一人旅
健司がこの世界に召喚されて一週間が経過した。奴隷商人の商隊襲撃から2度に渡るその商館への襲撃により森の拠点の人口は爆発的に増えていた。その数すでに200人余。その内の50人ほどが重軽傷を居っており、労力として期待できるのは全体の半分ほどだった。
「医者が足りん、というか医療の心得が有るのが一人だけとか不味すぎるだろう」
奴隷狩りによって傷を負っている者を治療するために怪我人用の寝床の中を駆け回る唯一の医者ダークエルフのダイヅンを遠目に見ながらため息をついた。だが実際には一人でも医者が居てくれて助かった状態である。奴隷の首輪には装着者が上位者の許可なしに魔術の行使を封じる能力がある。彼らの中には医者ではなくとも回復魔術の使い手が何人もいるのだが、首輪の効果で回復魔術での治療ができなくなっているのだ。
「やっぱり早急にあれを試してみなくちゃだな」
「?」
相変わらずズボンの裾を掴んでいる桜姫の頭を撫でてやり、そのまま抱き上げてその場を後にする。目的は桜歌だ。
健司が召喚された小屋の前はわずか数日で大きく様変わりしていた。初日に彼がやらかして広く拓けた場所ではあったが、増える人口に対するためさらに森を切り拓くことでようやく寝床の確保ができるようになっていた。女性用の寝床は一応衝立で囲ってはいるが、正直心許無いだろう。一応夫婦、恋仲関係にある人達も特別に個別の寝床を用意しているが、それも屋根と衝立だけ用意した代物だ。早いところ小さいなりでも小屋を用意したいと考えている健司だったが怪我人が多くそちらの治療、看病に人を取られていて人手が足りない。
「あぁ、いたいた。おい、桜歌」
「ん、なんじゃ貴様か」
腕を怪我している猫の獣人の包帯を換えていた彼女は、健司のことを一瞥だけして包帯の交換作業に戻った。健司もそれをなにも言わずに眺めて彼女の作業が終わるのを待った。
「それでなんのようじゃ」
包帯の交換が終わった桜歌は礼を言う少年に気にするなと答えながら、近くで同じように包帯の交換を行っていた青年に声をかけてからその場を離れ、声の届かなくなる場所まで移動してから振り返った。
「あぁ、奴隷の首輪をどうにかする件のことなんだが、今日からそれについてちょっと出掛けてくる。数日で戻れるとは思うが実際にどれくらいの時間がかかるか分からないから、その間ここのまとめを頼みたいんだ」
「貴様に考えがあると言っていた件か。分かったが、何故それを儂に頼む。取り纏めならダークエルフの街でその役目を担っていた姫巫女が居るじゃろう。生まれにしろ地位にしろ彼女の方が適任じゃろうが」
「確かにそうかもしれないけど、今彼女魔術が使えないだろ。何かあったとき万全の状態で戦えるのがお前だけだからだ。早々それが必要な事態にはならないだろうが、もしもの時は制限なく動ける人物の方が好ましいと俺は考えてるんだよ」
(それに今の内から俺の右腕的な位置で動いてもらって、そういうもんだと印象づけたいからな。で、あとで俺との仲良好とか色々と情報を操作して外堀を埋めたる!)
