お菓子の家(ハングリーハウス)
一方、ところ変わって、ここは地下闘技場である。
そうこうしている間に、東西の入口から現れた両者が所定の位置に到着する。
「ケッ。オレから逃げずに挑んできたことだけは評価してやるよ」
悠斗の姿を見るなりジャレットは、吐き捨てるようにしてそう言った。
「だが、宣言してやる。お前はオレの能力を前に何もできずに死ぬ!」
ジャレットが高らかに叫んだ次の瞬間。
空気が震えて、大地が轟く。
激しい地震が発生したかと思うとジャレットの足元からは、白くてフワフワとした物体が出現する。
(な、なんじゃこりゃー!?)
悠斗は動揺していた。
白くてフワフワとした物体は、闘技場全体の地形を変化させるほどに膨れ上がっている。
「いくぜ! ショートケーキの城!」
そこにあったのは、まさに『ショートケーキの城』と呼ぶに相応しい物体であった。
全長10メートルはあろうかという巨大なショートケーキの城は、悠斗の攻撃を寄せ付けない巨大な障壁として立ちはだかっていた。
(顔の割に能力が可愛すぎる!)
思わずツッコミを入れずにはいられない。
強面の男がショートケーキの上に乗る光景は、端的に言って非情にシュールなものがあった。
「さぁ。調理を始めようか」
お菓子の家@レア度 詳細不明
(あらゆる物体をイメージした食材に変える力)
ジャレットの能力《お菓子の家》は、あらゆる物体をイメージした食材に変える能力であった。
変化できる食材には制限がない。
食材を武器に変えて相手を追い込んでいくジャレットの戦闘スタイルは、ナンバーズの中でも極めて異質なものであった。
「くらえ! ヤシの実の弾丸!」
ジャレットが叫んだ次の瞬間。
ショートケーキの城から飛び出したお菓子の砲台から、次々とヤシの実の弾丸が射出される。
「ぬお……!?」
咄嗟に攻撃を回避する悠斗であったが、先ほどまで立っていた床がものの見事にポッカリと抉れていた。
(知らなかった。ヤシの実って信じられないくらいに固かったんだな……)
単なる食材と思って侮ってはならない。
悠斗の元いた世界でも『ヤシの実』の落下による死亡事故は、世界各地で数えきれいくらいに発生しているのである。
おそらく風魔法を使用して、弾丸のスピードを飛躍的に向上させているのだろう。
圧縮した空気を利用して放たれる、ヤシの実の弾丸の威力は、凄まじいものがあった。
(この感じだと《飛行魔法》を使うのは自殺行為だな……)
呪魔法と風魔法を合成して作り出した《飛行魔術》には、空中での細かい動きのコントロールが利かなくなってしまうという欠点が存在していた。
飛行魔術を使って、敵の城の頂上を目指すのは、無条件で狙撃の的になりにいくようなものだろう。
(それなら!)
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした《近衛流體術》を習得した悠斗は、《ロッククライミング》についても国内トップクラスの実力を誇っていた。
どうすれば最短ルートで頂上まで駆け上がることができるのか?
その最短ルートを一瞬で、導き出すことに成功した悠斗は、目の前の反り立つ壁を一気に駆け上がっていく。
「ハハ! まんまと罠にかかりやがったな!」
この展開はジャレットにとって想定通りのものであった。
ショートケーキの城によって、高さによるアドバンテージを取った場合、考えられる敵の行動パターンは2つ。
遠距離から攻撃を仕掛けてくれるか、近接戦闘を仕掛けるために城の壁を登ってくるかである。
どちらのパターンでも対応は可能であるが、後者であれば、なおのこと都合が良い。
「死に晒せ! ココナッツオイルの滝!」
「――――ッ!?」
ジャレットが叫んだ次の瞬間。
生クリームで作られた外壁の一部がヌルヌルとした液状の物質に変化していく。
(ぬお~! な、なんじゃこりゃー!)
いかに悠斗が《ロッククライミング》の達人であっても関係がない。
油によって滑りやすくなった壁を登っていくことは、人間には不可能なことであった。
ツルツルツルッ!
体重を支えることが敵わなくなった悠斗は、床の上に向かって落下していくことになる。
「ギャハハハハハハ! その間抜け面、最高に笑えるぜ!」
落下していく悠斗の表情を安全な位置から確認したジャレットは、勝利を確信した笑みを浮かべる。
前世の料理人として生きた時代から変わらない。
必死に這い上がろうとする人間を圧倒的な才能によって、絶望に叩き落とす瞬間こそが、ジャレットにとって最高に愉快な気持ちに浸れる瞬間であったのだ。
「からの~、最大火力だ!」
ジャレットの狙いは、単に敵の接近を防ぐことだけに留まらない。
全身にココナッツオイルを浴びた悠斗の体は、マッチ1本の火種でも大火傷を負うような状態になっていたのだ。
ボワァッ!
