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第5話:鋼鉄の三連星

2036年末。

季節は冬を迎え、吐く息が白く染まる寒空の下、首都圏外縁部の巨大な工業地帯は炎と黒煙に包まれていた。

「撃て! 撃ち続けろ! 防衛線を突破させるな!」

バリケードの裏側から、防衛軍の兵士たちが絶叫交じりに自動小銃や対戦車ロケットを乱射している。

彼らの視線の先、立ち並ぶ巨大なタンクや工場の建屋をなぎ倒しながら迫り来るのは、漆黒の体毛と鋭利な骨の棘を持った未確認生命体の群れだった。

その数は優に五十体を超えている。これまでにない大規模な局地発生だった。

「隊長、弾薬が持ちません! 第四防衛線、突破されます!」

「くそっ、航空支援はまだか!? このままじゃ工業地帯ごと市内になだれ込まれるぞ!」

通常兵器では決定打を与えられないことは、この一年の戦いで誰もが痛感していた。兵士たちの顔に絶望の色が浮かび上がったその時である。

『防衛軍各員に通達。これより本空域にて、PM-ギア特殊部隊が作戦行動を開始する。直ちに射線を空け、後方へ退避せよ』

無線のノイズを切り裂くように、冷徹で落ち着いた声が響き渡った。

兵士たちがハッと上空を見上げると、分厚い冬の雲を突き抜けて、三つの青白い流星が工業地帯の中心へと真っ直ぐに落下してくるのが見えた。

轟音と共に、アスファルトを粉砕して三機の鋼鉄の装甲兵が降り立つ。

土煙が晴れると同時に、中央に立つ黒と銀の装甲――ジン・クロサワが、腰のベルトのコアを明滅させながら静かに右腕を掲げた。

「これより害獣駆除を開始する。ヴォルフ、シオン。前回の反省を活かし、今回は面制圧と連携の精度を極限まで引き上げるぞ」

「了解。火力制圧はお任せを、隊長」

「遊撃機動、いつでもいけます」

通信越しに響く部下たちの声には、微塵の恐れもなかった。

未確認生命体の群れが、突如として現れた三機に標的を変え、怒号のような咆哮を上げて一斉に襲いかかってくる。五十対三。どう見ても絶望的な戦力差であったが、狩られるのは怪物たちの方であった。

「さあ、派手に行こうぜ!」

先陣を切ったのはヴォルフだった。

彼は脚部を大きく開き、アスファルトに杭を打ち込んで強固な射撃姿勢を取る。ベルトから溢れ出した粒子金属が両腕に収束し、それぞれに巨大な四連装の重粒子ガトリング砲を形成した。

弾幕展開バレット・ストーム!」

ヴォルフの咆哮と共に、両腕の砲門から毎秒数千発という桁違いの粒子弾が吐き出された。

青白い光の奔流が、扇状に広がりながら群れの先頭を薙ぎ払う。怪物たちが展開する魔法障壁など紙切れのように粉砕され、最前列の十数体が蜂の巣となって吹き飛んだ。

「ギィィィィッ!?」

圧倒的な弾幕の壁に阻まれ、群れの突進が完全にストップする。

ヴォルフの放つ火力の嵐は、敵を殲滅することよりも、敵の動きを止め、一点に釘付けにする「ヘイト稼ぎ」の役割を完璧に果たしていた。

「よし、シオン! 陣形を崩せ!」

「了解!」

ヴォルフの弾幕の隙間を縫うように、シオンが地を蹴った。

彼女は装甲の大半を背部と脚部のスラスターへと変換し、極限まで軽量化された機体で戦場を滑るように駆け抜ける。

「遅いわよ、図体ばかりの化け物たち」

シオンは両腕に粒子金属の双剣を生成し、密集して身動きが取れなくなっている怪物たちの間を、竜巻のような軌道で飛び回った。

右へ、左へ。建物の壁を蹴り、怪物の巨体を足場にして跳躍する。

彼女の刃は致命傷を狙わない。怪物の四つの赤い瞳、関節の腱、そしてバランスを保つための尻尾。敵の機動力と攻撃力を削ぐ部位だけを、すれ違いざまに的確に切り裂いていく。

「グルルルゥッ!」

視力を奪われ、関節を斬られた怪物たちが同士討ちを始め、群れは完全にパニック状態に陥った。

ヴォルフの面制圧で足を止められ、シオンの遊撃で連携を破壊される。怪物の群れは、もはやただの的へと成り下がっていた。

「仕上げだ」

混乱の極みにある戦場を、ジンは氷のように冷たい視線で見据えていた。

彼はスラスターを吹かして一直線に敵陣の中心へと突入する。無駄な動きは一切ない。

右腕に高周波ブレードを生成し、目が見えず暴れ狂う怪物の首を、すれ違いざまに一刀両断する。そのまま流れるような動作で左腕にパイルバンカーを換装し、背後から襲いかかろうとした別の怪物の心臓を撃ち抜く。

