表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/80

第73話:王国の光、祈りの果てに

クレーターの底を一直線に切り裂いた黒と赤の炎の道。それは、ガルディア帝国を統べる二人の男が、自らの命の限界を削り取って切り開いた希望の軌跡であった。

その炎の道を、地球防衛軍の三人の戦士たちが、青白いプラズマの火花を散らしながら猛然と駆け抜けていく。

ジン、ヴォルフ、シオン。大破した三機のPM-ギアはネットワークで強引にリンクされ、互いの不足を補い合いながら、崩壊する世界の中心にそびえ立つ魔王、PM-ゼロギアへと迫っていた。

「忌々しい。どこまでも、どこまでも私の計算を狂わせるというのか。この期に及んで、まだ私に抗うか、羽虫ども」

ゼロギアの胸部に埋め込まれた赤いクリスタルの中で、東郷創一の狂気はついに臨界点を超えようとしていた。

彼は、帝国が命を懸けて放った覇道の一撃を、ただの無駄なあがきだと嘲笑っていた。しかし、その一撃が作り出した道を迷いなく突き進んでくる三人の姿を見た時、彼の心の中にある理解できないものへの恐怖が再び首をもたげたのだ。

地球の科学の限界を超え、魔法という概念すらも超え、ただ人間の意志という不確定な熱量だけで神に立ち向かってくる存在。

「消えろ。私の視界から、永遠に消え去れええええええええっ」

東郷の絶叫と共に、ゼロギアの背部に展開された四対の漆黒の翼から、数え切れないほどの赤黒い球体が空へと打ち上げられた。

それは、一つ一つが街を一つ消し飛ばすほどの質量を持った、高密度の暗黒プラズマの塊であった。ブラックホールの引力によって上空で静止した無数の暗黒球体は、次の瞬間、凄まじい驟雨となって、炎の道を駆け抜ける三人へと一斉に降り注いだ。

「チッ、弾幕が厚すぎるぞ隊長。あの数を全部避けきるのは不可能だ」

ヴォルフが顔を歪めながら叫ぶ。

「今の私たちの装甲出力では、あの暗黒プラズマを一つでも受ければ、システムが完全に崩壊します。防ぐ手段がありません」

シオンもまた、絶望的な予測を口にした。

ジンの瞳もまた、その死の雨を前にして険しく細められていた。彼らの意志がどれほど強靭であろうと、物理的な限界というものは存在する。三人の命を燃やしてひねり出した推進力は、すでに底をつきかけていた。

だが、彼らがその死の雨に飲み込まれる直前。

崩壊し、瓦礫の山と化していたルミナス王国の本陣跡地から。

太陽が昇るような、眩いばかりの純白の光が、世界を包み込むようにして広がったのである。

時間を少しだけ遡る。

帝国のルーファスとレオンが最後の一撃を放ち、大地に倒れ伏したその時。

反対側の陣地で、血の海に倒れていたルミナス王国聖王女エリアーナと、賢者ルカ・エヴァンズもまた、薄れゆく意識の中でその光景を目に焼き付けていた。

「……なんという、気高き炎。あれが、ガルディア帝国を統べる者たちの、最後の誇りなのですね」

エリアーナは、泥に汚れた純白のドレスを血に染めながら、静かに呟いた。彼女の体は、ゼロギアの放った凄まじい衝撃波によって深く傷つき、もはや立ち上がることすら叶わない状態であった。

「ええ……。彼らは、自らの死をもって、未来をあの戦士たちに託したのです。かつて私たちが、決して相容れないと憎み合っていた帝国の者たちが、自らの命を削って……」

ルカもまた、砕けた杖を握りしめたまま、血を吐きながら答えた。

ルカの視界の先には、炎の道を駆け抜けるシオンの姿があった。

ルミナス王国の聖騎士として迎えられ、偽りの正義に縛られていた彼女。だが、今の彼女は違う。誰に与えられたものでもない、彼女自身の意志と誇りを胸に、愛する仲間たちと共に絶望へと立ち向かっている。その背中は、ルカがこれまで見てきたどんな聖典の言葉よりも、美しく、そして尊かった。

「殿下。私たちは、どうしますか」

ルカは、静かにエリアーナに問いかけた。

「王国の民は、その多くが上空の渦に飲み込まれてしまいました。私たちを縛っていた八賢者の鎖も、聖典の掟も、今やこの崩壊する世界の前では何の意味も持ちません。……ですが、私たちにはまだ、最後にできることがあるはずです」

エリアーナは、血に濡れた顔をゆっくりと上げ、ルカを見つめた。その瞳には、かつて神託の巫女として傀儡を演じていた頃の虚ろな光はなかった。

一人の人間として、この世界を愛し、守りたいと願う、真の王女の瞳であった。

「ルカ。私はずっと、鳥籠の中で偽りの祈りを捧げてきました。世界が平和でありますようにと口にしながら、本当は誰一人救うことができない自分の無力さに絶望していました」

