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第63話:目覚める魔王、PM-ゼロギア

空を覆い尽くす絶対的な暗黒、ブラックホールがすべてを吸い込み、世界が物理的な崩壊の悲鳴を上げ続ける中。

中立地帯のクレーターの底、崩壊しかかった簡易要塞の地下深くから、大地の軋みをも掻き消すほどの異常な重低音が響き始めた。

ズン……ズン……ズン……。

それは機械の駆動音というよりも、地獄の底で眠っていた巨大な魔獣の心臓が、永い時を経て再び脈打ち始めたかのような、悍ましくも生命感に溢れた鼓動であった。

這いつくばって絶望に沈むジン、ヴォルフ、シオンの三人は、その音の震動を自らの装甲越しに、いや、骨の髄に直接感じ取っていた。それは本能が警鐘を鳴らす、純粋な「死」の胎動。

「さあ、見給え。そしてひれ伏すのだ。これが、人類が神の領域を侵犯するために創り出し、しかし人類自身の器が小さすぎたために封印せざるを得なかった、禁忌の結晶だ」

狂気に満ちた笑みを浮かべる東郷創一の背後で、要塞の床面が十字に割れ、厚さ数十センチにも及ぶ分厚い鉛と呪術の防壁がゆっくりと左右に開いていく。

地下深くの格納庫から、専用の巨大なエレベータープラットフォームに乗せられて、ゆっくりと、しかし圧倒的な存在感を伴って『それ』がせり上がってきた。

「原初にして究極。すべてのPM-ギアの雛形であり、次元を統べる絶対の力……『PM-ゼロギア』だ」

東郷の狂喜の宣言と共に、戦場の血塗られた空気に姿を現したその機体は、兵器という枠組みで語ることのできない、禍々しい異形そのものであった。

全高は十メートルを優に超える。ジンたちが纏う強化外骨格レベルのサイズとは根本的に異なる、真の巨人。

ベースとなる装甲は、すべての光を吸い込むような絶対的な漆黒の粒子金属で構成されているが、その形状は兵器としての合理性を完全に無視していた。巨大な悪魔の骨格をそのまま金属で鋳造したかのような、刺々しくも有機的なシルエット。両肩には天を衝くように反り返った巨大な角が伸び、背部には悪魔の翼を思わせる四対の漆黒のバインダーが折り畳まれている。

そして、その機体の最大の特徴であり、最も恐ろしいのは、胸部の中央に埋め込まれた、直径二メートルに及ぶ巨大な赤いクリスタルであった。

それは、東郷がかつて次元の裂け目から削り出し、エルドラの魔力脈の純粋なエッセンスを凝縮した原初の魔力結晶。

赤いクリスタルの中では、まるで無数の怨霊が渦を巻いているかのように、赤黒い瘴気がドロドロと対流している。機体の各所には、血管のように生々しい赤い魔力回路が這い巡らされ、漆黒の装甲の間から、マグマのような高熱の光が漏れ出していた。

「あ、ああ……」

ヴォルフが、その機体が放つプレッシャーの前に、息を呑んで後ずさろうとしたが、体は動かない。

彼が纏う進化したファフニールですら、このゼロギアの前にあっては、神の前に引き出された玩具のように矮小に見えた。

「なんて、恐ろしい姿……。あれが、私たちが着ているギアの……本当の姿だと言うのですか……」

シオンもまた、震える声で呟いた。王国の白魔法と同調した彼女の装甲は、そのゼロギアが放つ絶対的な負の波動に当てられ、悲鳴を上げるように黄金の光を明滅させている。

「その通りだ。地球の科学者どもは、このゼロギアの設計図を見た時、私を狂人だと罵った」

東郷は、愛おしそうにゼロギアを見上げながら語り続ける。

「この機体を稼働させるためには、都市一つを賄うほどの莫大なエネルギーと、人間の生命力そのものを燃料として燃やし尽くす必要があったからだ。地球のエネルギー資源では、この機体の指一本動かすことすらできなかった。彼らは安全性を理由に私の研究を凍結し、この神の器をスクラップにしようとしたのだ」

東郷の顔が、怒りと憎悪で醜く歪む。

「だが、ここは違う! この忌まわしいエルドラの世界には、大地の魔力脈という無限のエネルギー源がある。そして今、この大戦場で散った二十万の愚かな兵士どもの魂と血肉が、この空間に充満しているのだ!」

東郷がゼロギアの起動シークエンスのコンソールに手を触れると、機体の胸部にある巨大な赤いクリスタルが、ドクン、と大きく脈打った。

ズゴォォォォォォォォォォッ!!

