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第4話:帰るべき場所

第7管区での未確認生命体殲滅作戦から数時間後。

首都圏の地下深くに建造された防衛軍の前線基地は、帰還したPM-ギア部隊の熱気と、慌ただしく行き交う整備兵たちの足音に包まれていた。

作戦待機所のロッカールーム。

ジン・クロサワは、重厚なPM-ギアのコアユニットが内蔵されたベルトを腰から外し、専用のメンテナンスコンソールへとセットした。プシューという排気音と共に、ベルトのコアが青から微弱な緑色へと変わり、休眠状態に入る。

彼自身の肉体を覆っていた特殊強化インナーは、驚異的な運動量をこなしたにもかかわらず、ほとんど汗を吸っていなかった。ギアが着用者の体温や疲労物質すらも効率的にコントロールしている証拠である。

「いやあ、傑作だったぜ! あのバカでかい図体の化け物が、俺のファフニールの一斉掃射で消し飛ぶ瞬間! 思い出しただけで飯が三杯は食えるな」

ロッカールームのベンチにどっかりと腰を下ろし、エナジードリンクを喉に流し込んでいたヴォルフが、上機嫌に声を張り上げた。彼の傍らには、メンテナンスを待つ彼のベルトが無造作に置かれている。

「ヴォルフ、あなたは少し火力を楽しむことに夢中になりすぎです。第7管区の交差点周辺の被害状況、見ましたか? あなたの流れ弾で、周囲の建造物の三割が余計に破壊されたんですよ」

反対側のロッカーの前で、長い黒髪をタオルで拭きながらシオンが冷たい視線を送った。彼女の表情には、戦果を上げた喜びよりも、市民の街を傷つけてしまったことへの責任感が強く表れている。

「おいおい、シオンちゃん。あんな化け物を相手にして、無傷で街を守り切れるわけがないだろうが。結果的に死傷者は最小限に抑えられたんだ。俺たちの火力とスピードがなければ、今頃第7管区は文字通り更地になってたぜ」

「それは……事実ですが。それでも、私たちにはもっとスマートに敵を排除する義務があります。PM-ギアの機動力を活かせば、被害はもっと抑えられたはずです」

「はいはい、優等生のお姫様は言うことが違うねぇ。隊長もそう思いません?」

話を振られたジンは、自販機で買ったブラックコーヒーの缶を開けながら、苦笑交じりに息を吐いた。

「シオンの言うことも正しいが、ヴォルフの制圧力に助けられたのも事実だ。初陣としては、これ以上ない結果だった。二人ともよくやってくれたよ。だが、次の出撃では連携の精度をさらに上げる。ギアの性能に振り回されるな、俺たちがギアを支配するんだ」

ジンの静かな、しかし威厳のある声に、ヴォルフは肩をすくめ、シオンは居住まいを正して深く頷いた。

部下たちの様子を見て、ジンは少しだけ安堵の息を漏らす。彼らは若い。圧倒的な力を手にしたことで、ヴォルフは傲慢さに、シオンは潔癖な正義感に、それぞれ傾きすぎる危うさを持っている。自分が手綱を握らなければならないと、ジンは改めて感じていた。

「俺は少し通信室へ行ってくる。ギアの最終チェックが終わったら、今日はもう休んでくれ。明日の朝には次のブリーフィングが入るはずだ」

ジンは缶コーヒーを片手にロッカールームを後にした。

彼が向かったのは、基地の最奥にある個室の通信ブースである。強固な暗号化回線が敷かれたその部屋に入り、ジンはコンソールの画面を操作した。

発信先は、首都圏から遠く離れた安全圏のシェルター。

数回のコール音の後、モニターにパッと映像が映し出された。

『あなた……!』

画面の向こうに現れたのは、安堵の表情を浮かべたジンの妻、サエだった。彼女の少しやつれた顔を見ると、ジンの中で張り詰めていた戦士としての糸が、ふっと緩んでいくのを感じた。

「サエ。遅くなってすまない。そっちの状況はどうだ?」

『私たちは大丈夫。シェルターの環境も悪くないわ。でも、ニュースで第7管区の映像を見たの。凄まじい惨状だった。あなたがそこに出撃しているとわかって、生きた心地がしなかった……』

