈夫ですか、姫宮嬢。相当息も荒いですし、少し休憩を挟みましょうか?」

 

 軽々しい足取りで並走している盞華が心配そうに、なしろの顔を見て、そう尋ねた。

 しかし、なしろは首を横に振り、自分ができる精一杯の笑顔を見せる。


 「ううん、大丈夫。今は休んでる場合じゃないから」

 「なしろさんがそう言うなら、急ぎましょう。それに、幸いなことに、少し休憩できるみたいですから」


 鈴がそう言った直後に、「上から敵襲!避けて!」と叫び声を上げる。

 見上げれば、何やら隕石のような球体が上から凄まじい音を立てて落ちてきている。

 乳酸が溜まった脚では、即座の反応が出来ず、なしろはただ見上げることしか、出来なかった。


 「危ないっ!」


 隕石のような何かが、降り注ごうとした刹那に盞華は、なしろを抱えて隕石の範囲から逃れる。

 相当余裕がなかったのか、受け身も取れずに地面へと身体を打ちつけていたが、「大丈夫ですか」となしろを心配し、優しい言葉を掛ける。

 コクコクと首を縦に振り、隕石のような球体が落ちた場所を見る。

 直径数メートル程度のクレーターが出来ており、中央部は未だに炎が上がっている。

 様子を窺っていた鈴が、不思議そうな表情で中心部付近を一瞥する。

 

 「祭壇内は保護されているので、こういったスティア特有の隕石は落ちないはずなのですが……」

 「それだけ、今は想定外の事情ということなのでしょう。姫宮嬢、立てますか?」


 盞華の伸ばした手を、なしろは掴み、弱々しい笑顔でありがとう、とお礼を述べる。

 

 「大丈夫、まだ走れるよ」


 きっと、二人には相当無理しているように見えたのだろう。

 探索者チームのマスター二人と、喫茶店の看板娘ではポテンシャルが違いすぎるのだ。

 まだ、走れる、と無理を押し通して、なしろは少しずつ歩みを進める。

 すると、少し離れた場所に人影が見える、と鈴から報告があった。

 野伏を主職業にしている彼女は、視力も聴力も人より優れているのだ。


 (この先に居る人……多分……) 


 なしろは嫌な予感がしながらも、その者がいる場所へと足を進めると、誰かが退屈そうに階段の一番下の段に座っていた。

 見覚えのある黒い帽子に、スラリとした体躯を全く行かせていない黒い作業着。

 女性の割に低めの声は、圧倒的に女性へのウケが良く、その声で、なしろ達に声を掛けてくる。


 「おや、此処まで来れたんだね。「御令嬢(マイ・ディア)」。そして、来たんだね「標的(ターゲット)」、「拳野郎(こぶしやろう)」」

 「…………貴方でしたか、不届き嬢」

 「うん……その先が、最奥部、なんだよね?」


 茶々丸が立ち塞がっているのは、仰々しく飾られた非常に先の長い階段だ。

 一番上が到底見えないほどに、高く聳え立っている。


 「御明察、僕は階段を登るのが嫌でね。ここでキミ達を待たせて貰っていたって訳さ。無駄に筋肉をつけちゃ、ファンの子が泣いちゃうからね」 

 「と、言う割には武器をポンポン叩いてるから、腕の筋肉は凄そ……」


 鈴の言葉に、茶々丸は瞬時に距離を詰めて、無言の圧力だけ掛けて元の場所へと戻る。


 「さて、キミ達は此処を通りたいんだろう?でも、それは出来ないんだ。今、大事な所だからね」

 「どうして……どうして茶々丸さんはのるんが死んでもいいと思ってるの……?」


 なしろの悲痛な訴えに、茶々丸は顔を少し横に向ける。

 どうやら、何も思う所がない、と言う訳でもなさそうだ。


 「別に、彼女に死んで欲しくてこうしている訳じゃない。人生というのは、選択の連続なんだ。今回は彼女の願いを支援するという選択をしたに過ぎない」

 「不届き嬢が、その選択に至った理由。拳で話し合いましょうか。良いですよね?姫宮嬢」


 茶々丸の言葉を遮るように、盞華はなしろの前に立つ。

 両手には愛用の「破拳ワルフラーン」を嵌め込み、臨戦態勢だ。

 盞華の姿を見た茶々丸は、口笛を吹き、曇らせた表情を一気に輝かせる。

 

 「悪くない提案だね。「御令嬢」、「標的」。行きたいなら、キミ達は先に行くと良い。ただ、後悔するから止めておけ。とだけ言っておこう」

 「そういう物は、見てから後悔するのが良いんじゃないですか。茶々丸さんはまだまだ分かってないですね。それでは、なしろさん。お言葉に甘えて先に行きましょうか」

 「う、うん……」


 鈴に手を引かれ、盞華に見守られながら、なしろは長い長い階段を登り始める。

 この先に、のるんが居るのは明確だ。黒い光が空に注ぎ込まれ、罅の数も圧倒的にこの周辺が多い。

 もう振り返らない、そう決めた矢先だった。階段の最下層から、二人の声がした。


 「「御令嬢」!!僕はキミの選択も尊重している。だが、今回は「子猫ちゃん」の選択に従ったんだ。だから……、全てが終わったとしても、キミはキミのままで居て欲しい」

 「姫宮嬢、此処は私に任せて下さい。姫宮殿の傍に居るべきなのは、貴方なのですから。帰ってきたら、また一緒にミックスジュースでも飲みましょう」

 

 なしろは二人の方を見ずに、階段を小走りで駆け抜ける。

 頬には涙が滴り落ち、走りながら涙を流したまま、のるんの元へと駆け抜けんと。

 


