13話 悪夢
「どう、して……?」
分からない。先程僕を包んでくれた彼女が、どうして僕を否定するのかが。
夕梨花は微笑む。しかしそれは優しく突き放す表情だった。
「私は、せんせいの事は好き。さっきも凄く嬉しかった」
「ならなんで!」
「私ね、せんせいが思ってる様な女の子じゃないんだ」
夕梨花は微笑んだまま答える。僕は彼女の言葉を否定する様に立ち上がった。
「そんな事ない! 夕梨花は明るくいつも笑ってて、優しくて、まっすぐな――」
夕梨花は目を瞑る。大きく輝いていた瞳が瞼に呑まれていった。
「私、汚れてるんだ」
「……えっ?」汚れてる?
「どこが? 何が……? いや待て、そんな、そんなはず無い! 夕梨花は……絶対違う!」
「さすがせんせい、察しいいね」
夕梨花はポツリと呟く。
脳裏には、最悪の言葉が。くっきりと浮かび上がる。
20年前。当時の流行語大賞をとった言葉がある。
テレビでは評論家が苦い顔でインターネットの普及によりこれからも増え続けるだろうと語り、先程友達は憧れの女の子に、幾ら払えば出来るのかななんて、下品な冗談を言っていた。
教師になってからも何度か聞いた忌まわしい言葉。
その言葉は、援助交際という。
「なんで君がそんな事をしたんだ!お金の為なら、なんでも出来るのか!? 君ほどの人が、なんて馬鹿な事を!」
僕は叫んだ。あんなに楽しかった夢が、今は悪夢の様に思えてならなかった。
「理由はせんせいも知ってるはずだよ。私が馬鹿だから」
静かに答えた彼女の口調は、やけに大人びていて、僕はゾッと、冷たい恐怖を覚えた。
「私本当に馬鹿なんだ。馬鹿だから親には見向きもされないし、学校にも行きたくない。友達だって、いつ嫌われるかわかんない関係。私には何も無いんだ。だから……必要とされたかったの」
夕梨花の目から涙が零れるのが見えた。
やめてくれ! 僕はそんな顔を見るために、20年前にやって来たんじゃない。
「でもせんせいに会ってから私、自分がもっと分からなくなって。せんせいに勉強を教えて貰ってる私。いけない事をしている私。もう全部分からなくなって……すごく苦しいよ」
そう言いながら彼女は頭を掻きむしる。僕の知っている女の子は、もう目の前にはいなかった。
夕梨花は僕の目を見つめ、言った。
「ねぇ……どうしてせんせいは、あの時私に優しくなんてしたの?」
僕は彼女の問いに答える事が出来ずに彼女から目を背け、部屋から逃げ出した。怖い、と思った。 玄関を飛び出し無我夢中で走った。
走る、走り続ける。
どうして現在でも辛いのに、過去でもこんなに苦しいんだ。
息が切れ、僕はガードレールにもたれ込む。分からない事が多すぎておかしくなりそうだった。
「おや、どうされました? 顔が真っ青ですよ」
僕は驚いて振り向く。ルシル・メア・グットナイト。
そう名乗った男が立っていた。
彼の笑顔は、街灯に照らされ、顔の半分が影で見えなかった。




