アイテム破壊
凛と泪の二人と出会ってから数日。健司は今日もアイテムを破壊する能力を持った魔物を探して転移を繰り返していた。常人の数倍以上の魔力を持つ健司だったが、そんな彼でもこの転移魔法を使うには相当な量の魔力を消費する。それゆえに日に数ヵ所しか回ることのできない彼であったが、それ以外の時間を無駄に浪費している訳ではなかった。
資金獲得のために加入した冒険者ギルド。当初の目的は狩った魔物の素材を買い取ってもらうことだけが目的であったがここ数日別のことにも目を向けるようになっていた。その別のことと言うのが、情報だ。
先日の桜歌と凛を助けたそれぞれの件は本当に運が良かった、襲われたこと事態は間違って運がいいとは言えないが、そこに居合わせることができたことは間違いなく幸運だった。
しかし幸運であったと言っても健司が介入して防げたことは、世界中で起きている同じような事件のほんの一握り、一摘まみでしかない。何時何処で何が起きているのかが分からない以上、その場に駆けつけることができるかどうかは完全に運任せだ。彼がこの世界に召喚されてから今日までの間にどれだけそういった事件があったのだろうか?
奴隷になった人達を助けることはできてもその場で殺された人を助ける術はない。
だが、それらの情報を、断片的であったとして知ることができたらどうであったのだろうか?それでも全体の量からしてみれば僅かかもしれないが、きっと助けることができる人の数が増えることだろう。
それゆえに健司は目当ての魔物を探す傍ら、ギルドに赴き依頼や職員から話を聞いてそう言ったことに繋がる情報を集めていた。
と言っても一人で集められる情報などたかが知れている。拠点に戻ったら同じように情報を集めるために、何人か各地送り出して冒険者ギルドに登録させて情報を集めてもらおうと健司は考えていた。
「さて、今度こそ当たりを引けるといいんだけどな」
呟きながら転移した先は拠点の周辺を思わせる森の中だった。その場所が拠点周辺の森とは違うと判断できるのは、森全体を覆う魔物の孕む邪の気配があったからだ。
今日まで倒した魔物はどれだけの数に上っただろうか。スライムを筆頭に食事にために鉱物を食すための能力を持った魔物たち。それは相手の武具を溶かし、また噛み砕き食らうための生態としてのアイテム破壊の能力を持った魔物達。血液やガスなどの分泌物がアイテムを溶かし腐敗させるなど体質故のアイテム破壊能力。人型であったり技術や魔法でのアイテム破壊能力等々その種類は様々だったが、それでも健司の求める能力を持ったものはこれまで一体たりとも見つかっていない。
それでもきっといるはず、見つかるはずと挑んだ転移魔法で、今日その場所に辿り着いた。
キィィン、と空気の震える音が響き、健司の手にしていた何代目か分からぬ長剣に罅が入る。
「お?」
剣に罅が入る振動が手に伝わりそれに従って剣の刀身を見やれば、鳴り響く音に共鳴するかのように罅が広がってゆき、そして……………………。
「おいおい、これは」
砕け散った。
剣が柄に至るまで粉々に破壊されると同時に鳴り響いていた音が止まる。手の中に残っていた長剣の欠片を放り捨て周囲を見回すと、そこには醜悪な姿型をした魔物の姿があった。
それは元々は高かった鼻から顔面を潰したような皺まみれで歪な顔に疣まみれの尖った耳を頭上に一対生やした魔物だった。剥き出した歯薄汚く汚れ、笑っているのか三日月状に口を歪め、獲物をなぶる嗜虐心をドス黒い炎のような光を両の瞳に灯している。背丈は幼い子供ほどだが鉤爪を生やした三本指の手から肩口まで鱗とも瘡蓋とも見える何かに覆われ、人の大人のものより長い腕の内側は腰元まである被膜状の翼が生えており、それが実際の大きさよりもより大きく見せている。腹部を除く全身を瘡蓋のような何かに覆われ、覆われていない腹部もまた固そうな剛毛に覆われている。唯一そのどちらもないのは胯間部に生えた男の象徴ぐらいだろう。まるで馬のそれのような大きさのそれを見せられて健司は嫌そうに顔をしかめる。
「……………………見た目はともかくとして、ようやく目当てのもの辿り着けたみたいだな。生態としてでも体質としてでも……………………」
