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第7話:絶対の信頼と絆

2037年。異空間予報システムが本格稼働を始め、人類が未確認生命体に対して完全な優位を確立してから数ヶ月が経過していた。

防衛軍前線基地の地下深くに設けられた、巨大なシミュレーションルーム。

全面が特殊なプロジェクションパネルで覆われたその空間では、現在、極めて実戦に近い環境での戦闘訓練が行われていた。

「右舷から五体! シオン、壁を作れ!」

「了解! 抜かせません!」

ジン・クロサワの鋭い指示に呼応し、シオン・ミカゲが地を蹴った。

仮想現実のホログラムとして再現された市街地エリア。崩壊したビルの影から次々と湧き出してくる未確認生命体のデータ群に対し、シオンは脚部の粒子金属スラスターを全開にして空中に舞い上がる。彼女の両手には、高速戦闘に特化した青白い双剣が握られていた。

「そこよ!」

シオンが双剣を交差させて振り下ろすと、粒子金属の刃がホログラムの怪物を正確に両断する。仮想空間とはいえ、PM-ギアのベルトは装着者の動きと脳波を完全にリンクさせており、筋肉には実戦と同等のフィードバック負荷がかかっていた。

彼女が一体を切り捨てた直後、別の怪物が死角から巨大な爪を振り下ろす。しかし、シオンは焦る素振りすら見せない。彼女の背後には、圧倒的な火力を持つ仲間が控えているからだ。

「どけ、シオン! 俺の射線を塞ぐなよ!」

通信機越しにヴォルフ・シュナイダーの獰猛な笑い声が響く。

彼はシミュレーションルームの中央に陣取り、両腕に巨大な粒子ガトリング砲を展開していた。銃身が高速回転し、仮想の重粒子弾が嵐のように解き放たれる。

毎秒数百発という桁違いの弾幕が、シオンに襲いかかろうとしていた怪物を、その後方に群がっていた数体ごとミンチに変えた。

「相変わらず大雑把な援護ね、ヴォルフ。少しは周囲の被害を計算しなさい」

「ハッ、仮想のビルがいくつ壊れようが関係ねえだろ。敵を塵一つ残さず消し飛ばす。それが一番の防衛ってやつだ」

二人が軽口を叩き合いながらも、その連携に淀みはない。

そして、彼らが作り出した戦場のわずかな間隙を縫うように、漆黒と銀の装甲が滑り込んだ。

部隊長であるジン・クロサワだ。

彼はヴォルフの弾幕を掻き分けて前進しようとする大型のボス個体に対し、一直線に肉薄した。

「右腕部、装甲密度最大。パイルバンカー展開」

ジンの思考と直結したベルトから流体金属が右腕に殺到し、極太の鉄杭を備えた撃発兵器を形成する。

怪物が迎撃の雄叫びを上げるより早く、ジンは相手の懐に潜り込み、その巨大な胸板にパイルバンカーの銃口を押し当てた。

轟音と共に放たれた粒子の杭が、ホログラムの怪物の心臓部を正確に貫く。

直後、シミュレーションルーム全体に『MISSION CLEAR』の緑色の文字が浮かび上がり、周囲の仮想市街地と怪物のデータが、ノイズと共にフッと消え去った。

「戦闘訓練終了。……タイムは三分十二秒。また自己ベスト更新だ」

ジンがベルトのコアを待機状態に戻しながら、小さく息を吐いた。

「楽勝すぎるぜ。この前の荒野での実戦もそうだが、今の俺たちに遅れを取る要素なんて何一つねえ。このギアの力があれば、地球上のどんな軍隊だって十分で制圧できるぞ」

ヴォルフが両腕のガトリング砲を液状化させてベルトに収めながら、首の骨をポキポキと鳴らした。彼の顔には、強者の余裕と、満たされない闘争心が入り混じっている。

「地球の軍隊と戦ってどうするのよ。私たちの敵はあくまであの怪物たちよ。……でも、隊長の言う通り、予報システムのおかげで私たちの戦術はさらに洗練されてきましたね」

シオンもまた、額に浮かんだ汗を拭いながら充実した表情を見せた。

「ああ。東郷博士の予報システムにより、俺たちは十分な休息と、こうして連携を深めるためのシミュレーションに時間を割けるようになった。常に後手で疲弊していた一年前とは大違いだ」

