第46話:ロンギヌス起動
光の迷宮の中心、純白の円形広間。
ジン・クロサワの言葉によって自らの本質と向き合い、一切の迷いを断ち切ったシオン・ミカゲは、静かに両目を開いた。
彼女の足元から、微かな風が巻き起こる。
その風は瞬く間に荒れ狂う暴風へと変わり、広間の無機質な空気を激しくかき混ぜ始めた。シオンの纏う純白のPM-ギアが、エルドラの聖なる白魔法の源流である環境魔力を限界まで吸い上げ、機体のコアユニットへと強制的に直結させていく。
地球の最新鋭の科学技術と、異世界の神聖な魔法理論。本来ならば相反するはずの二つの事象が、シオンという一人の天才的なパイロットの器を通して、完全なる高次元の融合を果たそうとしていた。
「システム、リミッター全解除。装甲エネルギーを推力と攻撃力へ全転換」
シオンの凛とした声に呼応し、機体を覆っていた防壁の粒子が次々と剥がれ落ちていく。
防御力を極限まで削ぎ落とし、そのすべてのエネルギーを一点に収束させる。それは、ジンがヴォルフ戦で見せたムラサメの顕現と同じ、自らの命を削る極限のバトルフォーム。
だが、シオンが選んだのは切断ではなく、超高速による突進と貫通であった。
「スラスター起動。思考加速、聖魔力同調。貫け、ロンギヌス……悪を断ち切る!」
シオンの右手に、目も眩むような白銀の光の渦が収束していく。
それは周囲の空間そのものを歪めるほどの圧倒的な密度を持ち、やがて一本の巨大な長槍の形へと固定された。
全長三メートルに及ぶ、純白の閃光騎槍ロンギヌス。
神々しくも冷酷な光を放つその穂先は、触れるものすべての分子結合を破壊し、一切の抵抗を許さずに貫き通す絶対的な矛盾の刃であった。
槍が顕現した瞬間、周囲の空間から音が消え去った。
あまりにも高密度なエネルギーの集束が、大気の振動すらも凍結させてしまったのだ。広間を照らしていた迷宮の光さえもが、ロンギヌスの放つ輝きに呑み込まれ、薄暗く感じられるほどだった。
ジンは即座にサバイバルナイフを構え、生体センサーと視覚情報を極限まで研ぎ澄ませた。
満身創痍の体ではあるが、ベテランとしての経験則が、次に起こる致死の攻撃を予測しようと脳髄をフル回転させる。
しかし。
シオンの姿が、ジンの網膜から完全に消失した。
動いた、という認識すら与えない。空間そのものを跳躍したかのような、完全なゼロからのトップスピード。
ジンのバイザーに表示される生体センサーの波形が、危険を知らせる赤色に染まったその時には、すでに遅かった。
シュガァァァァァッ!
空間が引き裂かれる悲鳴のような轟音が、後からジンの耳に届く。
「がっ……!」
ジンの左肩を、白銀の閃光が深々と抉り取っていた。
漆黒の重装甲が、まるで濡れた紙のように容易く引き裂かれ、内部の人工筋肉繊維とジンの肉が同時に焼き切られる。
鮮血が空中に舞うよりも早く、シオンはすでにジンの背後数メートルの位置で急ブレーキをかけ、滑らかにターンを済ませていた。
「まだです!」
シオンの声が空間のあちこちから反響する。
彼女は光そのものと化していた。防御を完全に捨て去り、超高速の機動力のみに特化した彼女の動きは、もはや人間の動体視力で追える次元を遥かに超越している。
上、下、左、右。
全方位から、白銀の流星がジンの肉体を削り取りにくる。
ジンは両腕のガントレットとシールドで辛うじて急所を庇うが、その防御すらもロンギヌスの圧倒的な貫通力の前にバターのように削られていく。
ガギィィンッ! ズガァァァンッ!
連続する破壊音。ジンの右大腿部の装甲が砕け散り、続いて右脇腹に深い裂傷が刻まれる。
ジンは迎撃のためにブレードを振るうが、その刃はシオンの残像を空しく斬り裂くだけだった。
圧倒的な速度差。
ベテランとしての経験や、培ってきた戦闘技術すらも、ただ純粋な速さという暴力の前に無力化されていく。システムからは絶え間なく警告音が鳴り響き、視界は自らの流血とアラートの赤い光で埋め尽くされている。
呼吸をするたびに、抉られた傷口から激痛が全身を駆け巡った。
かつて地球で部隊のエースとして君臨していたシオンの恐ろしさを、ジンは身をもって味わっていた。エルドラの白魔法と融合した彼女は、もはや神話の女神のように無慈悲で、美しく、そして絶対的だった。
迷宮の純白の壁が、ロンギヌスが掠めるたびにドロドロに融解し、あるいは粉々に砕け散って瓦礫となって降り注ぐ。
逃げ場のない密室での、超音速の蹂躙。
ジンは膝をつきそうになるのを必死に堪え、血塗れのバイザー越しに見えない敵の軌跡を追おうと目を凝らす。
生体センサーの反応速度すら置き去りにする光の槍が、次々とジンの肉体を破壊していく。このまま反射神経に頼って防御を続けていれば、数秒後には心臓を貫かれて終わる。それは誰の目にも明らかな、絶対的な絶望の状況であった。
だが、ジンの瞳の奥にある青白い光だけは、嵐のような閃光の中でも決して消えてはいなかった。