その瞬間、戦場に満ちていた凄まじい光景が展開された。

ブラックホールの引力に吸い込まれかけていた大気中の魔力素子や、死にゆく兵士たちの怨念、流された血の飛沫が、突如として方向を変え、赤い霧となってゼロギアの機体へと猛烈な勢いで収束し始めたのだ。

二十万の命の残滓が、巨大な嵐となってゼロギアの胸部のクリスタルへと吸い込まれていく。

それは、神聖な魔力の充填などではない。無数の命を強引にすり潰し、悪魔の糧として貪り食う、冒涜的な生贄の儀式であった。

赤い霧を吸い込むたびに、ゼロギアの漆黒の装甲が生き物のように蠕動し、肥大化していく。

関節部からは高濃度の瘴気が蒸気のように噴き出し、周囲の空間がその毒気によって赤黒く変色していく。兵器としての限界を超え、呪いと魔力が融合した絶対的な破壊の権化が、今まさに産声を上げようとしていた。

「ハハハハ! 見ろ! この圧倒的なエネルギーの奔流を! これこそが命の正しい使い方だ! 無知な者どもが互いに殺し合い、その魂を私が刈り取る。この特異点を安定させるため、そして私が神に至るための至高の生贄だ!」

東郷は両手を天に掲げ、狂喜の笑い声を上げた。

そして、彼はゆっくりと、ゼロギアの胸部に開かれた搭乗ハッチへと向かって歩き始めた。

「さあ、私の半身よ。永い眠りから目覚め、共にこの忌まわしい二つの世界を終わらせよう」

ジンは、絶望で完全に砕け散った心の中、微かに残された防衛軍隊員としての本能だけで、這いつくばりながら東郷に向かって手を伸ばした。

「や、やめろ……東郷……。それに乗れば、お前は……人間じゃ、なくなる……」

ジン自身、天使と悪魔の力を取り込んだことで、人間としての境界線を踏み越えかけていることを痛いほど理解していた。しかし、あのゼロギアが放つ禍々しさは、そんな次元の話ではない。あれは、搭乗者の魂そのものを喰らい、悪魔へと変質させる呪いの器だ。

「人間? ククッ……まだそんなちっぽけな概念に縛られているのか、ジン君。私を拒絶し、理解しようとしなかった人間の殻など、とうの昔に脱ぎ捨てているよ」

東郷は振り返ることなく、ゼロギアの搭乗ハッチへと足を踏み入れた。

ハッチの内部は、通常のコックピットとは全く異なっていた。計器類や操縦桿は一切存在しない。

あるのは、赤いクリスタルの中心部へと続く、血管のような無数の生体ケーブルと、搭乗者を磔にするための金属の拘束具だけであった。

東郷がその中心に立つと、システムが自動的に起動し、金属の拘束具がガチャンと音を立てて彼の手足を乱暴に固定した。

「システム、同調開始。魔力結晶回路、全開。……さあ、私を食らい、私と一つになれ!」

東郷の叫びと共に、ハッチの奥から無数の生体ケーブルが蛇のように伸びてきた。

それらは容赦なく東郷の白衣を引き裂き、彼の背骨、四肢、そして延髄へと、文字通り物理的に突き刺さっていった。

「ガァァァァァァッ!!」

激痛に、東郷が絶叫を上げる。鮮血が飛び散り、彼の肉体と機械が直接的な神経接続を果たす。

しかし、その絶叫はすぐに、狂気に満ちた歓喜の笑いへと変わっていった。

「ア、アアアァァ……素晴らしい……! 痛い……痛いが、それ以上の全能感が私を満たしていく……! 魔力が、魂が、宇宙の真理が、私の脳髄に直接流れ込んでくる!」

東郷の瞳から人間らしい光が完全に失われ、代わりに、クリスタルと同じ赤黒い魔力の光が宿った。

彼の肉体は急激に蒼白くなり、血管が黒く浮き上がり、細胞のレベルでPM-ゼロギアという巨大な機械と同化していく。もはや彼は、東郷創一という一人の人間ではない。ゼロギアという悪魔のシステムを稼働させるための、生きた中枢ユニットへと変貌を遂げたのだ。

