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第54話:王国清浄化作戦

ルミナス王国の中枢にそびえ立つ、大理石と黄金で彩られた巨大な中央神殿。

その最深部に位置する「真理の円卓」と呼ばれる極秘の儀式の間では、王国の実権を握る八賢者たちが冷酷な密談を交わしていた。

円卓を囲むのは、異端審問を司るカシウス、防衛を司るアルベールをはじめとする、王国の腐敗を象徴する者たちである。彼らの足元には、神聖なる白魔法を冒涜して作られた、複雑で禍々しい幾何学模様の魔法陣が青白く発光していた。

「忌々しい。ルカの青二才めが、中立地帯での我々の任務を強引に妨害したばかりか、聖王女を唆して軍の指揮権まで干渉してきおった」

カシウスが、手にした白銀の杖を円卓に打ち付けながら苛立ちを露わにする。

「所詮、エリアーナなど我々が神の威光を示すために祭り上げた飾りに過ぎんというのに。あの小娘、最近は妙に自我を持ち始めている。いっそのこと、強力な洗脳魔法で完全に自我を破壊し、ただ声を発するだけの人形に作り変えておくべきだったか」

「感情的になるな、カシウス。あの小娘にはまだ利用価値がある」

アルベールが、分厚い法典に視線を落としたまま冷徹に答える。

「帝国軍の十万の兵が進軍を開始した今、民衆の恐怖を煽り、兵士たちの戦意を統制するためには、エリアーナという『偶像』が必要不可欠だ。……戦争が始まれば、最前線にはあの洗脳した下層区の民どもを数万単位で肉の盾として配置する。ルカの理想論など、圧倒的な現実と軍略の前にいずれ押し潰される」

彼らの語る言葉には、民への慈愛など微塵も存在しない。

あるのは、自らの権力を絶対のものとし、人々を都合の良い歯車として使い潰すための、極限まで肥大化した傲慢と狂気だけであった。

「それにしても、シオン・ミカゲを取り逃がしたのは計算外だったな」

アルベールが冷笑を浮かべる。

「ジン・クロサワに敗れ、自らの正義に絶望したあの小娘。ルカが匿っているようだが、もはや剣を握る気力も残っていまい。あれは完全に壊れた玩具だ。我らの大計画において、もはや何の脅威にもならない」

「全くだ。女神の寵愛を受けたなどと持て囃されていたが、所詮は野蛮な異世界から来た薄汚い血。我々、選ばれた賢者の足元にも及ばん」

カシウスが嘲笑を漏らした、まさにその瞬間であった。

ズガァァァァァァァァァァンッ!!!

儀式の間の入り口を塞いでいた、数百トンの重量を誇る巨大な白亜の扉が、凄まじい衝撃音と共に内側へと吹き飛んだ。

粉々に砕け散った大理石の破片が円卓に降り注ぎ、カシウスたちが慌てて防壁魔法を展開する。

濛々と立ち込める粉塵の向こう側から、二つの影が静かに、だが圧倒的な存在感を放って歩みを進めてきた。

「誰だ! この神聖なる真理の円卓に土足で踏み入る愚か者は!」

カシウスが怒号を飛ばす。

「神聖、ですか。……民の心を縛り、他者の命を弄ぶこの部屋のどこに、神聖さなどあるというのですか」

静かで、しかし凛とした声が響いた。

煙を切り裂いて姿を現したのは、ルミナス王国の第一礼装を身に纏った若き賢者、ルカ・エヴァンズ。

そして、彼の手には、絶対的な王権の象徴である聖王女エリアーナの印璽が押された、白銀の勅命書が握られていた。

「ルカ……! 貴様、何の真似だ!」

「聖王女エリアーナ・ルミナス殿下の御名において、宣言します」

ルカは勅命書を高く掲げ、カシウスとアルベールを冷ややかに見据えた。

「カシウス、アルベール。ならびにこの場にいるすべての腐敗した賢者たちよ。あなた方の持つすべての権限をここに剥奪し、国家反逆、および禁忌魔法使用の大罪により、即刻拘束する」

ルカの言葉に、円卓の賢者たちは一瞬の沈黙の後、腹を抱えて狂ったように笑い出した。

「ハッハッハッ! 傑作だな、ルカ! その紙切れ一枚で、我々を裁けるとでも思っているのか!」

カシウスが杖を振りかざし、邪悪な笑みを浮かべる。

「ここは我々の本拠地だぞ。お前一人が何百の兵を連れてこようが、この神殿の防衛魔法と、我々の洗脳兵の前では無力だ! まさか、その隣にいる壊れた玩具に戦わせるとでも言うつもりか?」

