(005) 自己証明
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しばらくすると、ブリッジから艦内放送が流された。
簡単に状況が説明され、怪我人がいれば申し出るように、医療や整備などの能力があるものは名乗りでるように、ないものでもその他作業が可能なものは申し出るように、とのことである。
放送を聞いて席を立ち上がった人数は、意外と少なかった。約三分の一と言ったところか。
いくらクロセストへの入学生が地球中からの精鋭だと言っても、所詮は十六、七の学生である。肉体的にも精神的にも、まだまだ本物の軍人ほど成熟していない。
黙って待っていれば、誰かが助けてくれるとでも思っているのだろう。
いまが泣き言が許される状況ではないとわかるものだけしか立たなかった。
そうでない者たちは、現段階では邪魔になるだけなので、無理に作業を強いられなかった。
セーナが立ち上がろうとしたが、マッカは彼女の肩を抑えつけた。
「あんたは座ってろよ」
この女は、ジャンプ・ウィンドウに突入後しばらくの間プログラムを続けていた。航行を安定化させるためだ。いま〈クリスティナ〉がバラバラになってないのは、彼女の功績と言っても過言ではないだろう。
(……そしてその間、俺は指をくわえて眺めてるしかなかった)
頭が良いと言っても、所詮学生レベルの話である。あんな状況で彼に出来ることは、一つもなかった。
セーナのIQがいくつなのか、見当も付かない。文字通り、格が違う。
「……やかましい。私はパイロット志望だ。このくらい、なんともないよ」
「パイロット志望だと?」
「……なんだ、その目は」
似合う、ような気もするし、似合わないような気もする。
彼女は技術屋か、もっと偉い人間になるのかと思った。
「……その反応は、まさか、おまえも……」
セーナは「じとっ」と睨み、嫌な顔をした。
「ああ、俺もパイロット志望だ。……悪かったな?」
「別に、悪くはないよ。パイロット以外で軍隊に入りたいって人間の方が、どうかしている」
「……ああ。気分悪いが、同感だ」
セーナは、しばらく「じっ」とこちらを睨み付けて「ふっ」と鼻で笑った。
志願者たちは、一度全員ハンガーへと集められた。
使える区画の中でここが一番の広さがあったからだ。
五機積んであったはずの機動戦闘機「イフリートⅡ」は、いまは一機だけしか残っていない。
エリオット・スイッパーが艦長代理を名乗り、状況の説明を始めた。
まず地球軌道付近で予期せぬベルゼブルの襲撃にあったこと。それらは地球軌道付近に直接転移してきたこと。応戦したが救援まで持ち応えられそうになかったこと。やむを得ず亜空間航行を強行し、難を逃れたこと。不安定な空間トンネル(ジャンプ・ウィンドウ)に飛び込んだおかげで、現在地がまったく測定できないこと。そして、艦の破損状況と、死者の数。
「つまりだな。いま五体満足働けるって奴は、ここにいるのだけってことになる」
その言葉は正確ではなかったが、彼らの使命感を煽りたくて言ったのだろう。
「きみ達がまだ正規の軍属でないことは重々承知しているが、緊急事態だ。協力して欲しい」
エリオットの話が一段落すると、会場が一気にざわついた。
いまさら協力するのが嫌だというわけでもないだろうが、不安はあるのだろう。
「救援は、来るんですよね?」
「もちろん来るとも。運がよければ明日にでも。運が悪ければ百年後かも。とりあえず救難信号は出しているが、通信は繋がらない。……だから、ともかく艦の修繕を最優先としようじゃないか? 艦が直れば、あとはどうにでもなるだろう?」
エリオットは、現在地が天の川銀河ではないことは、言わなかった。まだ知らないのか、伏せているのかわからないが。当然、マッカだけは知っていたが。あえて言ったりはしなかった。結局、それ以上の方策はないからだ。
漠然とした指標でも、あれば、人は合理的に生きられるだろう。艦さえ直せば助かるのだと思えば、彼らは進んで仕事をすることができる。その希望が偽りであることは、いまは伏せておく。それでも艦の補修が最優先であることには変わりないのだから。
また、何者かにハッキングされてジャンプを強行させられたことも言わなかった。言っても混乱を招くだけだとわかるくらいの分別のある人間のようだ。
「まずは遺体の片付けからだ。できそうにないと思うものは、他の仕事をしてもいい」
乗客は数名程度だが、乗員は戦闘中だったため、多くのものが身体を固定できず亡くなっている。この船、〈クリスティナ〉の艦長も重症を受け、いまは医療ポッドに入ってるそうだ。だから、エリオットが艦長代理をやっているらしい。
