仙人
・kenji
なんかすっごくなつかれた。
クエンタの街で俺が助けたあの少女は名前を凛と言い、やはり妖狐族だった。そして妖狐族と言うのは大陸の南方、桜歌にとっては行ったことのない故郷に住まう種族だった。なんでも故郷で両親を亡くしたった一人に親戚と共にここまで旅して来たのだと言う。
その凛は現在俺の膝の上で新しく買って上げた焼菓子を頬張っている。助けた直後は今にも泣き出しそうで宥めるのに本当に苦労した。どれだけ宥めようとしてもうまくいかず、結局新しいお菓子を買って上げると言ってようやく落ち着いたのだ。あの連中に捕まりそうになったときは怖さで泣き出しそうだったのが、助けられたら今度は失ったお菓子に悲しんでいたらしい。
「はむ、はむ、んくっ、ん~、はむ……………………」
頬一杯に食べ物を食べる姿はまるでリスかハムスターだな。妖"狐"族って言うぐらいだし狐のはずなんだけどな。耳も尻尾も狐のそれだし。
とりあえず食べ終えたらこの娘の保護者を探さないとだな。今ごろ心配しているだろうし。
「……………………んく、んく、んく、んくっ」
最後の一口を飲み込んだ凛が一緒に買ったフルーツジュースを一気に飲み干していく。顔を上に上げて飲むものだからピョコンと飛び出た銀色の狐耳が、シャツ越しに俺の胸板を擽って少々こそばゆい。
「ごちそうさまでした。お兄ちゃん、美味しかった」
「どういたしまして」
膝の上から顔を上げて見上げてくる凛だが、その表情は太陽のように眩しかった。うん、こういう娘が拠点に来てくれれば桜姫も寂しさを感じることもないんだろうけどなぁ。
この前助けた子達、一番近くても10は年が離れてるし……………………。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
急に思案顔になった俺に凛が不思議そうに首を傾げるが俺は苦笑してそれをごまかし、凛の脇に手を入れて持ち上げ地面に立たせる。
「それじゃ、凛の保護者を探さないとだな」
「ん、うん!」
もう一度首をかしげながらも元気よく返事をくれる凛の頭を撫でて俺も立ち上がる。時間はたっぷりあったはずだが、保護者探しで時間を食うと武器屋に脚を運ぶ時間がなくなるかもしれない。
「さて、凛の保護者の人はどんな人なのかな?」
「ん~るい?
んと、やさしいの。ちょっときびしいところもあるけど、たくさんのことを教えてくれて強くって、とってもとーってもやさしいの」
聞き方が悪かった。凛から見た人となりを聞きたかったんじゃなくて背格好を聞きたかったんだよ。というか保護者さん『るい』さんって言うのか。
「あぁうん、そうじゃなくてどんな格好をしているかどうかを聞きたいんだけど……………………」
「凛、まちがっちゃった?」
俺が聞き直すと瞬く間に凛の表情が悲しげなものに変わってゆく。
「あぁぁぁぁぁ、ごめん俺の聞き方が悪かっただけだから、凛は悪くないから!」
「本当?」
慌てて謝ると凛は不安そうに俺の表情を伺うように見上げてくるので苦笑してやる。そうすると凛の表情は気持ち良さそうなものへと変わり、頭上に飛び出た二つのピコピコと可愛らしく動く。
「教えて欲しいのはそのるいって人がどんな格好をしているかだ」
妖狐族である凛の親戚なのだから狐耳に尻尾が生えているだろうことは想像つくが、亜人は街中を出歩くときには余計なトラブルを避けるために耳や尻尾など隠そうと思えば隠せるものは極力隠す。現状そのるいって人にとっては保護している娘が行方不明状態だ。普段は耳や尻尾を晒していたとしても凛を探している間は隠している可能性が高い。そうなると当然耳や尻尾を目印にすることなどできないわけで、凛から彼女の服装を聞いてそれを目印に探す必要が出てくるというわけだ。
「んっとね、凛の服ね。るいとお揃いなの。昔着てたのをくれたの」
袖口を指でつまんで、自慢するように両手を広げてクルリと回る凛。その服装は俺の記憶が確かなら所謂『道服』という奴ではないだろうか。袖口が大きく開きズボンも大分余裕のある作りになっていて、さらに特徴的なのが上衣の裾が非常に長く足下まであり横に腰元までのスリットがあることだろう。そしてその上衣は下の服の袖や裾と真逆に身体の線がピッチリと浮き出る形になっている。そう、まるで元の世界のチャイナドレスのように。……………………道服とチャイナドレスが合体した感じか、これは?
