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(002) 「第一章」 運命の宿敵

  第一章

   1


「青い! ほんとうに、青いんだな……、……すげえ!」

 少年――クレナイ・マッカは、突然、窓の方へ身を乗り出して、喚声をあげた。

 無限の夜を思わせる真っ暗い闇のなかに、ぽっかりと浮かぶ蒼い惑星が見える。

 地球である。

 彼が生まれ、育ち、そして、いま、巣立った星だ。

 二度と帰れないというわけでもないけれど、少なくても四、五年の間は帰る機会はないだろう。

 彼はいま、アルゼナ行きのスペースシャトルに乗っている。

 アルゼナというのは、宇宙軍の本拠地がある恒星系の名で、本艦――恒星間輸送艦〈クリスティナ〉は、そのアルゼナにある宇宙軍士官学校への今年の入学生ばかりを乗せた特別便だった。つまり、彼も入学生の一人なのである。

 世は二二世紀。

 人類は太陽系を飛び出し、銀河の至る所に生存圏を広げるまでに繁栄している。

 宇宙時代である。

 それでも、生まれたのが地球であれば、宇宙に一回も出たことがないという人間くらい、たまにはいて、マッカもその一人だった。

 初めて宇宙(そら)から眺める地球というのは、やはり、特別で。

 想像していたよりずっと、美しく。マッカは、柄にもなく歓声なんかあげてしまった。

「やかましいぞ。静かにしろ」

 突然、冷たい声を浴びせられ、盛り上がっていた気分が一気に醒めてしまった。

 振り向くと、隣の席(通路側)に座る少女が、何故か仏頂面を浮かべて、訝しむ眼でこちらを眺めている。

 十七、八くらいの若い女の子(と言っても、彼自身を含め、このシャトルの乗客のほとんどは同じくらいの年頃だが)。肋骨飾りの付いた黒色の上下、すなわち、彼と同じ士官学校の制服を着ている。

 陶器のような真っ白な肌と、力強い金色の見事なブロンドの髪をした白人の少女。だが、もっとも特徴的なのは、その美しい青い瞳で、地球にも劣らないくらい澄んだ青をしている。

 表情は訝しげで、愛想はないが、顔立ちは綺麗で、きりっとひきしまっている。

 ……美少女だ。

 少女は、まるでマッカの頭のなかをのぞき込み、すべてを見透かそうとでもしているみたいに、じっと彼の眼を見つめて、離さなかった。

(なんだよ、この女……)

 マッカは所詮、思春期の男の子。

 美少女にじっと眼を覗き込まれて、平然としていられるわけがなかった。

 だが、女なんかに見つめられたくらいで自分が動揺するというのは、彼にとって受け入れがたい事態でもあった。

 マッカは、ブンブンと一度、首を振り、「きっ」と少女の瞳を見つめ返した。というか、睨み返す。

 自慢じゃないが、マッカは自分の容姿には自信があった。顔立ちは整っているし、背が高く、がたいも良い。地上で通っていた高校では、ファンクラブまであった。

 確かに彼女は美少女だが、自分だって美少年――とまでは言わないものの、そこそこ良い線行ってると思うのだ。だから、動揺など見せない。

 ちょっとだけ、ナルシスト。

 だいたい、窓の外を見て歓声をあげただけだ。

 確かに、少しはしゃぎすぎたと思わないわけでもないが、こんな風に高圧的に文句を言われると、素直に謝る気になれなかった。

 確かに、見かけは綺麗だが、愛嬌の欠片もない女である。

「あんたも外眺めてみたらどうだ? 地球が、すげえぞ?」

「別に、地球なんか珍しくもないだろう」

 少女は、「おまえは何世紀前の人間なんだ?」という風に鼻で笑う。

 なにやら無性に気恥ずかしくて、言い訳がましいことを言ってしまった。

「宇宙にでるの、初めてなんだよ」

「……だとしても、それは船外モニターの映像を写してるだけのスクリーンだよ。地球で中継を見るのと変わらないと思うが」

 身も蓋もないことを言う女だ。

 しかも、妙に喧嘩腰。いや、彼もぜんぜん人のことは言えないが。

「変わるだろうが! ぜんぜん違げえよ! こう、迫力とかよう、臨場感とかよう。この薄壁一枚隔てた向こう側に、本当にこんなもんが浮かんでるんだなって想像するだけで、……こう、違うだろうが?」

 少女は、顎に手を当て、考える風にいったん視線を外し、また戻した。

「わからないな。おまえ、頭がおかしいんじゃないのか?」

「おかしいのは、あんたの方だ」

 とんでもない冷血女である。

 確かに、彼女の言うことは理屈ではあるが。

 確かに、今時地球の映像なんか珍しくもないだろうが。

 あれだけ美しいものを眺めて、そんな感想しか浮かばないなんて。

「さては、あんた、心がないな!」

 マッカはつい、得意顔になって言ってしまった。

 少女は、一瞬「むっ」と表情を険しくしたが、急に寂しげに視線を伏せ、顔をそむけた。

(……やっちまった……)