足元に散らばる先程までは長剣だった残骸。これがこのような姿になったとき、周囲で魔力の動き感知することはなかった。
「魔法としてのアイテム破壊でもない……………………」
しかめていた表情を獰猛な笑みへと変えながら、手を絡めてポキリポキリと指を鳴らす。
「特殊効果としてにアイテム破壊!」
現在の目的である奴隷の首輪の排除。奴隷の首輪を破壊するだけの方法はいくつか存在する。一つはただ物理的に強い衝撃を与えてやるだけだが、首輪というだけに填められているのは首もとであり、ひとつ間違えれば首が物理的に飛んでいくような、いやそもそもそれなりに硬度のあるものを破壊しようというのだ、そんな衝撃を首輪越しとはいえ首に受ければ鍛えていても首の骨が折れてしまうだろう。
二つ目に魔術だが、これもまた難しい。魔術の中には『解錠』や『解除』といった類いの術も存在するが、この奴隷の首輪はその手の術に対する抵抗が強くまず効かない。それ以外の系統の術で破壊しようにも首元に嵌められた首輪は小さく術の精度を求められ、硬度もあるため術の威力も高くなる。少しでも手元が狂えば一つ目の方法と同じで首から上がなくなりかねず、一体誰が好き好んでそんな方法をとるというのか。
そして三つ目は特殊な効果等によるその他の方法での破壊だ。これには首輪そのものを腐食させたり溶かしたりといった方法が含まれるが、今上げた二種類の方法はやり方いかんで首輪を填められた方にも当然被害が出る可能性がある。
こういった中で健司が取ろうとしている方法は三つ目に属する方法だ。特殊な効果による破壊。そして彼が探し求めていたのが純粋に『アイテムを破壊する』という効果をもつ特殊な能力だった。
「は、あるとは思ってたんだよ。スライムとかさ、今回色々な魔物と戦ったけど結構地球で、正確には創作物の中でだけど見怯えのある奴がいたからさ。
けどなんだ、昔やったゲームに出てきたのにそっくりだな。つまりお前は、お前らは……………………、グレムリンってところか」
周囲を囲む醜悪な魔物、グレムリンを前にして嬉しそうに舌なめずりをする健司。獰猛な笑みと相まってまるで悪役のようである。けして拠点にいる人達に見せられる姿ではないだろう。
「お前らには悪いが、俺のために死んでくれ」
周囲を囲んで薄ら暗い笑いを浮かべるグレムリンの中から一頭が、その鋭い爪を振りかざして飛び出してくる。手にしていた長剣を破壊され、防具らしい防具を装備していない彼たいした脅威を感じていないが故だろう。
だが……………………。
自身に向けて振り下ろされた一撃を半身になりながら半歩斜め前に出ることで避けた健司手が、無手のまままるで刀を手にしているかのように振りかぶられ、その手刀を正しく刀を振るう動きでグレムリンの首筋へと打ち下ろされた。
「本当に悪いが、俺は無手でも強いぞ」
一撃で首の骨を砕かれて即死するグレムリン。首を真上から打ち付けられたことで地面に叩きつけられたグレムリンはすでにピクリとも動けなくなっていた。
「て格好つけてる場合じゃなかった!」
が健司慌てたようすで殺したグレムリンの頭上を腕で薙ぐと、左手にまるで何かを掴んでいるかのようにしてため息をついた。
「危ない危ない、殺しても逃げられちまったら意味がないだろ」
何もない左手の中へと視線を落として安堵の息をつく。傍目から見れば意味の分からない行動だが、視る者が視れば分かったであろう。彼の左手の中に何があるのかに。
「ギギギギギィィィィィィィ!」
「ガガギ、ギガガガァァァァァッ!」
仲間が殺されたのを見てグレムリン達が騒ぎだす。左手に掴んだものから周囲を再び見回して、右肩を解すように回すとコキリコキリと音が響く。
「いいぜ、来いよ。お前ら全員分濃縮すればそれだけの能力も強化されるだろ。
俺は強いからな、左手が使えないのはちょうどいいハンデだろ?」
挑発するような言葉に笑みを向けられてグレムリン達から怒気が溢れだす。そして健司が誘うように手招きをしてやることで、その怒りが爆発してグレムリン達は一斉に襲いかかった。
「そうだ、そうこなくちゃなぁ!」
襲い来るグレムリン対して健司は待ち構えるという選択は取らなかった。彼がとったの迎え撃つ、自ら前に出て迎撃するという選択だった。