「そうか、分かった。それじゃそのるいさんを探しに行こう。向こうもきっと凛のことを探してるはずだからすぐに見つかるさ」
そう言って立ち上がりながら差し出した手を、凛は一瞬ポカンと見上げるがすぐに嬉しそうに頷いて手をとった。
凛の保護者と同じようにはぐれるなんてことの無いように手を繋いだ俺達は、多くの人たちの行き交う大通りを歩き始めた。
るいさんなる凛の保護者を探し歩くこと15分ほどが過ぎただろうか?凛からどこら辺までは彼女と共にいたのか、どこら辺ではぐれたのかを聞きながら大通りを歩ききり街の入り口にたどり着いていた。
ここに至るまでに当然るいさんは見つかっていない。大通りにいないとなると脇に入って細かな道を探す必要が出てくる。そうなると道が細かで数もあるためすれ違う可能性が非常に高くなってしまう。
「さてどうしたものか。脇道に入るか、このまま大通りを往復するか」
少し考えて凛の様子を伺うと、彼女は繋いだ手を嬉しそうに降りながら好奇心に満ちた目を周囲のお店や人達に向けており、これが原因ではぐれたのだろうことを用意に想像させた。
「そうだな、もう少し大通りを探すか。今度は凛と同じ服装の人を見かけなかったかを聞き込みしながら……………………」
「その必要はありませんよ」
再び凛の手をひいて歩き出そうとしたところで背後から声をかけられた。それと同時に背後から感じられる存在感はこの世界に来てからもっとも大きく重みを感じさせるものだった。
「あ、るい!」
俺が振り返るよりも早くそちらに顔を向けた凛の無邪気な声が上がる。それに遅れて振り返った先にいたのは、凛とサイズ違いの装いをした銀髪の美女だった。
凛と同じ銀髪は後頭部で団子状にされておりさらに膝元まで伸ばされた二房の髪が肩から胸元を通っておろされている。切れ長の目した若々しい外見をしていながら、瞳の奥には外見以上の経験を感じさせる重厚な光。
肌で感じさせられる強さは、恐らく俺があった中ではアーサ・ヌァザ様に次ぐものがあるのは確実だった。
凛の反応からして彼女が『るい』さんなのだろうが……………………。耳と尻尾がないな。
駆け寄ろうとする凛の手を強く掴んで止めて目の前の女性に意識を集中させる。彼女の見た目はまるで人間だ。本当に凛の親戚なのか?親戚を騙っているのではないかと不信感が募る。
「凛、ちょっとごめんな」
止められて不思議そうな表情で見上げてくる凛。悪いけど今は目の前の女性だな。
「あぁ、るいさん、つったけか?」
「凛に聞きましたか?」
「あぁ、親戚だって聞いた。の割には耳も尻尾も見当たらないが、隠してるのか?どうやってるのか想像もつかないが」
「えぇ、隠しています。」
「……………………あっさりばらすな。人間相手にそれはあまりよろしくないんじゃないか?」
驚いたな、人間の街で人間相手にこうもあっさりばらすか?凛の親の兄弟と結婚したとかそういった血の繋がりの無い親戚とかいってくるかと思ったんだけどな。
「どうやら私に対して疑念を覚えていらっしゃるようですね。少々場所を変えましょう。ここでは証拠をお見せするにしても、他の方々のご迷惑にもなりかねませんから」
とどこか全てを見通しているかのような目で俺を見ながら微笑んだ彼女は、クルリと踵を返して大通りから細い路地へと入り込んでいってしまう。その後を追うか否か迷うものの、凛に心配そうな表情で手を引かれたことで覚悟を決めてその後を追った。
俺達がついてくるのを待っていたのか、ゆっくりとした足取りだったにが追い付くと同時に歩くペースが上がった。ついていくのには俺は問題ないが、凛にとっては少々はや歩きに過ぎて何度か転びそうになり、その旅に腕を引っ張って支えてやることになった。
そうして少し歩いた先に建物同士の間に偶然できたようなそこそこ広がった人気の無い空間に到着する。そこにつくと同時に振り返ったるいに俺は一瞬身を強張らせた。なぜなら彼女の手には桜歌が符術を使う際に使用するような札が付いたくないのような物を両手に2本づつ構えていたからだ。
「っ!」
凛を庇いつつ身を守るために魔法を発動させようとする俺をよそに、それは放たれた。るいを含めた俺達を囲うように東西南北の四方へと。
札付きのくないが同時に地面に突き刺さり魔力が静かに流麗に動き、くないを頂点とした外界との繋がりを遮断する結界となって発動した。