などと真面目な話の裏で私欲に参れた謀略を巡らせていた健司だったが、彼の心を当然のように読んでいた桜歌の視線が冷たい物へと変わり、素早く取り出した鉄扇が健司も脳天を強か内据えた。
「あがぁっ!?」
「何をバカなことを考えとるんじゃ貴様は。緊急時の動きと言う点ではいいが、基本彼女やナグアナ殿のように人を纏める地位にいた者と相談して動かさせて貰うからの。
馬鹿な策に乗せられてたまるものかというものじゃ」
片手で頭を抑えながら蹲る健司を蔑むような目で見下ろしながらそう言いきると、プンスカと怒りながらその場を去っていく桜歌。その後ろではちょっと怯えながらも痛がる健司を心配そうに見やり、慰めるように頭を撫でる桜姫の姿があった。
「うぅ、お前はいい子だな桜姫~」
その情けない姿を遠目に見られ失笑を貰っていることに健司は気付いていなかった。
そんな情けない姿を晒した後、健司は再び桜姫を抱き抱えたまま拠点を歩いていた。次に向かう先は古い衣服修繕や、リザードマンやバードマン達のために新しい服を仕立てている女性人のもとだ。現在彼に抱き上げられている桜姫も彼女達の手で作られた背中の大きく開いた、翼と尻尾の邪魔にならないように工夫して仕立てられた紅いワンピースタイプのドレスのような服を着ている。まだ幼い彼女はこちらの女性陣達にとってマスコット的な位置になっているようで、作業の合間合間に次の桜姫の服はどのようにするか相談したりしているようだった。
そんな女性の園となっている場所に訪れた健司は作業を行っている女性達を見回して、針を指に刺してしまい涙目になりながら指を喰わえるディアラの姿を見つけた。
「ディアラ、ちょっといいか?」
「ぬぅぅぅ、ぅ?お主かちょっと待て」
手にしていた針を針山に戻した彼女は、修繕していた服を脇に寄せて近くのダークエルフに離れる旨を伝えて作業場の隅へと移動する。
「どうした、何かあった訳ではあるまい?」
「おう、この前の時も言った首輪の件だ。それ関係でしばらくここを離れるから、ここの連中の纏めを桜歌たち一緒に頼みたいんだ」
「ふむ、それは構わん。
だがそのお主の考えと言うのはどれだけうまくいきそうなのだ?」
「半々かな、『それ』が『あれ』ばできることは確定してるんだけどな。そこんところは完全に運任せだからな」
「ふむ、よくは分からんがそこはもう神に祈るしか無さそうだな。運となると博打と幸福の神リウネ・ケラス様か。未だに種族問わず信者の多い神故祈っとけば案外どうにかなるかもしれんぞ」
「いやいやいや、流石にそういう扱いはどうなのよ。その便利な道具的な扱いは」
ディアラの物言いに思わず手をパタパタ振って突っ込む健司だが、すぐ近くで聞いていたピュルマの女性と肩を竦めあう姿を見て肩を落とした。
「リウネ・ケラス様は結構いいかg……………………、てきt……………………。
……………………懐の深い神様じゃから別に問題ないだろう」
「言葉言い直す上に言葉に困るような神様かよ」
一瞬こんな神様の扱いな世界でどうして逆神は神になり変わろうと考えたのか、本気で頭の中身を心配しかける健司だったが、この扱いはリウネ・ケラスという神様だからこその反応かと思い直すことにした。
「しかし、もしその方法が上手くいかなかった場合は……………………、やはり魔法によって無理矢理にでも破壊することになろうか」
「そうだな、首輪だから填めてる場所が場所だからな。武器やなんかでどうこうするわけにもいかないし、武器じゃなくても丈夫なこの首輪じゃ大抵の道具じゃ歯が立たない。
となると魔法になるけど、その余波がなぁ」
「魔術とて選ばなくてはならん。土属性の魔術で破壊しようとすればその衝撃で首から上が吹き飛ぶことになる」
「炎属性で溶かすってことも考えたけど確実にやけどするよね。となると水か風だけど、上手く首輪だけ狙えれば問題ないけど、ちょっと制御をしくじれば首が落ちるか穴が開くからな。できれば取りたい手段じゃない」
「これは本当にリウネ・ケラス様に祈るしか無さそうだな」
どう考えても穏やかならざる未来の光景を脳裏に浮かべて互いに溜め息を吐き合う二人。近くで話が聞こえていた人達もその光景を思い浮かべたのか表情を青ざめさせていた。
「魔導を極めた者ならば何とかする方法を編み出すこともできるやもしれんが、そういった手合いに心当たりはない」
だから絶対に考えとやらを実現してきてくれと半ば懇願するように言うディアラに、周囲の人達も青ざめた表情で頷いている。
「あぁ、俺もそんな未来はごめん被りたいからな。
それじゃここのことは頼むぞ」
「うぬ、任せておけ」
力強く頷き作業に戻って行くディアラを見送り、健司は再び作業場を見回した。そして探し出したのは桜姫に関して度々世話になっているウィーネ族のアリアーネだ。
何やら作業をしている他の女性にやり方を教えているらしい。自分の分の仕事をこなしながらだが、そちらもそちらで周囲と比べても三倍近く作業が早い。k健司はそんな彼女を注視して見るが特に赤いところは無いようだ。
「アリアーネ、少しいいか?」
「健司様?