シオンが作り出した隙を、ジンがコンマ一秒の遅れもなく刈り取っていく。

ヴォルフが撃ち漏らした個体を、ジンが的確に処理していく。

「隊長、右から三体来ます!」

「シオン、射線を下げろ。まとめて吹き飛ばす!」

シオンが身をかがめた直後、ヴォルフの放つ圧縮単発砲が三体の怪物をまとめて消し炭に変える。

その爆風を利用して跳躍したジンが、空中に逃れようとした大型の個体を、両腕に生成した大剣で真っ二つに叩き斬った。

三人の呼吸は完全に同期していた。

誰かが言葉を発する前に、互いの動きを予測し、完璧なフォーメーションを構築している。それはもはや戦闘というよりも、精密に計算された暴力のオーケストラであった。

「……信じられない」

遠巻きに戦況を見守っていた防衛軍の兵士たちは、ただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

人類を恐怖の底に叩き落とした五十体以上の怪物の大群が、わずか十五分で、たった三人の装甲兵によって完全に肉塊へと変えられていく。

味方の被害はゼロ。周囲の施設への二次被害すら、彼らは完璧にコントロールして防いでいた。

最後の一体が、ジンの粒子ブレードによって両断され、ドスリと地響きを立てて倒れ伏した。

「周辺の生体反応、全消失。……作戦終了だ」

ジンがブレードを解除し、インカムを通じて報告する。

直後、バリケードの向こう側から、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。兵士たちがヘルメットを空に放り投げ、互いに抱き合って涙を流している。

「ハッ、当然の結果だな。俺たちの火力の前に立てる奴なんざ、この地球上にはいねえよ」

ヴォルフが砲身の熱を逃がしながら、誇らしげに胸を張る。

「ええ。私たちの連携も、ようやく完成の域に達しましたね。これで、市民の平和は私たちが完全に守り抜くことができます」

シオンもまた、安堵の笑みを浮かべて部隊長を見た。

ジンはベルトのコアを待機状態に戻しながら、歓喜に沸く兵士たちを見つめた。

空を覆っていた分厚い冬の雲の切れ間から、一筋の光が戦場に差し込んでいる。

この一年、幾度となく出撃を繰り返し、数え切れないほどの未確認生命体を駆逐してきた。PM-ギアの性能と、自分たちの連携があれば、どんな大規模な群れが現れようと必ず退けることができる。

(俺たちは、勝てる。この力があれば、サエとリクの生きる世界を、完全に平和なものにできる)

人類側が完全に戦いの主導権を握った。誰もがそう確信した、圧倒的な勝利だった。

しかし、希望に満ちた前線から遠く離れた、地下の最深部。

防衛軍司令部の特別研究ラボでは、全く異なる空気が支配していた。

部屋の照明は落とされ、巨大なメインモニターが放つ冷たい青白い光だけが、中央に立つ男の白衣を照らしている。

東郷創一博士。

彼は前線からの「完全勝利」の報告など全く耳に入っていないかのように、無数の数式と波形データが流れるモニターを静かに見つめていた。

「……やはりな。これまでの局地的な空間の歪みは、単なる予兆に過ぎなかったというわけだ」

東郷の視線の先にあるのは、地球全体の重力場と空間振動をマッピングした立体ホログラムだった。

そこには、今日の五十体規模の発生を遥かに凌駕する、桁違いのエネルギーのうねりが記録されている。

「現行のセンサーでは感知できない微細な次元の亀裂。これが臨界点に達するのは……来年、2037年か。このエネルギーの波長を逆算すれば、奴らが出現する場所と時間を、分単位で『予報』することが可能になる」

東郷はホログラムに触れ、データを自らのパーソナルデバイスへと転送した。

「異空間予報システム。これが完成すれば、人類は未確認生命体の出現を事前に察知し、先回りして殲滅することができるようになる。軍の上層部も、民衆も、私を救世主として崇めるだろう」

くくくっ、と。

暗い部屋の中に、東郷の押し殺したような笑い声が響いた。

「だが、愚かな人類は気づいていない。空間の亀裂が開くということは、こちらから『向こう側』へ干渉することも可能になるということだ。私が求めているのは、あんな野蛮な獣の駆除などではない。次元の壁そのものを破壊し、このつまらない世界と未知の世界を……」

東郷の眼鏡の奥で、狂気と歓喜に満ちた瞳が爛々と輝く。

モニターには、2037年以降の未来を示す予測データと共に、さらに先の年代――『2039年』において、計測不能な規模の空間崩壊が起こる可能性を示す赤い警告ランプが、静かに、そして不吉に点滅を繰り返していた。

人類が完全な勝利を確信し、希望に酔いしれたその日の裏側で。

狂気の天才科学者による、世界そのものを破滅へと導くシナリオが、誰にも知られることなく幕を開けようとしていた。

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