カシウスの視線の先。

ルカの隣には、かつて彼らが使い捨ての駒として扱っていた若き聖騎士、シオン・ミカゲが立っていた。

だが、カシウスとアルベールの瞳に映った彼女の姿は、彼らの予想を完全に裏切るものであった。

シオンの纏う純白のPM-ギアは、ジンとの死闘で傷ついていた時のものとは全く異なる、次元を超えた進化を遂げていた。

装甲の表面は流線型の白銀の結晶体へと再構築され、背中には天使の羽を模したかのような、美しい光のスタビライザーが展開されている。内部を流れる黄金色の魔力回路は、彼女自身の極限まで澄み切った精神波と同調し、神々しいまでの波動を放っていた。

かつての迷いも、絶望もない。彼女の瞳には、愛する人を守り、真の正義を貫くという、金剛石のように硬く、清らかな決意だけが宿っていた。

「壊れた玩具ではありません。私は、私自身の意志で、あなた方を止めに来ました」

シオンは一歩前に出た。その足音が鳴っただけで、儀式の間に満ちていた邪悪な魔力の淀みが、浄化されるように霧散していく。

「馬鹿馬鹿しい! 殺せ! ルカもろとも、その異端の娘を肉片に変えてしまえ!」

カシウスの号令と共に、儀式の間の奥から、重武装を施された数百人の神殿近衛兵たちが一斉に湧き出してきた。

彼らの瞳は虚ろで、自我を完全に破壊された洗脳兵たちである。痛みも恐怖も知らず、ただ主の命令に従って自爆すら厭わない、王国が作り出した最も残酷な兵器。

「シオン! 彼らを殺す必要はない。私が魔力回路を断つ、君は無力化を!」

ルカが素早く指示を出し、両手を広げて広範囲の魔法陣を展開する。

「はい、ルカ様!」

シオンの背中の光のスタビライザーが、眩い閃光を放った。

「スラスター起動。思考加速、聖魔力同調……行きます!」

次の瞬間、シオンの姿が完全に視界から消失した。

超音速の機動。いや、それはもはや物理法則を超越した、光の跳躍であった。

進化したPM-ギアは、空気抵抗という概念を完全に消し去り、シオンの思考の速度と完全に直結して肉体を運ぶ。

シュガァァァァァァァァッ!!

白銀の流星が、数百人の洗脳兵たちの間を、信じられない軌道で縫うように駆け抜ける。

シオンは武器を抜かなかった。彼女は神速の移動の中で、洗脳兵たちの首元に埋め込まれている魔力統制のチョーカーだけを、手刀の側面でコンマ一ミリの狂いもなく正確に粉砕していく。

「ガァッ……!」

「あ、う……」

ルカの展開した魔力阻害のフィールドと、シオンの超精密な打撃が完全に連動する。

ほんの数秒。瞬きをするほどの間に、シオンが広間を一周すると、数百人の近衛兵たちは一滴の血を流すこともなく、糸の切れた操り人形のように次々とその場に崩れ落ち、深い眠りへと落ちていった。

「なっ……馬鹿な! 一瞬で数百の近衛兵を無力化しただと!?」

カシウスが驚愕で目を見開く。

かつてジンとの戦いで見せた直線的な突撃ではない。今のシオンの動きは、水が流れるようにしなやかで、一切の無駄がなく、そして圧倒的に優しかった。

相手を殺さず、ただ救うための神速。それこそが、彼女が辿り着いた真の強さであった。

「この程度で調子に乗るなよ、小娘が! 女神の力を借りた異邦人風情に、本物の絶望を教えてやる!」

カシウスが狂乱し、手にした杖を天に掲げた。

彼の周囲から、ドス黒く変色した白魔法の光が溢れ出す。それは、治癒の魔法を極限まで反転させ、触れた者の生命力と精神を強制的に搾取する禁忌の呪術『偽神の鎖』であった。

無数の黒い光の鎖が、大蛇のようにのたうち回りながらシオンへと殺到する。

かつてジンを苦しめ、その魔力を根こそぎ奪い取った凶悪な魔法。

しかし、シオンは避ける素振りすら見せなかった。

「……あなたの魔法は、もう私には届きません。カシウス様」

シオンが静かに右手を前にかざすと、彼女の進化したPM-ギアから、黄金色に輝く絶対的な魔力の防壁が展開された。

エリアーナの真の祈りと、ルカの愛、そしてシオンの純粋な意志が融合したその光は、王国の歴史上いかなる聖騎士も到達できなかった、真の神聖領域。

カシウスの放った『偽神の鎖』が黄金の防壁に触れた瞬間、ジュワッという音を立てて、まるで朝日に照らされた雪のように跡形もなく浄化され、消滅してしまった。

「な、なんだと!? 私の術式が、いとも容易く……!?」

「あなたの魔法には、他者を縛る恐怖しかありません。誰かを守ろうとする本当の光の前では、そんなものはただの影に過ぎないのです」

シオンは右手に、黄金の光を帯びた閃光騎槍ロンギヌスを顕現させた。

彼女は床を蹴り、残像すら残さない速度でカシウスの懐へと飛び込む。

「ひぃっ! アルベール! 私を守れ!」

カシウスが悲鳴を上げて後ずさる。

「チッ……計算外の連続だ。だが、この私から理を奪えると思うな」

冷静さを保っていた防衛の賢者アルベールが、分厚い法典を開き、自らの命を削るほどの魔力を注ぎ込んで究極の防衛魔法を発動させた。

「顕現せよ、『絶対秩序のアイギス』!」

アルベールとカシウスの前に、光の迷宮をも凌駕する、数十層に及ぶ幾何学的な光の防壁が展開された。あらゆる物理攻撃、魔力干渉を数式レベルで遮断する、王国最強の絶対防衛線。

