20話 白馬の王子様
「誠ー朝食出来たわよ」
母の声が聞こえ、僕はベッドから起き上がる。昨日は一睡も出来なかった。
いや、ここは夢の中だから、眠らなくても良いはずなのだが、身体がやけに怠い。
二階の自室から降りると、僕が知るよりずっと若い母と父がいた。実家には何年も帰っていない。清水夕梨花が死んでから、この街は酷く恐ろしく思えたから。
今の僕と同い年の両親を見ると、なんだか泣いてしまいそうで、僕は俯きながら朝ご飯が並べられた食卓に座る。
「昨日帰り遅かったけど、どこに行ってたの?」
母は不満げに僕に言う。
「……友達のとこだよ」
「せっかく夕ご飯作ってるんだから、連絡くらいしなさいよね」
「そうだぞ誠。……まぁ、遊びたい気持ちも分かるがな」
「お父さん、誠を甘やかさないで」
母に咎められ、父は笑う。
「ははは。いいじゃないか、誠は勉強を頑張ってるんだから、少しくらいハメを外しても」
僕は、父と母に愛されていたのだと、今ようやく気付いた気がする。母が作った朝食は、いつも食べてるコンビニ弁当より美味しかった。
「……ごめんなさい、ありがとう。ごちそうさま」
僕は涙を堪えそう言い残し、制服に着替え家を出る。最後の晩餐には、申し分なかった。
現実の世界で実家にいる両親に、先に旅立つことを謝れないのは、心残りだ。僕は幻である夏の青空を見上げ、思った。
待ち合わせ場所に着くと、そこにはルシルの姿はなく、代わりに友梨佳似の少女、いちごが待っていた。
僕は笑った。
「君が見送りなんて、嬉しいな。……色々、世話になったね」
いちごは何も言わず、歩み寄り、そして――僕の頬に触れた。
真っ白な肌に良く似合う、少し冷たい温度だった。
「先生、今まで凄く辛かったのでしょうね」
「うん……疲れたよ。時間をさかのぼっても結局、僕は彼女の何者にもなれなかった。もう、沢山だ」
「それは違うと思います。」いちごは優しい声色で言った。
「私、この国に来てから沢山の少女漫画を読んだんです。私は普通の女の子になりたいんです。」
少女漫画、何の話しだろう? 彼女の言葉に、僕は戸惑う。
「少女漫画ではいつも、女の子がピンチな時に白馬に乗った王子様が助けに来てくれるんです。」
いちごは頬笑む。瞬間、友梨佳と彼女が重なって見えた。驚きで、自分の瞳孔が開くのを感じる。
「この夢の世界で、先生は白馬の王子様では無いのでしょうか?」
「僕が……王子?」
彼女の言葉で、難しい数式に閃きが起きたときの様に、何かが解った気がする。
――誠君は、先生よりずうっとせんせいだね。
先生。
彼女が言ったその言葉は、決して只の役職の名前では無かったんじゃないだろうか?
昔流行ったドラマ。友梨佳が好きだった熱血で、どんな時でも身を挺して教え子を守る。そんな人物なのでは無いのだろうか。
彼女はずっと、そんな【せんせい】を待っていたんじゃないのだろうか?
「僕は……僕は、友梨佳の先生だった……?」
どうして、こんな簡単な事に気がつかなかったんだろう。膝の力が抜け、僕は崩れ落ちる。視界は、涙で歪む。地面に震える拳を叩き付け僕は叫んだ。
「僕が! 僕が清水友梨香のたった一人の先生だったんだ!」
いちごはそんな僕をそっと抱きしめた。
「夢は、只の夢です。過去に戻った訳では無いので、友梨佳さんは生き返りません。先生は既に大人になっていて、先生と同じ大人に食べられてしまった事も変わらない事実です。ですが、それでも」
少女は目を閉じ、願うように語る。
「友梨佳さんはこの夢の中で、貴方が助けに来るのを待ってるはずです」




