第3話:粒子武装展開
もうもうと舞い上がる土煙の中、巨大な影が低く唸り声を上げた。
全高七メートルを超える未確認生命体。漆黒の体毛と鋭利な骨の棘を持つその怪物は、突如として空から降ってきた三つの小さな影を、己の領域を侵す外敵として認識した。
四つの赤い瞳が、中央に立つジン・クロサワを睨みつける。
巨体から放たれる圧倒的なプレッシャーと、血と硝煙の入り混じった悪臭。通常の歩兵であれば、その場に立っていることすら困難なほどの恐怖だ。
しかし、漆黒と銀の装甲に身を包んだジンは、微動だにしなかった。バイザーの奥の瞳は、怪物の筋肉の収縮、重心の移動、そして周囲の地形データを冷静に演算している。
「シオン、まずは機動力の差を叩き込め。敵のヘイトを稼いで陣形を崩すんだ」
「了解しました、隊長!」
ジンの指示に即座に呼応し、シオンが前に出た。
怪物が怒号と共に、丸太のような豪腕を振り下ろす。アスファルトを粉砕し、クレーターを作るほどの絶大な一撃。
だが、その拳がシオンを捉える直前、彼女は腰のベルトを弾いた。
「装甲密度低下、脚部スラスターへ粒子再配置!」
シオンの肩や胸部を覆っていた厚い装甲が瞬時に液状化し、背中と脚部へ流れるように移動する。それは推力を生み出す強靭なスラスターユニットへと形を変えた。
防御力を削り、極限まで軽量化されたシオンの機体は、物理法則をあざ笑うかのような超高速のステップを踏んだ。
轟音と共に拳が地面に突き刺さるが、そこにシオンの姿はない。
「ここよ、図体ばかりの化け物」
怪物の頭上、街灯の上にふわりと降り立ったシオンが挑発する。怪物が咆哮を上げて飛びかかろうとするが、シオンの動きはそれを完全に上回っていた。
彼女はビルの壁面を蹴り、空中でジグザグの軌道を描きながら怪物の周囲を飛び回る。残像すら生み出すそのスピードに、怪物の四つの瞳は完全に翻弄され、苛立ちから周囲の建造物を無軌道に破壊し始めた。
「よし、いい子だ。そのままこっちを向かせろ」
怪物の意識が完全にシオンに向いた瞬間、交差点の反対側でヴォルフが獰猛な笑みを浮かべていた。
彼は足を大きく開き、腰を落とす。
「火力支援に入る。俺の前に立つなよ!」
ヴォルフがコマンドを発すると、彼の全身を覆っていた装甲の粒子が、両腕に向かって猛烈な勢いで収束し始めた。
銀色の流体が複雑な機構を形成し、数秒も経たないうちに、彼の手には身の丈ほどもある巨大な多連装ガトリング砲が握られていた。弾丸さえも、圧縮された粒子金属によって形成される完全なエネルギー兵器である。
「食らいな、旧型機をスクラップにしたお返しだ!」
トリガーが引かれると同時に、鼓膜を破るような発射音が響き渡る。
銃口から放たれたのは、青白い光の尾を引く超高密度の粒子弾幕。毎秒数百発という桁違いの弾雨が、怪物の巨体を包み込んだ。
怪物の皮膚の表面に、旧世代の機関砲を弾き返した透明なエネルギー場――魔法障壁が展開される。
空間に波紋が広がり、弾丸を相殺しようとするが、PM-ギアの放つ粒子弾は、質量も貫通力も通常兵器の比ではない。
パリンッ、と。
ガラスが砕け散るような音と共に、怪物の絶対的な防御膜があっけなく崩壊した。
「ギィィィィィィッ!!」
防御を失った肉体に、無数の粒子弾が突き刺さる。漆黒の体毛が焼け焦げ、紫色の血液が噴き出し、怪物は苦痛に満ちた絶叫を上げた。
「ハッ、どうした! さっきまでの威勢はどこへ行った!」
ヴォルフは高笑いしながら掃射を続ける。
怪物は蜂の巣にされながらも、生存本能からヴォルフへと狙いを定めた。残った右腕を振り上げ、死に物狂いでヴォルフに向かって突進してくる。
装甲の大部分を重火器に回しているヴォルフは、すぐには回避行動が取れない。
しかし、ヴォルフの顔に焦りはなかった。彼には、最強の盾であり矛である上官がいるからだ。
「そこまでだ」
低く、氷のようなジンの声が戦場に響いた。
突進する怪物とヴォルフの間に、いつの間にかジンが入り込んでいる。
怪物の巨大な右腕が、ジンを粉砕しようと猛烈な速度で薙ぎ払われる。
直撃すれば、いくらPM-ギアの装甲とはいえ無事では済まない。
「右腕部、全粒子収束。――高周波ブレード展開」
ジンが静かに呟いた瞬間。
