22話 8月31、ラストシーン
8月31日の駅のホームに着いた先生はすぐに夕梨花さんを探し始めました。そして走り出します。
先生が走る先には虚な表情の夕梨花さんがぼうっと佇んでいました。私には彼女が何を考えているのか、分かる気がしたのです。それはきっと先生、葛城誠を生の終わりの瞬間まで、待っている。そんな極僅かな可能性を望んだ瞳でした。向こうから、電車がやって来ます。彼女は目を瞑り、身を投げました。時間がゆっくりになった様に、夕梨花さんはゆっくりと、まるで落ち葉の様に落ちていき、そしてーー。
先生は夕梨花さんを抱きしめる様に掴み、駅のホームへ引っ張ったのです。
夕梨花さんは抱きしめられたまま、その場に座り込み、途方に暮れた表情で駆け抜ける電車を見ています。
「せんせい。なんで? ……どうしてここにいるの?]
「……許して欲しい。 僕は君を何も分かっていなくて、君を救えなかった。」
「……せんせい? 何を言って――」
「僕は、本当は40歳になってしまって、君のいない現実から逃げて来たんだよ。僕はせんせい失格だ」
夕梨花さんは瞳に涙を浮かべて、泣く様に笑いました。
「そんな事、ない。私にとって誠君は、今も昔もきっと。未来もわたしの先生だよ」
「友梨花……」先生は友梨佳さんを強く抱きしめました。私は想像します。きっと先生は本当の少年だった頃でも、同じ抱き方をするのではと。
私の目の前に黒い羽が舞いました。私のより、綺麗で瑠璃色が掛かった羽。
「――いちごちゃん、おめでとう。君は僕に賭けで勝った」
私はとても嬉しい気分になります。貴方はやっぱり、優しい王様なのですね。
「ルシルさん!」
目の前に現れたルシルさんは二人を見て、頬笑みました。
「清水友梨香は既に死んでいる。この景色は20年前の幻だ。……それでも。それでも俺はこの景色が好きだよ。彼女は夢の世界でで確かに生きているんだ。......いちごちゃん。よく頑張ったね」そう言って彼は細く白い手で私の頭を撫でました。
「賭けに勝ったのなら、ご褒美をくれませんか?」
「うん。クジャクが店を貸し切ってくれるそうだ。有り難く店を空っぽにしてやろうじゃないか」
ルシルさんはニヤリと笑みを浮かべます。
いつも通り、意地悪な表情です。
「では誠さん、この夢は終幕としましょう。貴方は明日も生きていて。満員電車に揺られ教師として学校にいかなければ行けませんね」
「......それは大変だなぁ」
「では、このまま夢を見続けますか?」
「......それも、大変な事だ。」
「そう、人間は眠りから覚める生き物。誰にでも平等に朝は訪れます。私達夢魔は、貴方の明日が良き1日となることを祈っていますよ」
「そろそろいかなくちゃ」
誠先生は夕梨花さんをまっすぐ見つめ、言いました。
「せんせいは本当に未来からきたの?」
「本当だよ。僕は向こうでは小皺が出来たおじさんで、教師をやってるんだ」
友梨花さんは自分の事の様にはにかみました。
「そっかぁ。本当にせんせいになるなんて、凄い」
「僕は全然凄くなんかないよ。だけど、これから凄い先生になるよ。友梨花が好きなドラマみたいな」
先生は彼女に口づけをし、笑いました。
「君には、生きていて欲しい。僕も、なんとか生きるから」
「ーーうん。またね、未来のせんせい」
ルシルさんは二人を見届けた様にパチンと指を鳴らし、黒い翼を広げました。
夕梨花さん、お元気で。
心の中で呟きます。
こうして私達は、思い出に包まれた世界から目覚めるのです。