『……生体融合、完了。次元崩壊エンジン、臨界点突破』

東郷の声が、ゼロギアの外部スピーカーから響き渡った。

それはもはや人間の発声ではなく、機械的なエフェクトと、空間そのものを震わせるような神の威厳を帯びた、二重、三重に重なり合う悍ましい声であった。

ズガァァァァァァァンッ!!!

搭乗ハッチが完全に閉じられると同時、PM-ゼロギアの機体全体から、先ほどまでの比ではない、極大の瘴気の爆発が巻き起こった。

凄まじい衝撃波がクレーターの底を吹き飛ばし、ジンたちはその余波だけで何十メートルも後方へと転がっていった。

周囲の大地が、ゼロギアから放たれる高密度の魔力汚染によってドロドロに融解し、赤黒いマグマの沼へと変貌していく。

そして、巨大な魔王が、ゆっくりと大地を踏み締めて立ち上がった。

全高十メートルを超える漆黒の威容。

背部の四対の悪魔の翼が大きく広げられ、そこから次元を切り裂くような赤黒いプラズマが滝のように流れ落ちている。

頭部のバイザーの奥では、東郷の狂気をそのまま映し出したような、三つの禍々しい赤い眼光が爛々と輝いていた。

ゼロギアが立ち上がったその瞬間、信じられない現象が起きた。

上空で荒れ狂い、すべてを吸い込んでいたブラックホールの超重力が、ゼロギアの周囲数十メートルの空間だけ、完全に凪いだのだ。

否、凪いだのではない。

ゼロギアが放つ圧倒的な次元エネルギーの密度が、ブラックホールの引力すらも局地的に上書きし、支配下に置いたのである。

特異点の重力すらも従える、絶対的な力の顕現。

『アァーッハッハッハッハ! これだ! これが私が求めた究極の姿だ! 私は神だ! 次元を統べ、世界を終わらせる真なる神だ!』

東郷の、いや、魔王の狂笑が、崩壊するエルドラの世界に轟き渡る。

彼が一歩踏み出すごとに、大地の魔力脈から直接エネルギーが供給され、空間が悲鳴を上げて歪んでいく。

「化け、物……。あれが、地球の科学が到達した……最終地点……」

ヴォルフは、自らの信じていた「力」という概念が根底から覆される圧倒的な恐怖を前に、ただ呆然と呟くことしかできなかった。

彼が求めた強さなど、このゼロギアの前にあっては、砂山で作った城のようなものに過ぎなかった。

「もう……終わりだ……。世界は、終わるのですね……」

シオンは、光を失った瞳で、立ち上がる魔王を見上げた。彼女の胸の奥で、ルカと共に生きるというささやかな願いが、音を立てて砕け散っていく。

そしてジンは。

家族を殺すための兵器を育て、その爆弾の引き金を引かされた絶望の底で。

彼もまた、立ち上がる力すら失い、血だまりの中に顔を伏せていた。

彼の手から滑り落ちたインナースーツの奥の家族の写真が、泥と血にまみれて汚れていく。

『さあ、脆弱なる者どもよ。私の復讐の供物となれ。そして、この次元ごと、永遠の無へと帰るがいい!』

PM-ゼロギアの右腕が、ゆっくりと振り上げられた。

その掌に、周囲の空間ごとすべてを消し飛ばす極大の赤黒い瘴気が収束していく。

神を冒涜し、人間を辞めた狂気の科学者が、今、その圧倒的な力によって、絶望に沈む三人とエルドラのすべてに、完全なる破壊の鉄槌を下そうとしていた。

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