彼のベルトのコアが眩く発光し、全身の装甲から粒子金属が右腕へと駆け巡った。それは瞬く間に一本の鋭利な刃となり、超高速の振動を伴って青白い光の尾を引く。
怪物の腕が迫る。
ジンは回避行動すら取らない。ただ静かに、刃を構えた右腕を振り抜いた。
音はなかった。
抵抗も、手応えすらもない。
あまりにも鋭利な粒子金属の刃は、怪物の太い右腕を、細胞の隙間をすり抜けるようにして分子レベルで切断していた。
一拍遅れて、怪物の右腕が根元からズレ落ち、ドスッという重い音を立ててアスファルトに転がった。
大量の紫色の血が間欠泉のように噴き出す。
「ギャアアアアアアッ!?」
怪物が己の腕が切断されたことを理解し、激痛に身をよじらせる。
ジンは冷徹な視線を崩さず、そのまま反転して怪物の懐へ潜り込んだ。
「装甲再配置。ブレードからパイルバンカーへ換装」
ジンの右腕を覆っていた刃が、一瞬で液状化し、今度は極太の鉄杭を備えた撃発兵器へと変形する。戦況に応じて、その場で必要な武器を瞬時に創り出す。これこそが粒子金属の真骨頂である。
「終わりだ」
怪物の巨大な心臓部が位置する胸板に、ジンはパイルバンカーの銃口を押し当てた。
轟音。
撃ち出された粒子の杭が、怪物の胸を背中まで一直線に貫通する。
巨体がビクンと跳ね、四つの赤い瞳から光が失われた。地響きを立てて、人類を恐怖の底に陥れた未知の捕食者が、ただの肉塊へと変わる。
「目標の沈黙を確認。……だが、まだ終わっていないな」
ジンが油断なく周囲を見回すと、交差点の奥から、さらなる地響きが近づいてきていた。
先ほどの戦闘音と怪物の悲鳴を聞きつけたのだろう。同種の怪物が、新たに三体、建物の影から姿を現した。
「増援か。ちょうどいい、俺の火力テストにはうってつけの的だ」
ヴォルフがガトリング砲の銃身を冷却させながら、獰猛な笑みを深くする。
「私も行きます。一秒でも早く、この街の安全を確保しなければ」
シオンが両腕に小回りの利く双剣を生成し、姿勢を低くした。
「各個撃破とする。各自、ギアの特性を最大限に活かして速やかに殲滅しろ」
「「了解!」」
そこからの戦いは、もはや戦闘というよりも一方的な蹂躙であった。
ヴォルフはガトリング砲を瞬時に単発の重カノン砲へと換装し、直線上に並んだ二体目の怪物を、周囲の瓦礫ごと粉微塵に吹き飛ばした。
シオンは双剣をワイヤーアンカーへと変形させ、ビルの間を立体機動で飛び回りながら、三体目の怪物の死角から脳天を正確に貫いた。
残る一体が、恐怖に駆られたように逃走を図る。
しかし、ジンはそれを許さない。
脚部に粒子を集中させて爆発的な推進力を生み出し、一瞬で怪物の背後に回り込む。右腕に再び生成した高周波ブレードを一閃し、その巨大な首を胴体から鮮やかに切り離した。
わずか五分。
防衛軍の三個小隊を全滅させた未知の生命体の群れは、たった三人の装甲兵によって完全に駆逐された。
「……第7管区のクリアリング完了。周辺に生体反応はありません」
ジンがインカムを通じて司令部へと報告する。
通信の向こう側は、水を打ったような静寂に包まれていた。数秒後、鼓膜が破れんばかりの歓声と拍手が、司令部からインカム越しに爆発した。
『素晴らしい! やったぞ、被害は最小限だ!』
『これがPM-ギア……我々の新しい力……!』
歓喜に沸く将官たちの声に混じり、東郷博士の静かな、しかし確かな満足感を帯びた声が聞こえてきた。
『見事な戦果だ、ジン。粒子金属の流体制御システムも、君たちの生体リンクも完璧だった。人類は今日、新たな段階へと進化した』
「博士のシステムのおかげですよ。……だが、街の被害は甚大だ。生存者の救助を急がせてくれ」
ジンはブレードを解除し、粒子を基本の装甲形態へと戻しながら、周囲の惨状を見渡した。
倒壊したビル、燃え上がる車両、引き裂かれたアスファルト。自分たちが来るまでに流された血は、決して少なくない。
(俺は、守れたのか……?)
胸の奥にしまった家族の写真を思い浮かべながら、ジンは空を見上げた。
今はまだ、この戦いが人類にとっての「終わりの始まり」に過ぎないということを、彼は知る由もなかった。
だがこの日、PM-ギアの圧倒的な力は世界中に証明され、彼ら三人は人類の英雄として歴史にその名を刻むこととなったのである。