ちらりと、セーナの表情を確認する。
決然とした仏頂面を浮かべている。
遺体の片付けなんかやりたくないが、やる、と決めてる顔だ。
視線に気付いたのか、セーナが不意にこちらへ向き直った。
「……余計なお世話だ」
「何も言ってねえだろ」
セーナは、「お見通しだ」とでもいう風に何故かちょっと得意げな顔をして鼻を鳴らした。
ひどく腹が立ったが、いますぐは反撃の言葉が見つからない。
マッカは「ちっ」と舌打ちをしてそっぽを向いた。
さっそく、エリオットから密封パックを受け取り艦内を遊泳する。
「別に、私に付き合う必要はないんだぞ?」
「そういうの、自意識過剰って言うんだぜ? 覚えとけ」
セーナが不愉快そうに表情を歪める。
マッカは胸の裡で「ぐっ」とガッツポーズをした。
(よし、一点返せたな)
やられた分はかならずやり返さざるを得ないのがマッカという男である。
意固地な上に神経質なのだ。たちが悪い。
まだ重力の戻らない艦内をエルのナビゲートに従ってしばらく泳ぐ。
いくつかの区画は隔壁が開けられず、通れなくなっていた。
やがて、目標物――無造作に宙を漂う白い宇宙服を発見した。
ヘルメットを外してやると、首が異様な方向へ折れ曲がった。
口から何か液体が溢れ、無重力の空間に広がって行く。
さすがのセーナも一瞬ひるみ、「びくっ」となった。
らしくない姿ではあるが、こんなことを茶化す気にもなれず、見なかったことにしてやった。
頸動脈に触れ、改めて遺体の死亡を確認する。廊下でやるわけにも行かないので、手近な部屋へと運びいれた。部屋はトレーニングルームらしく、ちょっとした広さとさまざまな器具やベンチもあった。そこへ固定して寝かせ、宇宙服を脱がしていく。足の一部も折れていて、引っかかった。
自分の手が微かに震えているのがわかった。吐き気もする。
言い訳などしたくはないが、人間の死体を見て、触れるなんて、初めてだ。
自分がいま微妙な顔をしている自覚があったが、意識しても変えられなかった。
ズボンに手を入れ、足を引き抜く。
足は異様に冷たく――素手でもないのに、見かけよりずっと細く感じた。手のひらから全身の熱が――あるいは他の何かが、奪われていくような感じがする。そんなもの錯覚だとわかっているが、いますぐこの手を離し、放り出したかった。
作業を終えても、指先の震えが止まらなかった。セーナはちらりとその指へ視線を向けたが、何も言わなかった。
情けない姿を見せてしまった。
おあいこかも知れないが、向こうは女でこちらは男、対等とは言えないだろう。
情けなくて堪らなかった。
不意に、エリカの言葉が脳裏に蘇る。
――ないわよ。
全身から嫌な汗が「ドッ」と吹き出す。
――マッカが大事なのは自分だけ。自分が他人からどう見られるかって、それだけよ。
地球へ残して来たはずの“彼女”が突然目の前に現れて、さらに言い募る。
『人が死んでいてその片付けをしているというのに、結局あなたの考えることは、自分のことばかりじゃないの!』
それは、あきらかな幻覚。こんなところに――宇宙船、しかも、地球から百万光年以上離れた未知の宇宙に“彼女”が存在しているはずもなく。それでも怒鳴り返さずにはいられなかった。
「うるせえ!!」
当然、“彼女”の姿は掻き消え、目の前にいたのは、怪訝そうに眉根を寄せるセーナだった。
「……なんだ? いきなり」
マッカは何も言い返せず、ただポカンと口を開け、――閉じる。
少し待って。蚊の鳴くような声をやっと絞り出した。
「なんでも、ない……」
だが、心がないとまで言われた男だ。立ち直りは早かった。
セーナが「じっ」とこちらの様子を見ていることに気づき、言ってやる。
「……余計なお世話だ」
前に自分の使った言葉をそのまま言われて、セーナは「むっ」と表情を歪ませた。
マッカは、胸の裡で「ぐっ」とガッツポーズする。
(二点目……!)
そうさ、と胸を張る。
これが俺だ、という自負がある。
他人をねじ伏せ、自分の優位さを思い知らせるこの瞬間が、堪らない。
これまで自分のやってきたことが、間違いじゃなかったと、無駄じゃなかったと、証明されるような気がする。
確かに問題はあるのかも知れないが、きっと誰にも理解されないのかも知れないが。
ちょっとだけ、ナルシスト。
彼自身は、いまの自分を気に入っている。
こんなことで己を曲げるくらいなら、初めから宇宙軍になんか志願しなかった。
だから、良い。何も問題はない。
「オラ。次、探すぞ」
「……私に指図するな」
二人はときどきいがみ合いつつ、しばらく作業を続けた。