 この言葉の持つ破壊力は、マッカ自身が身に沁みていちばん良くわかっていたのに。使ってしまった。言い過ぎだった。

 しかし、悪いことをしたと思いつつ、素直に謝れないのが、マッカの性分だった。ただ、気まずげに頭を掻く。

 少女は、不機嫌そうに、そっぽを向いている。

 マッカは改めて、少女の容姿を観察した。

 豊かで艶やかな金色の髪。ゴールドブロンド。

 宇宙でこんな長い髪は不便だろうが、というか、これからの士官学校での生活で許されるのか疑問だが、とにかく、美しかった。

 彼女自身もお気に入りで、だから、伸ばしてるのかも知れない。

 鼻梁は高く、眼光は鋭く、小さく形の良い唇は、凛と引き締まっている。

 ただ綺麗とか整ってるというだけではなく、顔には彼女の気の強さと、芯の強さがよく現れていて、凛々しいのだ。

 やはり、いちばん印象的なのが、青い瞳だ。

 海や宝石のような静かな青さではなく、明々と輝く、炎の青だ。

 彼女のなかで沸々と湧き上がる知性の煌めきを感じさせる。

 透き通るような白肌。

 すらりと痩せているが、華奢ではない。背筋がまっすぐに伸びており、姿勢が良い。堂々としているのだ。

 胸の大きさだけは、若干、控えめで、その姿勢の良さが、平らさを余計に際立たせているのだけが、欠点と言えば、欠点か。

 ――と、いきなり平手打ちがとび、マッカは、頬を叩かれた。

 バチン!

 と、甲高く炸裂音が響き、頬がジンジンと痛み……、疼き……。ようやく自体を理解する。

(叩かれた!?)

「い、いきなり、なにしやがる!」

 少女は、すこしも悪びれた様子はなく「ふんっ」と鼻を鳴らした。

「いま、厭らしく視線を上下に動かして、私の身体を眺め回していただろう。しかも、胸の所で急に残念そうな顔になった。ひどい侮辱だ」

「……ご、誤解だ!」

「嘘を吐くな。私の考察眼は確かだよ。人の胸の大きさを見て笑うなんて、最低だぞ。場所が場所でなければ、撃ち殺しているところだ」

 少女は、好き放題言って責め立てる。相当腹を立てているようだ。だが、少年と少女の価値観は違う。マッカは重度の男尊主義者で、女に殴られるというのは、彼にとって、非常に面白くないことだった。

 確かに、ちょっとだけガッカリしたのは事実だが。

 だが、なにより腹が立ったのが、彼女に見惚れて、あっさり叩かれてしまった自分の迂闊さである。

「胸が小さいのが、コンプレックスなのか?」

 マッカは、「へっ」と舌打ちをして、言い返す。言わなくても、いいことを。

「確かに小せえが、小せえんだから、仕方ねえだろ? 男に会うたび全員を殴り飛ばして行くつもりかよ?」

 少女は、今度は拳をグーに握り、突きだしてくる。

(――来る!)

 だが、それは予想していた攻撃だったので、マッカは素早く首を引っ込めて簡単に回避できた。

 空振り。

 そう、さっきの暴言は、あくまで挑発で、本当の仕返しは、いま、この瞬間だった。

 マッカは、「どうだ?」とでも言うように、「ふふん」と得意げに鼻を鳴らしてウィンクしてみせる。

 少女は、余計に怒り、腹立たしげに唸った。

 敵愾心が人一倍強く、やられたら、かならずやり返すのが、マッカの性分だった。

 だが、それは彼女の方も同じらしかった。

「……死にたいらしいな」

 きつく握りしめていた拳をいったん開き、静かに懐へ持っていく。

 懐から拳銃を取り出し、その銃口をマッカに突き付けた。

(……拳銃!?)

