ダークエルフ
魔力の光に照らされた牢屋の並ぶ部屋の中央に大勢の奴隷達が集められていた。先に襲撃した商隊よりも数の多い奴隷達だが中でもダークエルフの特に多く居ることに健司は首をかしげた。
「先週のことだ。ここの連中に雇われた冒険者達の奴隷狩りが我らの町を襲ったのだ。多くの同朋が殺され捕らえられた」
健司の疑問に答えたダークエルフは悔しげに拳を握りこみ周囲の傷付いた仲間を見回した。
「囚われたのはここにいるだけか?」
「いや、姫巫女様とその侍従がいない。この建物のどこかには居るはずだが……………………」
「分かった。それは俺が探してくるから傷の少ないやつらを集めて桜歌の手伝いをしてくれ」
「了解した」
頷く男と別れた健司は桜歌に一声掛けて牢屋を後にすると、駆け足で建物の探索を開始する。その途中で金庫ある部屋を発見するが、それは後回しだと後ろ髪引かれながら探索を再開する。が、結局その階に目的の人物姿を見つけることはできず、健司は次の階へと駆け上って行く。
牢屋に応接室が多く設けられた下の階とは違い、次の階はどうやら高級奴隷を捕らえておくための階のようだ。階段を上ってすぐの扉をぶち破った健司は、そこそこ整った室内に手錠で拘束された女性を発見する。
「くっ、何者だ!?」
誰何の声を上げるその女性は鋭い視線が特徴的なダークエルフだった。下の牢屋で襤褸を着せられた奴隷たちとは違い、薄絹の肢体が透けて見えるようなドレスを身に纏っており、そんな格好ながらいつでも攻撃なり逃げるなり行動できるように身構えていた。アリアーネ程ではないが薄絹の下に納められた二つの果物に目が奪われそうになるが、頭を振ってその誘惑を振り切った健司は室内に彼女以外に誰もいないことを確認して両手を軽く上げた。
「怪しい者じゃない、とか言うつもりはないけど少なくともあんたの敵じゃないよ。この商館に捕らわれている人達を助けに来た。今下では俺の仲間が奴隷の解放を行ってるから、今は取り合えず俺に協力してくれないか」
「奴隷を助けに?」
胡散臭そう目を細める彼女に近づき、慌てて距離をとろうとする彼女の手を取り手錠を破壊する。そして先の警備員から回収していた剣を彼女の前に置くと急ぎ部屋の出入り口に向かう。
「俺が怪しい行動をとったらそれで自由にするといいさ。けど今は取り合えずついてきてくれ」
そう言って部屋を後にすると彼の姿に彼女は戸惑った様子を見せるが、すぐに気を取り直すとその剣を拾い上げて部屋を飛び出し、健司が向かったのとは別の方向へと駆け出していった。
向かった先は彼女が閉じ込められていた部屋から離れた奥まった場所にある部屋だった。手にした剣を大きく振りかぶってドアノブの当たりに振り落として鍵のある箇所を何度も切りつけて扉を破壊し急いで中へと飛び込んでいった。
「姫様、ディアラ姫様!」
その部屋にいたのは彼女と同じ薄絹のドレスを身に纏ったダークエルフだった。血相を変えて飛び込んできた彼女とは違い、館内の不穏な気配に目を覚まし身構えていた彼女に対して姫巫女と呼ばれたダークエルフの女性は、与えられたベッドの上で気持ち良さそうに寝息を立てていた
「うにゅ、もう、食えん、ぞ……………………、うにゅ」
幸せそうで非常に能天気な寝言を宣う姫巫女の姿に、盛大な肩透かしを食らった彼女はその自分とあまりにもかけ離れた様子に力が抜け、その場に膝をついて項垂れてしまった。
「こ、このような状況でぇ……………………」
頭痛を覚えながら立ち上がった彼女はのしのしという言葉が似合いそうな歩き方で姫巫女へと近づき、気持ち良さそうに抱き締めている毛布を掴み、力任せに奪い取った。
「起きて、下さい!」
「うにゅあ、なんだ何事だ!」
奪い取ろうにもしっかりと布団を掴んで離さなかった姫巫女は布団に引っ張られるようにベッドから転げ落ちて、大慌てで飛び起きた。
「ぬ、キーラか」
「キーラか、ではありません姫巫女様も感じておられるでしょう、今この館に漂う空気を。今何者かがこの館襲っており階下の奴隷を集め、私達と一緒にどこかに連れてゆくつもりのようです」
「そうか」
