(006) 竜型機動兵器(ドラグーン)
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「おーい、そこの二人ー!」
しばらく作業を続けていたところに、場違いに陽気な声で呼びかけながら男が一人やってきた。
中尉の階級章を付けた士官服――見た顔である。さきほど艦長代理と名乗ったばかりのエリオット・スイッパーだ。
「きみたち、忙しそうだねぇ~? 二人とも竜機兵科志望かな?」
二人が袖に付けている赤の腕章を指差しながらエリオットが言った。
さきほど臨時で配られたクロセストの入科予定別見分け腕章である。
戦闘系学科は赤だった。
ちなみにセーナは、技術系と情報系を意味する緑と青の腕章も付けているが。
「竜機兵科だが、整備や通信、操船もできる……ます」
セーナは慣れない敬語を使いながら、敬礼をやってみせる。
まだ正式な訓練を受けてないから、そんなにしっかりしたものではないが、なかなかさまになっている。
「きみは凄く優秀そうだねぇ、美人だし」
セーナは何も言い返さなかったが、敬礼を崩すと睨み付けた。
たぶん、軽薄な男は好きではないのだろう。
では、どんな男が好みかというと、まったく想像が付かなかったが。
「そっちは?」
「竜機兵だ。……腕はその辺の正規パイロットより確かだぜ?」
「言うねえ。素人がさ。……でも、そのくらい剛毅じゃなきゃパイロットなんか務まらないものな!」
エリオットは、冗談っぽく笑った。
こっちは本気で言ってるのだが。
体力や反射神経には自信があるし、模擬操縦だって死ぬほどやってきている。
とはいえ、普通は何年も訓練を積み実戦を経た正規パイロットにたかが士官候補生が敵うはずないわけだが。
(……普通はな)
マッカはもちろん、自分を普通の人間などとは思っていない。
「とにかく、二人ともちょっとこっち来てくれる?」
「……ここの片付けは?」
「誰か呼んどく」
エリオットは、それ以上有無を言わさず壁を蹴って流れていった。
二人は一旦顔を見合わせたが、すぐに彼の後を追いかけた。
まずは洗浄済ませ、二人が案内された先は貨物室だった。
積荷が幾つか解かれている。
普段なら勝手に荷物をあけたり、それを使ったりすれば銃殺刑ものだが、緊急時を理由にエリオットが独断でやらせたらしかった。正しい判断だと思うが、帰還後の軍法会議でその正当性が認められるかは、怪しかった。帰れれば、の話だが。
貨物の中には、使えそうなものがたくさんあった。
元々クロセストへ搬入される予定だった様々な種類の物資である。
水や食料を始め、各種機材、極めつけには、機動戦闘機まであった。
「竜型機動兵器か! 何故、こんなところに……!?」
セーナが、鈍い赤色の機体を見上げて、喚声をあげた。
眼を輝かせて、機体の周りを歩いている。
セーナは、「地球」には感動できなくても、「戦闘機」には感動できる女らしかった。
ドラグーン。
伝説上の生き物「ドラゴン」を模してデザインされた銀河連邦最強の機動戦闘機。
マッカも、セーナほどあからさまではないにしても、その機体に好奇の眼差しを向けていた。
この機体は、すべての戦闘機乗り(パイロット)たちの憧れであり、最も優れたエースパイロットだけが乗ることのできる、特別な機体なのだ。
本機は、機体制御に大出力の反重力ドライブを用いていて、その負荷に耐えられるように、機体の骨格には〈オリオンメイル〉という、非常に耐久性の高い特殊金属繊維が使われている。いまは折りたたんでいるが、反重力ドライブの仕込まれた両翼を最大に開くと、本当にファンタジーに出てくるドラゴンそのもののように、雄大に見え、美しいのだ。
そんな〈ドラグーン〉にも、たった一つだけ欠点があって(しかし、致命的な)、〈オリオンメイル〉がとても稀少なため、大量生産が出来ないのである。
そのため主力量産機である〈イフリート〉などの〈エレメンツシリーズ〉に比べて遥かに性能は高いのだが、数が少ないため本当に一部のパイロットにしか配備されない。
「どうやら、クロセストへ搬入予定だったみたいだね? きみ達の訓練にでも使うつもりだったんじゃないのかい?」
「……そうか」
セーナは、うっとりと機体の装甲を撫で回している。
真似して触れてみると、兵器特有の鈍い冷たさがあった。手のひらからゆっくりと熱が奪われていく感覚が、心地よかった。
「気に入った? なら、きみたちでこの機体を使ってみないかい?」
「私が?」 「俺が?」
二人はそっくり同じ声をあげて、互いの顔を見合わせた。
「二人で、ね? 二人乗りだからこいつ」
「知っている。……知っています。しかし、使うと言っても、どうする……んですか?」