サエの声は震えていた。彼女は軍の人間ではない。最愛の夫が、あんな想像を絶する怪物の前に立たされているという現実は、彼女にとって耐え難い恐怖に違いない。

「心配をかけたな。だが、ニュースで見た通りだ。俺たちの新しい装備は、あの化け物たちを完全に凌駕している。かすり傷一つ負っていないよ」

ジンが努めて穏やかな声でそう言うと、画面の下から小さな頭がひょっこりと顔を出した。

今年で五歳になる息子、リクである。

『パパ! パパ、テレビで見たよ! すっごく速くて、キラキラ光る剣で怪物をやっつけちゃったの、パパなんでしょ!?』

リクの瞳は、純粋な尊敬と興奮でキラキラと輝いていた。子供にとって、圧倒的な力で悪を倒すPM-ギアの姿は、まさに絵本の中のヒーローそのものに映ったのだろう。

「ああ、リク。パパと、パパの仲間たちがやっつけたんだ。リクはお母さんの言うことを聞いて、いい子にしてたか?」

『うん! 僕、パパみたいに強くなるために、ご飯もいっぱい食べたよ! だから……パパ、早く帰ってきてね』

無邪気な笑顔から一転、少しだけ寂しそうな顔を見せた息子に、ジンの胸の奥がキュッと締め付けられた。

彼が戦う理由は、名誉のためでも、軍人としての使命感だけのためでもない。

この妻の穏やかな微笑みと、息子の無邪気な寝顔を守るためだ。彼らが安心して朝を迎えられる世界を取り戻すために、自分はこの鋼鉄の装甲を纏っている。

「……ああ、約束する。今の状況が落ち着いたら、必ず長期休暇を取って会いに行く。何があっても、パパは必ず生きて、お前たちのところに帰るからな」

モニター越しの家族との会話は、わずか十分ほどで終了した。

通信を切った後、暗くなったモニターに自分の顔が反射している。そこには、軍の冷徹な部隊長ではなく、家族を愛する一人の父親の顔があった。

「帰るべき場所がある。だから、俺は負けない」

ジンは自らに言い聞かせるように呟くと、空になったコーヒー缶をゴミ箱に投げ入れ、通信ブースを後にした。

その足でジンが向かったのは、基地の別区画にある研究ラボだった。

自動ドアが開くと、薬品の匂いと、無数のサーバーが発する低い排気音が鼻と耳を突く。部屋の中央にある巨大なホログラムモニターの前で、白衣姿の東郷創一博士が、顕微鏡のデータと睨み合っていた。

「博士。遅い時間まですみません。俺のギアの戦闘データと、ベルトのログを提出しに来ました」

ジンが声をかけると、東郷は振り返りもしないまま、ホログラムの空中に浮かぶ複雑な分子構造式を指先で回転させた。

「ああ、ジンか。データならすでにメインフレームで受信して解析済みだ。ギアの同期率は作戦開始から終了まで99.9パーセントを維持していたよ。粒子金属の刃による切断効率も、事前のシミュレーションをはるかに上回る数値だった」

「それは何よりです。……博士、それは?」

ジンが視線を向けた先には、厳重なガラスケースの中に収められた、赤黒い、あるいは紫がかった奇妙な肉片があった。先ほどの作戦でジンが切り落とした、あの怪物の右腕の一部だ。

「ああ、これかい? 素晴らしいものだよ、ジン。君が持ち帰ってくれた、人類の常識を覆す大発見だ」

東郷はようやく振り返り、ジンに向けて口角を歪めた。その笑顔には、いつもの温厚な科学者の顔とは違う、何か底知れぬ熱狂が張り付いていた。

「この組織サンプルの細胞構造を解析していたんだがね。驚くべきことに、この生物は地球上のいかなるDNAベースの生命体とも根本的に異なる進化の系統樹を持っている。そればかりか、細胞の隙間に、未知の素粒子……強いて言えば『魔力』とでも呼ぶべきエネルギー物質が定着しているんだ」

「魔力……? 冗談でしょう、博士。あれはただの巨大な突然変異体か、どこかの国の違法な遺伝子操作生物じゃないんですか」

ジンは眉をひそめた。

「遺伝子操作などというチャチなレベルではないよ。ジン、この生物は地球の環境下で生まれたものではない。空間の歪みを越えて、別の位相……つまり、異次元から『落ちてきた』存在だ」

東郷はガラスケースに近づき、その紫色の肉片を愛おしそうに見つめた。

「学会の連中は、私の『多次元宇宙の重なり合いと空間振動』の理論を妄想だと笑った。次元の壁など存在しない、そんなものは机上の空論だとね。だが、証明された! あの空間の亀裂、そしてこの生物が、私の理論が正しかったことを完全に証明してくれたのだ!」

東郷の声は次第に熱を帯び、その瞳には狂気に近い光が宿っていた。

ジンは、その異常なほどの執着にわずかな寒気を覚えた。人類の危機を前にして、この男は自分の理論が証明されたことに歓喜している。

「博士……。あれがどこから来たにせよ、我々の敵であることに変わりはありません。俺たちは、奴らを駆逐するだけです」

ジンが冷静な声でそう言うと、東郷はハッと我に返ったように瞬きをし、いつもの温厚な笑顔を取り繕った。

「ああ……すまない、ジン。少し興奮してしまったようだね。科学者としての性分だよ。気にしないでくれ」

東郷は眼鏡を中指で押し上げ、咳払いを一つした。

「君の言う通りだ。我々の急務は、この未知の脅威から人類を守ること。PM-ギアの調整は私に任せて、君はゆっくり休んでくれたまえ」

「ええ。頼みます、博士」

ジンは軽く頭を下げ、研究ラボを後にした。

ドアが閉まる直前、振り返ったジンの目に映ったのは、再び巨大なモニターに向かい、異次元の肉片をうっとりとした表情で見つめ続ける東郷の背中だった。

あの背中が、何を思い、何を企んでいるのか。

この時のジンには知る由もなかった。

しかし、確かなことが一つだけある。世界はすでに、かつての平和な日常から完全に逸脱し、取り返しのつかない境界線を越えようとしているのだ。

ジンは静かに息を吐き、長く冷たい基地の廊下を歩き出した。

彼が守るべき家族の温もりだけを、胸の奥で強く抱きしめながら。

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