「はい。その者は今他の奴隷達のもとへ向かっているようです。今ならその者の目を欺き逃げることも……………………」
「うむ、その者の下へと案内せい」
「はい、分かり……………………って何でですか!?」
ひざまづいて状況を報告していた彼女は姫巫女の想定外の言葉に思わず怒鳴るように叫んでいた。
「何でも何もその者は味方であろう?」
「す、少なくとも今は敵ではないのかもしれませんが、その者は人間です。怪しすぎます!」
「大丈夫だ。その者は味方だ。森神様の告げがあった」
健司を怪しいと断言するキーラだったが、姫巫女続く言葉に絶句して動きを止めた。
「森神様のお告げ、が?」
「そうだ。その男は父祖神様の遣いのようなものらしい。そう警戒する必要もないぞ」
「父祖神様の……………………」
そう呟いて思い出されるのは、つい先程彼女の胸元に視線が行きそうになるのを堪えながら会話する彼の姿で、その姿はあまりにも父祖神の遣いと呼ぶにはその言葉のイメージからかけ離れており、キーラは思わずこう口走っていた。
「何かの間違いでは?」
「おいキーラ、よりにもよって間違いとはなんだ!森神様の告げだぞ!?」
「間違いでなければ姫巫女様の勘違いでしょう。大方都合のいい夢でも見てそれをお告げと間違えたのでは?」
「起きとったわ、告げが来たとき妾は起きとったぞ!」
色々と失礼千万な侍従の物言いに、地団駄を踏む姫巫女。その姿は間違っても他の者、特に彼女を慕っていたダークエルフの民には見せられない姿だった。
「え~い、この歯に物着せぬ物言い、いったい誰に似たんだ」
「恐らく姫巫女様の叔母上様ではないかと。身寄りのない私を引き取り育ててくださったのはあのお方ですから」
「ぐぅ」
姫巫女にとって頭の上がらぬ相手の名前が飛び出してきて、ディアラは唸り声を上げて黙る。
「それとはしたないのでそのように地団駄を踏んだりしないで下さい」
「えぇい煩い!とにかくその人間と合流する。これは決定事項だ」
それ以上なにも聞かぬとばかりにそっぽを向いたなんとも子供っぽい反応をする姫巫女にキーラただただ嘆息するしかなかった。だがその目に命に変えてでも彼女を守るという決意を固めて姫巫女を先導して部屋を後にした。
「あ、合流するまでの部屋は全部チェックするべきだな。頼むぞ」
そんなそこの塩取って的な感覚で付け足された命令に肩を落とした。
一組に主従の合流から10分ほどが過ぎただろうか、さらに数人の高級奴隷されていた者達を助けだした二人は、やはり同じように奴隷達助けていた健司と合流した。ディアラ達の助けだした奴隷達は同じように奴隷を連れた健司に怯える様子を見せるが、健司は気にしたようすもなく一人一人の手錠を破壊していった。
「助けていきなり姿が見えなくなったから心配したよ」
と、苦笑する健司だったが、言葉をかけられたキーラの方は返事をするつもりは無いのか剣を手に無言を通していた。
「すまぬな、キーラは愛想というものが欠けているのだ。お陰で未だに嫁の貰い手がおらぬ」
一目散に助けに来た相手にずいぶんな言葉だったが、キーラは何も言わずにジロリとばかりにディアラの後ろ姿を睨み付ける。それに気づいているディアラであるが、こっちもそんなことはどこ吹く風とばかりに他の娘達が手錠を破壊してもらったことを確認して、最後に自分の手錠を健司へ差し出した。
「暗き森にて森神を奉る街アルナテルアの筆頭巫女、ディアルアーテ・シフ・アルナテアだ。お主が父祖神様の遣いだな?」
「さぁ?」
不適な笑みを浮かべて薄い胸を張るディアラの言葉に、健司は手錠を壊して首を傾げた。
「確かにアーサ・ヌァザ様にこに世界へ召喚された身ではあるけど、俺は自分でそんな風に名乗った覚えはないからな。そもそも召喚されて一週間と経ってないし」
すっとぼけたような回答に転けそうになるディアラだったが、続く言葉を聞いて「ほぉ」と顔色が変わる。
「森神様の告げではハーレムを作ろうとしてると聞いたが?」
面白可笑しそうにそう言った瞬間、助けた女性陣が一斉に距離を取った。その事に内心落ち込みながらも気にした様子を見せずに肩を竦めた。
「別に無理矢理そういう関係を作っていこうって訳じゃない。というか今はその話はいいだろ別に」