ジンは二人の部下を見渡し、満足げに頷いた。

「シャワーを浴びてこい。その後は食堂でミーティングだ。今日のデータをもとに、さらに無駄を削ぎ落とす」

「了解!」

「はい、隊長!」

一時間後。前線基地の第三食堂。

予報システムのおかげで補給線も完全に安定し、基地の食事事情は劇的に改善されていた。

ジン、ヴォルフ、シオンの三人は、部隊専用のテーブルに陣取り、それぞれの食事を前にくつろいだ時間を過ごしていた。

ヴォルフのトレイには、山盛りの合成肉ステーキと大盛りのフライドポテト、そしてジョッキに注がれたコーラが乗っている。彼は肉の塊をフォークで豪快に突き刺し、咀嚼しながら口を開いた。

「それにしてもよ。他の連中は俺たちのことを『鋼鉄の三連星』だの『人類の救世主』だのってもてはやしてるが、実態はただの兵器の部品みたいなもんだ。俺たちがすごいんじゃなくて、東郷博士の作ったこのPM-ギアがぶっ壊れてるだけだろ」

ヴォルフは腰に巻いたままのベルトを軽く叩いた。

「否定はしないわ。この粒子金属の技術は、明らかに現在の人類科学の数十年、いや数百年は先を行っている。私たちは、その規格外の力に脳波を繋げているだけ」

シオンは、色とりどりの温野菜と白身魚のソテーを上品に切り分けながら、静かに同意した。

「だがな、俺はその事実が嫌いじゃない」

ヴォルフはコーラで肉を流し込み、ニヤリと笑った。

「俺はスラム街の出身でな。ガキの頃から、力こそがすべてだって骨の髄まで叩き込まれて生きてきた。言葉や正義なんてものは、腹の足しにもならないし、暴力を前にすれば紙切れ同然だ。この世界は残酷で、強い奴だけが生き残る。だから俺はこの軍に入ったし、誰よりも強大な火力を手に入れたかった」

ヴォルフの瞳には、過去の凄惨な記憶と、それに打ち勝ってきた己の力への絶対的な自信が宿っていた。

「このギアを纏っている時、俺は自分が神にでもなったかのような全能感を感じる。邪魔なものはすべて吹き飛ばせる。……だがな」

ヴォルフはそこで言葉を区切り、正面に座るジンへと真っ直ぐな視線を向けた。

「力がすべてだと思っている俺でも、一つだけ恐ろしいことがある。この圧倒的な力に酔いしれて、自分が何のために引き金を引いているのかわからなくなる瞬間だ。……だから俺は、隊長、あんたの背中だけを信用している」

「俺の背中、だと?」

ジンはコーヒーの入ったマグカップを置き、眉を上げた。

「ああ。あんたはどんな極限状態でも、決して力に飲まれない。市民を守るため、そして家族の元へ帰るという目的のためだけに、この兵器を『道具』として完璧に支配している。俺みたいな暴れ馬の手綱を握れるのは、あんたのそのブレない背中だけだ。あんたの命令なら、俺は地獄の底まで付き合って、すべての敵を灰にしてやるよ」

ヴォルフの言葉は粗野であったが、そこには上官に対する絶対的な忠誠と信頼が込められていた。

「ヴォルフ、あなたにしては珍しくまともなことを言いますね。少し見直しました」

シオンがふっと微笑み、ナプキンで口元を拭った。

「私も、根底にある思想はヴォルフとは真逆ですが、行き着く先は同じです」

シオンは真剣な眼差しで、ジンを見つめた。

「私は、正義とは弱者を守るための盾であり、悪を打ち払うための剣であるべきだと信じています。しかし、正義という言葉はあまりにも危うい。強すぎる力は、時として正義の名の下に暴走し、救うべき人々まで傷つけてしまう。私はそれが怖いのです」