「無駄だ、シオン! 君の槍の貫通力がどれほど進化しようと、この防壁の構造式を突破する確率はゼロパーセントだ。私の計算は絶対に狂わん!」

アルベールが勝利を確信し、冷徹に叫ぶ。

だが、シオンは加速をやめなかった。

彼女の背中の光のスタビライザーが、限界を超えた黄金の粒子を撒き散らす。

「ルカ様!」

シオンが叫ぶと同時に、後方にいたルカがアルベールの防壁に向かって極大の魔力干渉を放った。

「アルベール、あなたの論理は常に他者を犠牲にすることを前提としている! だからこそ、脆い!」

ルカの放った魔力が、アルベールの防壁の構造式に一瞬の『ノイズ』を生じさせる。

「今です……貫け、ロンギヌス!」

シオンの放ったロンギヌスの切っ先が、アルベールの絶対防壁に激突した。

ガガガガガガガガガガガガッ!!!

凄まじい摩擦と光の奔流が儀式の間を包み込む。

アルベールは法典から魔力を注ぎ込み続けるが、シオンの槍は、その複雑な数式と論理の壁を、純粋な『意志の力』という計算不可能なエネルギーでゴリゴリと粉砕し始めた。

「ば、馬鹿な……私の計算が……絶対の秩序が、こんな感情論に押し負けるなど……!」

アルベールの顔に、初めて絶望と恐怖の表情が浮かぶ。

「これが、私の……私たちが選んだ明日です!」

パァァァァァァンッ!!!

ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、アルベールの誇る絶対防壁が完全に粉砕された。

黄金の閃光が二人の賢者を飲み込み、ロンギヌスの強烈な衝撃波が、彼らの手にしていた杖と法典を跡形もなく吹き飛ばす。

「あ、あああ……」

カシウスとアルベールは、すべての力を奪われ、無様な姿で儀式の大理石の床に力なく崩れ落ちた。

彼らの野望も、計算も、すべてがこの一撃の前に完全にへし折られたのだ。

静寂が戻った儀式の間で、シオンはロンギヌスを消散させ、静かに息を吐いた。

彼女の背後から、ルカが歩み寄り、その肩に優しく手を置く。

二人の見事な連携と、圧倒的な力によって、王国の闇を牛耳っていた賢者たちは、今ここに完全に制圧されたのである。

そこへ、儀式の間の崩れ落ちた入り口から、清らかな鈴の音のような足音が響いてきた。

金糸の髪を揺らし、純白のドレスを身に纏った聖王女エリアーナが、少数の近衛騎士を従えて静かに姿を現したのだ。

彼女の瞳には、かつての怯えや迷いはなく、王国を正しき道へと導く真の統治者としての威厳が満ち溢れていた。

エリアーナが足を踏み入れると、彼女の放つ神聖な魔力波が神殿全体へと広がっていく。

それは、カシウスたちが神殿全体に張り巡らせていた恐怖の洗脳魔法を、内側から優しく解きほぐし、浄化していく真の奇跡の光であった。

床に倒れていた近衛兵たちが、次々と虚ろな目から光を取り戻し、困惑しながらも自らの意志で立ち上がり始めている。

「……終わりましたね、エリアーナ殿下」

ルカが深く頭を下げる。

「ええ。あなた方のおかげです、ルカ、シオン」

エリアーナは倒れ伏す賢者たちを一瞥し、そして清らかな声で宣言した。

「今日、この瞬間より、我がルミナス王国の偽りの歴史は終わりを告げます。民の心を縛る鎖は断ち切られました。……私たちは、自らの意志で、自らの足で、迫り来る帝国の脅威と向き合わねばなりません」

シオンはバイザーを解除し、ルカと顔を見合わせて、柔らかく微笑んだ。

彼女の胸の中には、もはや一片の曇りもなかった。

王国は、真の正義を取り戻した。そして自分には、共に歩んでくれる愛する人と、守るべき真実がある。

偽りの平和に沈んでいた白き国家が、その殻を打ち破り、真の結束を手に入れた瞬間であった。

しかし、彼らに喜びに浸る時間は残されていない。

遥か西の国境からは、すでに黒騎士ヴォルフを先頭に据えた、ガルディア帝国の十万の軍勢が、すべてを燃やし尽くすために進軍を開始しているのだから。

世界を二分する二大国家の全面戦争が、いよいよその火蓋を切ろうとしていた。

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