 ________________


 盞華はなしろの後ろ姿が見えなくなるまで見守ると、正面の茶々丸を視界に捉える。


 「さて……。貴方には色々聞かねばならないことがありますね」

 「おや?戦闘狂の「拳野郎」が言葉で語るのかい?さっきは拳で語り合うとか言っていたのに」


 茶々丸は盞華の言葉を聞いて、心底おかしそうに笑う。

 確かにそうだ。さっきの場では、安心して彼女達を送り出すために、そういう事を言ったが、本来であれば、無駄な殺生や殺傷は裂けたいのだ。

 ましては、相手は稀代の鍛冶師「茶々丸」。

 彼女を失うことは、素晴らしい武器達を作る技術も失われるということだ。


 (かつて同じ釜の飯を食った仲ですからね。拳を交えるつもりは元よりありませんよ)


 「まぁ、言葉の綾というやつです。聞きたいことは沢山ありますし、どうしてこのような状況になったのかも、概ねの検討は付いていますが、お聞かせ願えますか?」

 「簡単に言えば……、あの子が持て余していた力。キミも色々調べていただろう?」


 「持て余していた力」というと、恐らくは姫宮嬢の『Noise』と呼ばれる外神の事だろう。

 確かに色々な手段で調べていたが、どうして茶々丸がその事を知っているのかも気になる。


 「良くご存知で。それで?」

 「ある日を期に、どうやら、「子猫ちゃん」が「力」の代償を引き受けたらしいんだ」


 そういう事か、と。盞華の脳内で足りていなかったパーツがガチりと嵌まった音がした。

 数ヶ月くらい前から、のるんが夜の店の店主をしない日が増えていた。

 そういう日は、大体昼の間もしんどそうにはしていたが、気丈に振る舞っていたので、あまり深堀りして聞くこともしなかったのだが、「力」の代償で苦しんでいたのだろう。


 「その日以来、定期的にぼろぼろになっているのを見掛けていたけど。まさか、それが「御令嬢」の身代わりになっていたから……なんて流石の僕にも分からなかったさ」

 「……そうですね。確かに、具合の悪そうな日は何度かお見かけしましたし、その近辺で姫宮嬢がフルール嬢に癇癪を起こして「力」を発動させていたのも見ていました。……甘かったです」


 拳を固く握り締め、盞華は口を固く噤む。軋む音が響くほどに、奥歯を噛み締めている。

 もしかしたら、こうなる前に、姫宮殿を止められたかも知れない。

 物事を深く考えず、表面だけ見ていた結果だと、言われている気分だ。

 だが、後ろを振り返っても仕方ない。今は前だけを見るべき時だ。


 「そう、それである日。「子猫ちゃん」から相談があった。「斬っても相手の傷をすぐに癒やす武器が欲しい」ってね。それだけ聞いた時は、頭がオカシイんじゃないかって疑ったよ」

 「あはは……確かに。でも、それを叶えてしまったんですね」


 茶々丸は、「うむ。僕は天才だからね」と誇らしげに胸を張ってそう返した。

 姫宮殿が持っていたあの白銀の刀、あれこそが、何度斬ろうと傷が再生する武器だった。

 彼女になんでそんな物を?と聞いても、結局の所はまともな回答を貰えることはなかった。


 「でも、なんで姫宮殿はそんなものを欲しがったんでしょう?」

 「「外神」を封印する為さ。厳密にはこの世界から追い出す……みたいな感じらしいけどね」


 茶々丸の言葉と、白銀の刀の必要性が今ひとつ噛み合わない。

 もう少し深堀りする必要がありそうだ。茶々丸の言葉に合わせて、再度疑問をぶつける。


 「其の為に、白銀の刀が必要だったんですか?」

 「うむ。このご時世、斬り殺して良い者など、そう多くはないからね。最少人数の犠牲で抑える為。だと言っていたよ」


 死が必要だったのか、血が必要だったのかは分からないが、彼女なりに考えての行動だったらしい。

 それだけ知れれば、もう良いだろう。後は最後に気になったことを一つ聞けば良い。

 神妙そうな表情で茶々丸を見たせいか、茶々丸もそれに呼応して、表情が真剣そのものだ。

 

 「じゃあ最後に一つ、お聞きしても?」

 「勿論、構わないよ」


 「どうして、私の渾名だけ格好良くないんですか!皆「御令嬢(マイ・ディア)」だの、「子猫ちゃん(リトル・キャット)」だの「標的(ターゲット)」、「番犬(オルトロス)」って格好良いのに、どうして私だけ「拳野郎」なんですか!おかしくないですか!?」

 

 あまりに必死な盞華の訴えに、茶々丸はつい吹き出してしまう。

 真剣な表情で聞いておいてそれかよ、とでも言わんばかりの反応に、盞華は不満を覚える。

 

 「何笑ってるんですか!コレは死活問題ですよ!?ダサすぎませんか!?」

 「いやはや失敬。元々、「拳野郎」の事は、「傾奇者(クラウン)」って呼んでいたんだがね?実はオタクの白い「拳野郎」から、「我々、ナックルフォーは全て「拳野郎」であり、他にあらず!」と言われてしまってね……。仕方なく「拳野郎」で統一しているのさ」


 茶々丸の言葉が理解できずに、少しの間、フリーズしていた。

 要約するとどういうことだろうか。白い「拳野郎」、これは恐らくは白だろう。

 つまりは、元々はいい感じの物だったのを、こちら側の要望で非常にダサくした……ということになる。


 「おのれしろぉぉぉぉぉっぉお!!!」


 この叫び声は、離れた場所で気絶していた紫亜の夢の中にまで鳴り響いていたと、後の盞華は知った。


 

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