エリアーナは、震える両手を胸の前でそっと組んだ。

「ですが、今は違います。シオンや、ジンやヴォルフ。彼らが教えてくれました。真の祈りとは、ただ神にすがるものではなく、自らの意志で未来を切り開こうとする者たちの背中を、持てるすべての力で後押しすることなのだと。……私は、私のすべてを懸けて、彼らの未来を守りたい。そして、彼らが帰る世界と、私たちのこのエルドラという世界を、必ず繋ぎ止めてみせます」

ルカは、エリアーナの決意に満ちた言葉を聞き、優しく微笑んだ。

「同じ気持ちです、エリアーナ殿下。私も、私の愛する人が命を懸けて駆け抜ける道を、これ以上悲しみで汚させはしない。……行きましょう。私たちが、本当の自由を知った王国の力を見せる時です」

二人は、互いの体を支え合いながら、ゆっくりと立ち上がった。

「大いなる光よ。どうか、この世界を愛するすべての命に、加護を与えたまえ」

エリアーナの祈りの言葉と共に、彼女の体内から、これまでにないほど純度が高く、そして温かい黄金の魔力が溢れ出し始めた。

それは、王国の聖典に記されたいかなる奇跡よりも強大な、己の生命力そのものを光へと変換する究極の白魔法の行使であった。

ルカは、そのエリアーナの祈りを自らの高度な魔力演算回路に直結させ、崩壊する空間全域へとその光を拡散させていく。

「ただ彼らを守るだけではありません。殿下、どうかあの気高き帝国の者たちにも、祈りを」

「ええ、ルカ。わかっています。もはや帝国も王国もありません。このエルドラを愛する心は、皆同じなのですから」

エリアーナの祈りは、光の帯となってクレーターを横断し、遠く離れた帝国の本陣跡地へと真っ先に届いた。

魔力を使い果たし、命の灯火が消えかけていたルーファスとレオンの体を、温かい黄金の光が優しく包み込んだ。

「なんだ……この光は」

薄れゆく意識の中で、ルーファスが呟く。

「王国の……白魔法。まさか、あの忌まわしい偽善者どもが、我々を死の淵から……」

レオンが自嘲気味に笑おうとしたが、その光のあまりの温かさに、言葉を失った。

黄金の光は、彼らの傷を直ちに完治させるものではない。だが、彼らの失われゆく生命力を光の結晶の中に閉じ込め、極限の仮死状態としてこの崩壊する世界から完全に隔離し、保護したのである。

「死なせません。あなたたちが切り開いた未来を、その目で見届けるまでは」

エリアーナの優しい声が、二人の脳裏に直接響いた。

ルーファスとレオンは、その光の温もりの中で、初めて王国という存在を心の底から受け入れ、静かに目を閉じて深い眠りについた。黒魔法の反動で散ろうとしていた帝国の命は、王国の白魔法によって確実に未来へと繋がれたのである。

そして、ルカとエリアーナの放った究極の白魔法の輝きは、さらなる極大の光の奔流となって、クレーターの底へと向けて放たれた。

東郷の放った無数の暗黒プラズマが、ジン、ヴォルフ、シオンの頭上に降り注ぐ、まさにそのコンマ一秒前。

世界を真っ白に染め上げるほどの黄金の光が、彼ら三人の頭上に巨大な光の天蓋を展開したのである。

ズドォォォォォォォォォォォンッ。

絶望の雨が、光の天蓋に激突し、凄まじい爆発を繰り返す。だが、エリアーナとルカが命を懸けて展開したその神聖なる絶対防壁は、一ミリの揺らぎも見せることなく、暗黒のプラズマをすべて弾き返し、霧散させていった。

「なんだ、あの光は。王国の白魔法だと。なぜだ、この空間の魔力はすべて私が支配しているはずだ。どうして魔法が発動する」

ゼロギアの内部で、東郷の悲鳴じみた叫びが響く。彼には理解できなかった。大地の魔力脈という外部のエネルギーに依存する魔法が、なぜゼロギアの絶対的な支配から逃れられるのか。

彼が気づいていない真理。それは、エリアーナとルカが発動した魔法が、外部の魔力ではなく、彼ら自身の魂と生命力を直接燃やして生み出された、純粋な祈りの結晶だったからだ。数字や計算式では決して測ることのできない、人間の持つ究極の自己犠牲の精神。孤独に世界を壊そうとする狂気の科学者には、永遠に理解できない光であった。