地を蹴り接近したグレムリンに跳んだ勢いのまま飛び蹴りを放つ。それは相手に何が起こったのかわ理解させるよりも早くその頭部を粉砕して見せた。
着地と同時に屈み込み、倒したグレムリンのすぐ背後にいた敵を躱す。頭上を通過しようとする敵を見ること無く魔法を発動。使用したのは鎌鼬を巻き起こす魔法だ。発生する数を一つに絞り込み鋭さに特化された風の刃はグレムリンの身体を頭の先から真っ二つに切り落として見せる。
「まず二つゲットだ」
倒した二体から何かを奪った健司を、またあの甲高い音が襲い服が弾け飛ぶ。
「ちょっと待てぇっ、誰特な展開だいったい!?」
元々こういう事態を想定していたために着ていたのはシャツ一枚であり、戦いにはいっさい影響は無いのだがさしもの彼にも川や海でもあるまいし野外で裸体をさらす露出趣味はない。音の発生源を睨み付けて効果を発動させた固体当たりをつけると、即座に氷の矢を放って始末する。
「あぁくそ、本当に桜歌達を連れてこなくて良かった。いや、桜歌の恥ずかしがる姿とか超見てみたいけどさ」
本人がここにいれば鉄扇制裁確実なことをぼやきながら次の敵の首をへし折り、一つ、また一つと目的のモノを手に入れる健司。
殴り、蹴り、突き、燃やし、切り裂き、貫いて数えるのもバカらしくなるほどのグレムリンを倒していく。
「いや、全員倒す的なことを言ったのは確かに俺だけどさ、普通こんだけ仲間が殺されたら逃げ出さないか?何で向かってくるんだよ」
頭上から同時に襲いかかってきたグレムリン達を放射状に放った雷撃で迎撃し、未だに戦意の衰えないグレムリン達に眉を潜める。
「ちっ、そこのところがどうなってるのかは分からないけど、今考えるべきことではないか」
迎撃したグレムリンから目的のモノを回収するまもなく次が足下から攻撃を仕掛けてくることに舌打ちして踏み潰す。
「切りがないな。
周囲に味方はいないし、あれを試してみるか」
この世界において魔術とは魔法のことを指すが、逆に魔法とはけして魔術のことだけを指す言葉ではない。魔法とは魔力を用いて火や氷を作り出したり精神への作用、魔力そのもの操作して結界を張るなど様々な長状現象を生み出す行為全般を指す。
しかしこの魔法は行使するには相当な才能を必要とするため、元よりその担い手は非常に少なかった。その才能という狭き門に選ばれなかった人たちが、同等の力を行使するために作り出されたのが魔術である。
魔法が担い手個々の感覚により行使されているのに対して、魔術とは行使される現象一つ一つを系統別に分け理論付けして専用の術式を用いることで行使される力である。系統も火や氷、風、雷、土など自然物から精神や魂に関係するものと事細かに分けられており、それ故にその研究研鑽も系統ごとに行われ、魔術が広まった当初は術式の構築の荒さなどから魔法よりも遥かに見劣りしていたが、今では魔法ほどの才能も必要がなく、術式さえ覚えられれば誰でも同等結果を成せることから多くの魔術師が存在し、その数は当然魔法使いよりも遥かに多い。過去にあった優劣も今ではそれぞれ一長一短といった関係にまでなっている。
だが、過去に系統分けされてそれぞれ研究研鑽を続けられてきたことで深化した結果、それ以外の、既存の系統外の可能性というものを探したり、別視点から視るということができるものがいなくなって、いやいたとしてもそれは少数となり、それができない大多数により黙殺され、魔法の担い手ですらも魔術における系統分けされた属性という概念から抜け出せなくなってしまっていた。
健司がこの世界に来る前、地球から召喚された直後、彼は地球でもここ世界でもない特殊な場所にいた。そこでは様々な理由で訪れた者達に"力"を得る機会を与える場所だった。ある者は身体を鍛え通常ではあり得ない身体能力を会得し、ある者は魂を研鑽し異能を身に付けた。健司もこの場所で自らを鍛えその身体能力等様々な力を得てきたのだ。
そしてその中の一つに当然魔導に関するものも存在する。それは魔法の元たる莫大なる魔力や召喚先であるこの世界における魔導の知識だ。
健司が今使おうとしているモノ、それは地球にて発展した化学の知識とこの世界の魔導の知識を融合させた新たなる魔法。
「さぁ、全力でいくぜ『絶対零度領域』」