如何にもヘタクソな敬語でセーナが尋ねた。
「いま船の防御能力は格段に落ちているだろ? というか、皆無に等しい。エンジンは半分も動かないし、スピードは出ないわ、シールドは弱いわ、火器は死んでるわ。マジメな話、いまベルゼブルに襲われたら、一瞬でお陀仏よ?」
問題の深刻さを誤魔化すみたいに、至って軽い口調でエリオットが言った。
「だから、万が一に備えてこいつをセットアップしておいて欲しいわけよ。もちろん有事の際にはこいつで戦って欲しい。……できる?」
「できる、いや、できます」
セーナは自信たっぷりに言い切った。
彼女がすこしも迷う素振りを見せず即答したので、エリオットはおかしそうに笑っている。
セーナは「むっ」と不機嫌そうな顔になったが、〈ドラグーン〉をくれるというのだから、ここは黙って堪えるつもりのようだ。
「なんで、俺たちに?」
たぶん、正規のパイロットは全滅してるのだろうが、パイロット候補生なら他にも何人もいたはずだ。いったいどういう基準で選んだのか、不思議だった。
「こんな状況で暇そうにしてる奴なんか、信用できないだろう?」
なるほど。
なかなか悪くない判断基準である。態度は軽いが、意外と人を見る目はある男のようだ。
「でも、この宇宙でもベルゼブルって出るのかよ? ここって俺らの銀河じゃないんだろ?」
エリオットは、急に眉を顰めて、怪訝そうな表情になった。
「何処でその話を聞いたんだ」と言いたげであるが、実際にはスルーした。
「まあねぇ、でも、いない保障はないし。ここがホントに余所の銀河だって言うなら、それはそれで違う敵性生物や未知の知的生命体だっているかも知れないし。備えあれば憂いなしって言うじゃない?」
「まあな」
ベルゼブルとは違う敵性生物、それに未知の知的生命体。
こんな時にあまり考えたくもない話だが、ありえないとも言い切れない。
実際、天の川銀河には人類という知的生命体とベルゼブルという危険生物が存在していたのだから、この銀河にも、そんなものがいてもおかしくはない。あるいはもっと性質の悪い、地球より科学技術が進んだ好戦的なエイリアンとかがいても不思議はなかった。
「いや、ベルゼブルなら、いるぞ」
ドラグーンの周りをひとまわりしていたセーナが帰ってきて、口を挟んだ。
どうしてそんなことが言い切れるのか? と尋ねるより早く彼女は答えを言った。
「少なくても、私たちと一緒にこの銀河へジャンプした個体がいる」
一緒にこの銀河へジャンプした個体。
そんな話は初耳だった。
「……はぁ? そんなもんがいんなら、なんでまだ船が無事なんだよ?」
「おそらく、もっと価値の高い攻撃目標を見つけたのだろう。……有機物の存在する惑星、とかな」
涼しい顔をして、無茶苦茶なことを言ってくる女である。
「なんで黙ってた!」
「何故、いちいちおまえに報告する義務がある? 第一に、そういう過剰反応が鬱陶しい」
セーナは、こちらをバカにした風に「ふっ」と鼻で笑った。
「第二に、知ったところでおまえに何が出来た? 何が出来る? 何もないだろう? せいぜい運命を呪い、人生を悲観し、絶望するくらいだ」
セーナは、ここぞとばかりに畳みかけてくる。
たぶん、やり返しているのだ。執念深い女である。
ひどく腹が立ったが、マッカは何も言い返せなかった。
確かに、何も出来ることはないし、理論立てて反論できなければ、ただのヒステリーになるからだ。
言うだけ言って満足したのか、セーナは勝ち誇った笑みを浮かべたあとエリオットへ向き直った。
「艦長代理、そのことで提案がある。ミーティングを開いて欲しい」
「ええ? ……うん、まぁ、それは構わないけど、その前にきみたちどうしてそんなに秘匿情報知ってんのかな? ブリッジメンバーしか知らないはずなんだけどねぇ?」
セーナは、「コホン!」と堰を切り、「これより本艦は緊急ジャンプに移行する! 繰り返す、これより本艦は緊急ジャンプに移行する!」と、ジャンプ前にやったアナウンスを再現してみせた。
「ああ、あれっ! きみか! いきなり船のコントロール乗っ取った女っ!」
「ああ、私だよ」
セーナは、すこしも悪びれず、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「ミーティングってのは、その件のこと?」
「違う。ベルゼブルの追撃計画だ」
マッカとエリオットは、彼女の言ってる言葉の意味がよくわからず、「ぽかん」と互いの顔を見合わせ合った。
「……追撃するの? この艦の現状で?」
エリオットは呆れたように溜め息を吐いた。
「そうだ」
セーナは、いつの間にか敬語を使うことを完全にやめていた。