申し訳ありませんが少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、切りがいいところまで終わらせてからで構わないから」
「はい、では失礼します」
作業と指導に戻ったアリアーネを眺めながら再び作業場に外れに移動した健司は、暇そうに作業場を眺めている桜姫の頭を撫でてやりながらボケッと空を眺めて待つことにする。その内彼に背中を預けるようにして同じように空を眺め始める桜姫。どうも彼女はこうやってなにもせずにボケッと過ごすような時間を苦にしない性格のようだ。暖かな陽射しを受けている内に眠気が沸いてきたのか、いつのまにか寝息を立て始める桜姫が落っこちないよう支えてやっていると、ようやく一区切りついたらしいアリアーネが彼の下へとやって来た。
「申し訳ありません、お待たせしてしまって……………………」
「いや、別に気にしないでくれ」
苦笑しながら桜姫の髪を透くように撫でてやると、むずがるような反応が返ってくる。それを見てようやく彼女が寝ていることに気づいたのか、「あらあら」と苦笑するアリアーネ。桜姫が起きないように気を付けながら抱き直した健司は早速要件をアリアーネに伝える。
要件、といっても奴隷の首輪を解放する手段手に入れるためにここを留守にする間、桜姫を預かって欲しいと言う内容なのだが。
健司は今回大分危険なところにも足を運ぶことになると考えているため彼女を連れていくことができない説明すると、アリアーネは快く快諾してくれた。ただその桜姫が健司がいないと寂しがることは確実なので早めに戻って下さいと釘を刺されることになったが。
その場で寝ている桜姫をアリアーネに預けた健司はその足で小屋の前の魔法陣へと向かい、一人で拠点を後にした。
行き先は彼自身も分からない。ただ彼が望む条件をもとに検索型転移魔法の検索結果に従いこの世界のどこかへと旅立っていったのだ。
「イーリアスが、見つかったのか?」
アルカネデアス王国国王サイデアラルは歯を食い縛るように表情を歪めて報告に上がった騎士の表情に最悪の事態を覚悟した。
ことの起こりはつい昨日、街道の巡回任務から王都に帰還するはずだった第一王子イーリアスと彼の率いる騎士隊がいつになっても帰還しなかったことだ。何かトラブルが起きたのかとその足跡を追うものの、その旅路は順調そのもので予定通りに最後の都市も出発したことがすぐに判明する。
これは何かがおかしいと捜索隊を結成し王子の捜索に乗り出したのだが……………………。
「はっ、王都とシガンディアとを結ぶ街道沿いにて……………………」
「……………………続けよ」
言い淀む騎士に先を促す王。その横では妃と第二王子ヘークトルもまた心配そうな表情で騎士の言葉を待っている。
「我々は、街道沿いにて、変わり果てた姿になられた、イーリアス殿下を発見致しました」
「変わり果てた、じゃと?」
「それはいったいどういう意味だ!」
驚き目を見張る王と、普段の物静かな雰囲気からは想像できない苛立ちのこもった声で怒鳴るヘークトルにさしもの騎士も気圧されながらも、騎士は床についた拳をより強く握りしめて報告を続けた。
「街道にて見つかったのは、イーリアス殿下は、首から下が無く、殿下の率いていた騎士隊の者は誰一人としてその痕跡も見つかっていません」
イーリアス王子の首から下が無い、という報告に謁見の間にいる全ての人達が言葉を失った。それは第一王子死は確実であると言う事実、首だけを残すなどと言う残酷な行いに誰しもが衝撃を受けたということだ。
「くっ、誰が……………………、誰がこんなことを!
誰がこんなことをした!やった奴については!まだ何も分からないと言うわけではあるまいな!!」
「も、申し訳ありません!街道には夥しい血痕があるもののそれ以外に痕跡らしい痕跡もなく、犯人に至るための情報は未だ何も……………………」
激昂して騎士に怒鳴り散らしたヘークトルは、騎士の回答にさらに口を開こうとして片手を上げたサイデアラルに制される。
「父上……………………!」
「控えよ、ヘークトル」
今度は父へと何かを言い募ろうとするも口で制され、今度こそ口を閉ざす。
「お前達、よくイーリアスを見つけてきてくれた、ご苦労であった。
一時休んだ後隊を編成せよ。なんとしてでもイーリアスにそのような屈辱を与えた者を探し出すのだ」
「はっ!」
表面上は冷静にしかし瞳の奥にはヘークトルと変わらぬ、いやそれ以上の憎悪と怒りを燃やしてサイデアラルは命を下した。
イーリアス王子の死と、それを発端としたアルカネデアス王国の闇の時代が始まろうとしていた。