振り上げた右手に集められた魔力を地面に叩きつけるようにして周囲に拡散させていく。波紋のごとく広がった魔力は健司に定められた魔法としての能力を発揮して、魔力に覆われた領域の気温を急激に低下させていく。それは瞬く間に絶対零度にまで達せられたのだ。
「属性で区分使用とするなら、『熱学属性』といったところか」
絶対零度の空間に放り込まれて一瞬で凍り漬けとなったグレムリン達を見回し、魔法の成功を確信した健司は楽しそうにそう表した。
同じように標的を凍りつかせるならば氷属性の魔法があるが、氷属性の魔法はすべからく魔力で産み出した氷を放ち、それを当てることでようやく標的を凍らせること可能となる。氷を放つこと無く、周囲の気温を一気に下げることで対象を凍らせるこの魔法は間違いなく既存の氷属性には含まれない、この世界の理解の外にある魔法であるだろう。
凍り付いたグレムリン達の身体からピシピシと罅の入る音が響く。それは最初はゆっくりと、しかし確実に速くなっていき周囲から発するその音達が大合唱となり、一斉に砕け散った。彼を囲んでいたグレムリン達も、魔法の効果範囲に入っていた植物達も。
「あちゃ、やっぱり巻き込んじまったか。敵味方の識別、できそうにないな。味方のいる場所では絶対に使えないな」
森の一部が、半径にして五百メートルほどの範囲に綿って一瞬で消失した。後に残ったのは地面に転がる無数の氷達。目的のモノが右手に集められていくのを感じながら、その結果に苦笑した健司は収集が終わるのを待って転移魔法を発動した。転移先は勿論拠点だった。
拠点の小屋の前に描かれた魔方陣上で魔力が動く。彼方と此方を繋がんと魔力が動く度に光が生まれ少しずつ強くなってゆく。
そしてその光が弾けると同時にそこには左手にナニかを持ち、上半身になにも身に付けていない健司の姿があった。
「ふぅ、久しぶりに帰ってこれたな」
拠点へと帰還した健司はそこから見える景色に驚きを含んだ笑みを浮かべた。出発する前は屋根と衝立しか無いあばら屋も同然の建物しかなかった拠点には、まだ完成はしていないが屋根も壁も確りとした幾つかの大きな建物が存在していたからだ。
これは健司が出発前に指示したもので、建物の中には2、3人で使用する部屋が幾つか存在しており、出来上がれば女性人から優先して今の寝床から順次入居してゆくことになっている。といってもこの建物もまだまだ間に合わせものでしかない。本当なら一人または一家族ごとに一軒ずつ用意してやりたいところであるが、まだ拠点の周囲の状況やこの森が大陸のどこの位置にあり、ここが発見された場合などにどの方角から軍の襲撃を受けるかも定かではない。当分はこれで我慢してもらって周囲の状況確認に勤めるべきだろう。
そして然る後にこの場所に、またはもっと村や街を作るのにいい場所があればその場所に移って本格的な国作りをしていこうと健司は考えていた。
「お帰りなさいませ、健司様」
この場所から確認できる拠点の様子に満足感を覚えていた健司に背後から声をかけてきたには、小屋の中からそそくさと出てきたアリアーネだった。かけられた声に振り替えると、作りが簡単だからと長衣に帯(どちらも薄手の麻製)といった和装を身にまとった彼女が少々頬を上気させながら近づいてくるところだった。
胸元が些か着崩れていることにはあえて目を向けないことにした健司は、アリアーネにただいまと返そうとして背後からすごい勢いで近付いてくる気配に気づいて急いで振り返った。
「桜姫っ」
気配の正体が桜姫であることを確認して微笑するのも束の間、駆け寄りながらも減速する気配の全くない彼女にその笑みがひきつりこの後に起こるだろう事態を想像し、それを回避しようにももう間に合わないことにも気づいて乾いた笑みを浮かべ……………………る間も無かった。
「健司様っ!?」
アリアーネの悲鳴を聞きながら鳩尾に走った激痛に肺の中の空気を一息に吐き出さされ、少し見ぬ間に力が強くなっていたらしい桜姫のタックルの勢いを止めることもできずに、健司は小屋へと向けて吹き飛ばされてゆく。後頭部が小屋の壁へと激突し、その壁を突き破り床に再び後頭部を打ち付けた彼は痛みのあまりに声も出せずに後頭部を押さえて悶絶するのだった。