結界から感じられる限り、これは攻勢的な物じゃない、か。外界との繋がりを遮断することで身を隠す隠業系統の結界のようだ。とりあえず警戒はそのままに構えを解くと、彼女は変わらぬ笑みを浮かべたまま頭を下げた。
「突然の無礼、御容赦を。私が隠している物をお見せしようとすると事前にこのような措置が必要不可欠なのです。
それと遅くなりましたが、凛の危ないところを救っていただき、誠にありがとうございます。彼女の親族として感謝の念に堪えません」
「いや、そう言われてもな。こっちとしては寝覚めが悪くなるからやったことだ。一応血は繋がらないとはいえ娘もできちまった身でもあるしな」
「左様ですか。それでも凛を助けていただいたことに変わりはございません。感謝の言葉だけでも受け取って頂ければと」
「まぁそれくらいなら」
何が起きてもいいようにと警戒だけは続けていたのだが、なんか気が抜けるな。
「それでは、自己紹介もまだでしたので。
私は西方仙域にて紅麗洞を構えまする仙名を夜双娘仙と申します。仙道の末席にあります狐狸精の一人、俗世に在りし日の名を道砂宮 泪、呼び名はお好きなようにお呼びください」
……………………なんじゃそりゃ。いきなりすんごいこと言い出しましたよこの人。え、仙道ってつまりこの人って、
「仙人?」
「左様にございます」
変わらぬ笑みを浮かべたまま頷いた。
「まさか、仙人なんているのかよ。というか狐狸精って凛と種族が違うよな?」
「いえ、違いません。明確には確かに違いますが、狐狸精とは妖狐族の者が研鑽の末に仙道へと入る際に生命としての位階を上げた姿。そうですね、妖狐族から到る上位種族とでも思っていただければと。その証拠、というわけでは御座いませんが」
泪さんの右手が印を結び胸元で左右へと振られ、その直後にそれは現れた。
それは凛と同じ頭に上に生えた銀色に毛に覆われた一対の耳。それは背負うように現れた九本にも及ぶ銀毛の尾。彼女の言う生命としての位階を上げた上位種族たるにふさわしい姿だった。
「私は九尾に至ったばかりの若輩者ではありますが、この耳、この尾が凛との繋がりとしてお見せできる唯一のものでございます」
「……………………すごい、な。というかこれだけのものをどうやって隠してたんだよ」
「変化の術の応用です。他者ではなく自分の姿に化け、その際に必要な箇所を人間のものへと近づける。そうやって耳と尾を隠しているのです。
ただこれは仙道の道へと入って、そこからさらに研鑽を積んでようやく身に付けることのできる術です。凛もこれを覚えていることができていれば良かったのですが」
そう言った彼女は凛に向けていた視線をこちらに戻した。
「これで、納得して頂けたでしょうか?」
「……………………はぁ、そうだな。疑ったりして悪かった。ところでもう一つ聞きたいんだが、凛とは親戚だって言うけど正確にはどういう関係なんだ?」
「関係と言いますと、親兄弟、叔父従兄弟としてのものですか?」
泪さんの問いに頷いて応えると、彼女は何かを思い出すようなしぐさを取ってから答えを口にした。
「私達は間違いなく血の繋がった親類です。ですが少々それが遠く薄いものであることも事実です。凛の曾祖父の曾祖母が私の姉に当たる人物なのです」
「あぁ、つまり凛は貴女の……………………、子孫のようなものなのか」
「そうですね、そのような認識でよろしいかと」
曾祖父の曾祖母って、大体六代は前だよな。百年か下手すると二百年前のご先祖様か、地球じゃ考えられないな。
「ところで私の疑いが晴れたところでお聞きしたいのですが、貴方は……………………桜磨健司様でお間違い無いですか?」
「え、あ、自己紹介してなかった!?あれ、でもなんで……………………」
名前を聞かれ、色々と疑ってかかっていたゆえに名前を名乗ることを忘れていたことに気付き、慌てると同時に彼女が俺の名前を既に知っていることに疑問を持つ。すると彼女は悪戯が成功したように口許を手で隠しながらクスクスと笑って種明かしを開始した。
「私の属する西方仙域の盟主、海闢咾尊仙様が海の嵐と山の吹雪の神レドル・トルード様より神託を受け、その内容をお聞きしましたので。父祖神様が最後の力をもって異世界より召喚された方だと」
また神託か、そう思うのもつかの間、俺は泪さんの最後の言葉に耳を疑った。