 モールニア社のP139。小振りで無反動、充電式のビームガンだ。

 だが、驚いたのは、一瞬。

 ここは、宇宙船の客室である。冷静に考えれば、拳銃なんか持ち込めるはずがない。ハッタリに決まっている。――常識的に考えれば。

 マッカの緊張した態度が崩れると、少女は、(しな)を作って、ひどく可愛らしく、微笑んでみせた。

「ああ、冗談だよ」

 やっぱり、なんて溜め息を吐きかけて。

 少女は、そっと唇を緩めて、冷たい笑みを浮かべた。「ゾッ」と背筋に悪寒が奔る。

「おまえみたいなデリカシーのない男は、死んだ方が世のためだ。と言いたいところだが、さすがに、この場では証拠を残しすぎる。スタンだけで勘弁してやろう」

 つまり、冗談なのは「殺す」という一点だけで、銃は本物だし、撃つ気もあるということらしかった。

 確かに、充電式のP139は、発射出力を段階的に調整することができ、最低なら気絶程度に威力を抑えることも出来る。出来るのだから、脅しではないということだ。

 ――そう、彼女には、すこしも常識など通用しない。

 どうやってか、客室に本物のビームガンを持ち込み、躊躇いなくそのトリガーをひく女だった。

「おやすみ……、――なに?」

 しかし、マッカは、すばやく飛び退き、光線を回避する。彼は彼で、常識などが通用するほど甘い男でもない。

 降参というように、無防備に両手をあげつつ、本来は無理な姿勢から、背筋の力だけでいきなり跳ね起きる。そのまま、拳銃を握る手を平手で狙った。しかし、少女の立ち直りは早く、空振りだった。

 少女は、素早く立ち上がり、通路まで後退した。充分な間合いを確保し、改めて拳銃を構え直している。

 マッカは、少女へ飛びかかろうとして、――しかし、足を止められた。

「動くな。動けば、撃つ。……動かなくても、そのうち、撃つが」

 動けない。動けば、撃つだろう。宣言通りに。

 そしてこのタイミングでは躱せない。

 彼女にはまったく隙がなく、マッカはそれ以上の反撃を完全に封じ込められてしまった。

 今度こそは外さないというように、両手でグリップを握り、しっかり狙いをつけている。

「ふぅん、大した反応だな。さすがは、クロセストの入学生というところか。――だが、次は、外さない」

 確かに、次を躱せる自信は、ほとんどなかった。

 一回目を躱せたのは、彼女に油断があったからだ。それでも、拳銃を奪うまでには至らなかった。今度は確実に当ててくるだろう。一発だけなら躱せても、二発、三発と続けて撃たれれば躱せない。

 相手が普通の素人なら、拳銃を向けられたくらいで不利とも思わないが。そもそも機内に拳銃を持ち込んでいる時点で、彼女は普通などではなかった。

「……そうだな。素直に頭を下げれば、許してやらないこともないぞ?」

 少女は、どこまでも態度の偉そうな女だった。

「誰が下げるか! ぺったんこ!」

 マッカはマッカで、強情だった。

「……ぺったんこ……だと……?」

 少女のこめかみに青筋が浮いた。怒りで指先が震えている。だが、少女は、一度深呼吸をして気分を落ち着かせた。たぶん、自分はクールな人間だとでもいう自負があるのだろう。必死に怒りを抑え、冷静さを取り繕っている。

「……バカ野郎だな、おまえは。素直に頭を下げれば、許してやると言ってるのに、平然と命を賭けてくる。まあ、スタンモードだから、死にはしないだろうが。……激痛だぞ?」

 マッカは、ちょっとしたヘソ曲がりで、追い詰められれば追い詰められるほど、態度が強硬になっていく。

「はっ! 何勝手に勝ち誇ってやがる? まさか、俺がこのまま黙って撃たれるとでも思ってんのかよ? ――ああ、確かに、可能性は低い。状況は絶対的にあんたが優位だろうよ。だが、ゼロとは思わないし、絶望もしてない。――あんたこそ、いま頭を下げれば、許してやるぞ? いまなら間に合う。確かに。だが、忘れるな。そのトリガー引いた瞬間、俺も攻勢に出る。今度こそ、逃さない。あんたにも命を賭けて貰う。言っとくが、さっきのはこっちだって加減したんだ。女だからな。今度は銃ではなく、急所を狙う。首、胸、肺。まあ、死にはしねえだろうが、覚悟はしておけ。……激痛だぞ?」

 マッカは、静かに腰を沈め、手刀を構えた。

 少女は、一瞬、呆れたように表情を崩し、「くすくす」と小さく笑ってから、また真剣な顔に戻った。

「……おまえほど頭のおかしい男は、初めてだぞ?」

「俺だって、あんたほど頭のイカれた女は初めてだっての」

 少女は、姿勢と視線は動かさないまま、不敵に笑んだ。

「セーナ・ハーステイン。おまえを地獄へ送る女の名前だ。覚えておけ」

「……クレナイ・マッカ。……別に、覚えなくていい」

 この瞬間、マッカは、彼女は生涯自分の敵になる女だ、と直感した。

 敵だ。

 一目見たときから、なんだか、妙に気に入らなかったのだが。

 いま、その理由がわかった。

 理屈ではなく本能的にそりが合わない。

 お互い、妙に敵愾心が強く、たぶん、彼女と自分には、すこし似たところがあって、それが磁石のS極とS極みたいに反発しあって、相容れないのだ。

 運命の宿敵。

 二人は、しばらくの間、じっと睨み合い、一瞬の隙を探り合った。

 

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