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
ジャレットが火魔法を使用すると周囲の景色は、一瞬にして炎に包まれていくことになった。
闘技場の中には無数の火柱が立ち上がり、どこにも逃げ道は存在していない。
「他愛もない。オレ様特製、子豚の丸焼きの完成だぜ」
高い位置から燃え盛る炎を目にしたジャレットは、勝利を確信して笑みを浮かべていた。
「なぁんだ。意外とあっけなかったね。コノエ・ユート」
「ほえ~。流石にジャレットの能力に勝てるはずがないんだな」
一方、2人の戦いを観戦していたルーシー&ビヨンドは、退屈そうにコメントを残していた。
戦闘には不向きなものとして認識されがちではあるが、ジャレットの能力は極めて、汎用性の高いものである。
異世界からトライワイドに与えられる能力は、個人の育った環境&生まれ持ったが素質が色濃く反映される仕組みになっていた。
前世では、世界最高峰の料理人として、三ツ星レストランのオーナーシェフにまで上り詰めていたジャレットの能力は、破格の性能を秘めていたのだった。
「いいえ。この勝負、ユートさんの勝ちですよ」
「えっ!?」「ほえっ!?」
ただ1人、悠斗の勝利を100パーセント確信していただけは、何時もと変わらない柔和な笑みを浮かべていた。
《鬼拳》。
戦闘に不要な《生存本能》というリミッターを意図的に解除するこの技を悠斗はそう呼んでいた。
己の身体能力を格段に上昇させるこの技は、使い方を誤れば命を失いかねないキケンな技でもある。
ジャレットにとっての誤算は、《鬼拳》を使用した悠斗の身体能力が通常の人間では考えられないほどの規格外のものだったという点である。
「ほら。捕まえたぞ」
「な――ッ!?」
突如として背後から声をかけられることになったジャレットは、動揺により額に汗を滲ませる。
一体何故?
どうして悠斗は幾重にも張り巡らしたはずのトラップを突破することができたのか?
その答えは振り返った時に視界に入った、ショートケーキの上にポッカリ開いた穴にあった。
(まさかコイツ――!? オレ様のケーキの中に!?)
ジャレットの予想は的中していた。
闘技場全体が炎に包まれる直前――。
悠斗は咄嗟に《鬼拳》によって身体能力の底上げを図ると、スポンジの中を高速で掘り進んでいくことによって難を逃れたのだった。
悠斗にとっては、都合が良いことにスポンジの中は幾重にも空気の層が折り重なっており、熱が通りにくい状態にあった。
敵に気付かれないようケーキの中を掘り進んで、頂上まで登った悠斗は、反撃のチャンスを得ることに成功したのである。
「さて。ここからは俺のターンだぜ!」
敵が高さを利用した攻撃を仕掛けてくるのであれば、自分もその高さを利用するだけである。
「ま、待て――! 何をする気だ――!?」
全ての格闘技の長所を相乗させることをコンセプトとした《近衛流體術》を習得した悠斗は、《プロレス》についても国内最高峰の技術を誇っていた。
中でも悠斗が得意としていたのは、圧倒的な破壊力を誇り、芸術的な美しさすらも併せ持つジャーマン・スープレックスという技であった。
相手の背後から両腕を回して腰を取り、そのまま自分の体を沿って投げるこの技には、高い位置から決めるほどに威力が増すという性質があった。
「いっくぜええええええええ!」
近接戦闘に持ち込んでしまえば、こちらのものである。
背後からガッチリと敵の体をホールドした悠斗は、そのまま勢い良く跳躍。
ショートケーキの城から飛び降りると、ヒラヒラと宙を舞いながら、強固な床に向かって、敵の体を落下させる。
「クッ――!?」
一転して窮地に追い込まれることになったジャレットは苦悶の表情を浮かべていた。
このまま地面に直撃すれば、首の骨が折れて命を落とすことは確実である。
そう考えたジャレットは、頭を切り替えて『どうやったらこの危機を乗り越えるか?』ということを必死に模索していた。
「マシュマロのクッション!」
考えた末にジャレットが導き出した結論は、落下地点を予測して床を柔らかいマシュマロに変化させるというものであった。
(よし。これなら……!)
いかに高い場所から落とされたとしても、落下地点が柔らかいマシュマロならばダメージを最小限に留めることができるだろう。
異変が起きたのは、自身の生存を確信したジャレットがニヤリと笑みを零した直後のことであった。
パリパリッ!
パリパリパリパリッ!
目の前のマショマロが急激に冷やされ、瞬く間の内に強度を増していく。
(バ、バカな……! オ、オレ様のマシュマロが凍って……!?)
ジャレットにとっての誤算は、悠斗が優れた武術のみならず、全属性の魔法をハイレベルに扱えるという点であった。
「ガハッ――!?」
会心の一撃。
勢い良く頭部を打ち付けたジャレットは、白目を剥いたままピクピクと体を痙攣させることになった。
冷凍にかけられる時間が短かったことが幸いしたのだろう。
致命傷は回避できたようだが、暫く起き上がることは難しそうであった。
さて。
無事に勝利できたのは良かったのだが、食材を駆使して戦うジャレットの戦闘スタイルは、現代日本で生まれ育った悠斗にとっては、どうしても受け入れがたいものであった。
「お前さ。食べ物で遊ぶのも大概にしておけよ」
口から泡を吹いて倒れるジャレットを尻目に、悠斗は何気なく忠告するのであった。
(雑記)
ジャレットの能力は、何時の日か見た夢の内容を元に作りました。
いかついルックスから繰り出されるファンシーな能力が気に入っています。