「ふむ、英雄色を好むと言うが……………………。
お主が本当に英雄か、それとも盛りのついた唯の雄か見極めさせてもらうとしよう。
それでこれからどうするのだ?」
「下で仲間が奴隷達を解放してる。まぁ解放と言っても牢屋から出してるだけなんだけどな」
「俺は仕方あるまい。この首輪をどうこうするのは非常に骨だからな」
直ぐ側に立っていた虎の獣人の首に嵌められた首輪を撫でながらディアラは忌々しそうに吐き捨てた。
「それはまだ無理だが俺に考えがある。
で、この商館にいる奴隷を全員助けたら俺の転移魔法で拠点にしているところまでとぶ。あ、ここにある金目の物も回収してな」
「それってただの泥棒じゃ……………………」
「ははははは、なんのことかな?」
何処からともなく聞こえた突っ込みを笑って誤魔化して明後日の方向を向く健司に少々冷たい視線が突き刺さる。
「まぁそこは奴隷狩りなんぞというふざけた行いに対する迷惑料と、妾達を助けてくれることに対する対価とでも思っておけ」
おかしそうに笑うディアラからの助け船に気を取り直し、健司は下に移動しようと先頭を歩き始める。
「俺は今拠点にしている場所に逆神に対抗する者の国を作ろうとしている。出来ることなら皆にもそれを手伝ってほしいんだ」
「ほう、国をな。妾達はその国の住人になるというわけか?」
「そうなってくれると嬉しいな。つってもそれを強制するつもりはない。ここの後にもう一ヶ所奴隷解放をしなきゃいけない場所があるが、それが終わればさっきも言った首輪を外す考えってのを試す。それがうまくいって首輪から解放されることができれば、後は皆の自由だ。俺の下に残るもよし、仲間のところに帰りたいのなら俺が送ってやる。無理強いはしないから自由に考えておいて欲しい」
(くくく、面白い。今まであまり見ないタイプの人間だな。アーサ・ヌァザ様との繋がりを誇るでもなく、国を作ろうとしていながらそのトップになるという自覚もない。今後この男がどんなことを成すのか、俄然楽しみになってきたな)
それぞれが自分の評価をどのようにつけているかも知らずに先頭に立って階段を降りていった。
健司が目を覚ましたのは胸を圧迫する小さな重みだった。背中に感じる寝床代わりのの毛皮の感触にくすぐったさを感じながら、雨対策に急遽拵えた襤褸屋根を見上げて欠伸を漏らした。
この重さの正体はなんなのかと屋根から胸元へと視線を下ろすと角の生えた紅い髪、静かな寝息を立てた桜姫がしがみついていた。
「アリアーネに預けたんだけどな……………………」
回りを見回せば雨を凌ぐことだけを目的として作られたために壁はなく星明かりに照らされた木々の姿が見え、彼の周囲には同じように敷いた毛皮の上で眠る男達の姿があった。
この場所は独身男性用の寝床のため一緒に寝たがる桜姫を宥めてアリアーネに頼み女性用の寝床に連れていってもらったのだが、どうも抜け出して来たらしい。
「はぁ、まだ幼いし仕方ないのかな」
しがみつく桜姫の頭を撫でてやりながら、目が冴えてしまったのはどうしたものかとため息ついた。
「本当のご両親も心配してるんだろうな。探しだしてあげたいとは思うけど」
ナグアナの話ではドラゴニュート卵の内に拐われると言う。たとえご両親がいたとして卵から孵った桜姫のことを自分の子と気付くことができるのだろうか?
「こんなところで俺が心配するようなことじゃないか。成り行きとはいえ父親だ腹括るしかないか」
見つかるかどうかも分からない以上、父親になってしまった自分が育てる以外に無いと苦笑して腕の中の少女を見下ろす。時折グリグリと顔を押し付ける仕草をする姿に、卵から孵って彼が解放するまでの間どれだけ寂しかったのだろうかと思う。
「俺はここに居る。どこにもいかないぞ。でもそこは少し俺が寝づらいからな」
桜姫の体をもう少し上の方に上げてやり、翼を避けて抱き寄せる。それだけでどことなく安堵したような気配を感じて健司も目を閉じる。
「バルダダに頼んで俺と桜姫ようにもう一ヶ所作って貰うか」
幼い少女の頭を撫でながら、彼もまた静かに夢の世界へと戻っていった。