「これは……王国の光」

シオンが、頭上に展開された黄金の天蓋を見上げて声を震わせた。

その光は、ただ攻撃を防ぐだけではなかった。天蓋から降り注ぐ黄金の粒子が、三人の大破したPM-ギアへと舞い降りていく。

黄金の粒子が粒子金属に触れた瞬間、冷たい金属の装甲がまるで温かい血潮を取り戻したかのように鼓動を始めた。ショートしていた回路は光の糸によって縫い合わされ、欠損したパーツは光そのものが実体化して強引に補っていく。

地球の科学とエルドラの魔力が再び完璧な融合を果たし、三機のPM-ギアは、これまでのどんな状態よりも美しく、そして強靭な真の完全形態へと修復と進化を遂げたのである。

ジンのムラサメは純白の刃に黄金の雷を纏い、天使と悪魔の力は祈りによって完全に浄化され、破壊と守護を両立する至高の刃へと昇華した。

ヴォルフのファフニールは再び黒く重厚な輝きを取り戻した上で白銀の魔力回路を走らせ、限界を超えた出力を安定させている。

そしてシオンの折れたロンギヌスは、光そのもので構成された絶対の聖槍として復活を果たしていた。

「ルカ様……。エリアーナ殿下……」

シオンの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。

この絶対的な防壁と修復の光が、二人が自らの命を限界まで削り取って展開した究極の魔法であることを、彼女は直感で理解していたからだ。

泣かないでください、私の愛する人。

シオンの脳裏に、優しく、そしてどこまでも温かいルカの声が直接響き渡った。

あなたの顔には、悲しみは似合いません。あなたは、私たちの誇りであり、未来そのものなのですから。

「ルカ様……駄目です、これ以上魔力を引き出せば、あなたは……」

案ずることはありません。私は死にはしませんよ。

ルカの声は、優しくも力強かった。

私たちは約束したはずです。この戦いが終わったら、身分も国境も関係ない、誰もが自由に笑い合える新しい国を、二人で一緒に創ろうと。私は、その約束を絶対に破りません。……ただ、少しだけ、休ませてください。限界まで魔力を使ったことで、私たちは深い眠りにつくだけです。

ルカの言葉は、決して強がりではなかった。

彼とエリアーナの体は、ルーファスたちを保護したのと同じように、自らが放った黄金の光の結晶に包み込まれ、絶対的な保護状態へと移行しつつあった。命を完全に使い果たす前に自らを封印することで、崩壊する世界から命を繋ぎ止めたのである。

シオン。私の愛と、この世界の未来を、あなたに託します。……どうか、必ず生きて、私の元へ帰ってきてください。

「……はいっ。必ず。必ず、あなたの元へ帰ります」

シオンは、涙を拭い、光の槍を力強く握りしめた。彼女の瞳に、もう一切の迷いはなかった。

ジン殿。ヴォルフ殿。

続いて、エリアーナの凛とした声が、二人の脳裏に響く。

あなたたちの故郷へ帰る道は、私たちが必ず守り抜きます。どうか、あなたたちの世界と、私たちの世界を……この狂気から救ってください。地球の戦士たちよ、私たちの祈りを、力に変えて。

その言葉を最後に、ルカとエリアーナの声は完全に途切れた。

ルミナス王国の本陣跡地で、二人の体は美しい黄金のクリスタルへと変貌し、崩壊する大地の瓦礫の中で、静かに、しかし確かな希望の光を放ち続けていた。

「……上等だ。あんたらのお姫様とインテリの覚悟、確かに受け取ったぜ」

ヴォルフが、完全に修復され、さらなる出力を得たファフニールを構え、凶悪な牙を剥いて笑う。

「隊長。私たちの背後には、もう誰も死なせません」

シオンが、黄金の光を纏ったロンギヌスを突き出し、凛とした声で宣言する。

ジンは、何も言わなかった。

だが、そのバイザーの奥の瞳は、これまでにないほどの激しい闘志と、すべてを背負い抜くという究極の覚悟に満ち溢れていた。

帝国の皇帝と宰相が、命を削って炎の道を切り開いてくれた。

王国の王女と賢者が、命を懸けて光の防壁と力を与えてくれた。

そして、左右には、絶対に自分の背中を守ってくれる最強の仲間がいる。

もう、一人ではない。エルドラのすべての命と願いが、今、彼ら三人の背中を力強く押し出しているのだ。

「行くぞ。あの狂った神を、ただのガラクタに引きずり下ろす」

ジンの静かで、しかし絶対的な命令が下された。

黄金の光の天蓋が弾け飛び、暗黒の驟雨が完全に止む。

三人の戦士は、大地の魔力と地球の科学、そして人々の祈りが完全に融合した究極の力を身に纏い、一直線に魔王PM-ゼロギアの懐へと向かって飛翔した。

希望の炎と光に導かれた、最終決戦の火蓋が、今ここに切って落とされたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