彼女は自分の両手を見つめ、ギュッと握り締めた。

「でも、隊長の剣は違います。隊長が振るう粒子ブレードは、どんな怪物よりも速く、鋭い。けれど、その剣筋には決して驕りや怒りが混じっていない。純粋に、大切なものを守るための『優しい剣』です。だから私は、隊長の下でなら、自分の正義を見失わずに戦い抜けると確信しています」

ヴォルフの『力』への信仰。

シオンの『正義』への渇望。

相反する二つの強烈な思想は、本来なら反発し合い、部隊を崩壊させてもおかしくないものだった。しかし、彼らはジン・クロサワという揺るぎない柱を中心に、決して折れることのない強固な三角形を構築していた。

ジンは二人の言葉を静かに聞き終えると、マグカップのコーヒーを一口飲み、小さく息を吐いた。

「……買い被りすぎだ、お前たち。俺はそんな立派な人間じゃない」

ジンは照れ隠しのように視線を逸らし、自分の腰のベルトに触れた。

「ヴォルフの言う通り、このPM-ギアの力は麻薬だ。粒子金属が形成する装甲は、まるで自分の肉体が拡張されたかのような錯覚を起こさせる。空を飛び、銃弾を弾き、巨大な怪物を一刀両断する。自分が全能の存在になったと錯覚するのは、人間として当然の反応だ」

ジンは再び二人に向き直り、その瞳に静かな、しかし強烈な意志の光を宿した。

「だからこそ、俺たちは忘れてはならない。俺たちは、人間の形をした兵器ではない。兵器を身に纏った『人間』だ。痛みを知り、恐怖を知り、守るべき者の温もりを知っているからこそ、俺たちはこの力に呑まれずに引き金を引くことができる」

ジンはインナーの胸ポケットから、防水ケースに入った小さな写真を取り出し、テーブルの上に置いた。

妻のサエと、息子のリクが笑顔で写っている写真だ。

「俺が戦う理由は、正義でも、力への執着でもない。このありふれた日常を守り、生きて彼らの元へ帰ることだ。どんな過酷な戦場であろうと、俺は必ず生きて帰る。そのために、この最強の兵器を利用しているに過ぎない」

ジンはヴォルフとシオンの顔を交互に見つめた。

「お前たちも同じだ。兵器の力に己を明け渡すな。人間としての心を、絶対に手放すな。それさえ忘れなければ、俺たちは決して負けない。どんな怪物からでも、この世界を守り抜くことができる」

ジンの静かで熱を帯びた言葉が、食堂の喧騒の中で、二人の胸に深く刻み込まれた。

「……へっ。やっぱり隊長には敵わねえな。人間としての心を忘れない、か。上等だ、俺の火力で、あんたのその大事な家族の住む街に、怪物の指一本触れさせやしねえよ」

ヴォルフが照れ臭そうに鼻の頭を擦り、再びコーラをあおる。

「ええ。私たちの絆と、このギアの力があれば、人類の未来は必ず切り拓けます。これからも、共に戦わせてください、ジン隊長」

シオンが背筋を伸ばし、美しい敬礼のポーズをとった。

三人の間に、言葉以上の確かな結びつきが生まれた瞬間だった。

思想は違えど、互いの背中を預け合い、同じ目的のために命を懸ける。鋼鉄の装甲よりも固く、どんな衝撃にも耐えうる絶対の絆。

彼らは確信していた。自分たち三人が揃っていれば、この世界に越えられない壁など存在しないと。

食堂の窓の外には、人工的な地下照明ではなく、カメラが捉えた地上の青空がモニター越しに映し出されている。

穏やかで、平和な空だった。

彼らの戦いによってもたらされたこの平穏な時間が、永遠に続くと誰もが信じて疑わなかった。

しかし、彼らがこうして絶対の信頼を誓い合っていたまさにその時。

彼らが何よりも信奉し、人類の救世主と崇める天才科学者は、地下の最深部で次元の壁を崩壊させるための狂気の実験を、着々と次の段階へと進めていたのである。

鋼鉄の絆で結ばれた三連星。

彼らがその絆の真価を試されるのは、すぐ目前に迫った、破滅の日のことであった。

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