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第31話:光の波紋と帝国の野心

聖大陸エルドラへの転移から三十日目。

前日に発生した天を貫く青白い光の柱は、数万の兵士が激突していた戦場を完全に沈黙させた。ガルディア帝国軍とルミナス王国軍は、突如として中立地帯の平原中央に現れた未知のエネルギーの奔流を前に、互いに武器を下ろし、自陣へと兵を引くことを余儀なくされた。

一夜が明け、光の柱はすでに霧散していたが、震源地となった巨大なクレーターの底からは、未だに濃密な青緑色の魔力の残滓が陽炎のように立ち昇り、周囲の大気を歪ませていた。

その巨大なすり鉢状のクレーターの最深部、かつて古代の地下遺跡が存在し、今は完全に吹き飛んでむき出しとなった「大地の魔力脈」の火口付近に、二人の男が陣取っていた。

ジン・クロサワと、東郷創一である。

「素晴らしい。実に素晴らしいエネルギー効率だ」

東郷は、むき出しになった岩肌の上に多数のポータブル端末と魔力変換器を無造作に配置し、無数のケーブルを大地の亀裂に直接突き刺していた。彼の瞳は、モニターに滝のように流れる緑色のデータ列に釘付けになっており、口元には隠しきれない狂気的な笑みが浮かんでいる。

「この星を循環する大地の魔力脈。その心臓部から直接エネルギーを引き出し、我々のシステム言語へと変換する。魔法という非科学的な事象を、完全な数式として支配下に置いたのだよ。ジン、君にはこの歴史的瞬間の美しさが理解できるかね?」

ジンは東郷の問いには答えず、ただ黙々と自身のPM-ギアの最終調整と、周囲への防衛線の構築作業を進めていた。

彼はウェポンラックから取り出した指向性対人地雷をクレーターの斜面に等間隔で埋め込み、その上に薄く土を被せていく。さらに、高張力のワイヤートラップを岩と岩の間に張り巡らせ、センサーの感度を微調整する。地球の戦場で未確認生命体を迎え撃つために培われた、一切の無駄がないストイックな作業風景だった。

「無視か。まあいい、君のような戦闘機械に科学のロマンを説くのは時間の無駄だったな」

東郷は肩をすくめ、端末のキーボードを軽快に叩き続けた。

「この莫大なエネルギーを利用して、次元の壁をこじ開ける。地球とこのエルドラの座標を同期させ、双方向のゲートを開通させるための計算式はすでに組み上がっている。だが、問題は魔力の『波長合わせ』だ」

東郷の指が止まり、彼は眼鏡を押し上げて空を見上げた。

「地球が存在する次元と、このエルドラが存在する次元は、根本的な物理法則の波長が異なっている。無理やりゲートを開けば、対消滅による大爆発を引き起こし、我々もろとも宇宙の塵となるだろう。それを防ぐためには、この魔力脈のエネルギーを我々のPM-ギアの粒子波長と完全に同調させ、徐々に次元の壁を浸食していく必要がある。いわば、次元の扉の鍵穴を、我々の鍵の形に合わせて削り出していく作業だ」

「……その作業が終わるまで、どれくらいかかる」

ジンが地雷の起爆コードを端末に接続しながら、低く冷たい声で尋ねた。

「計算上、最短でも二日は必要だ。その間、このシステムは一切停止できないし、私はこの場所から一歩も動くことができない」

東郷はジンの背中を見つめ、口角を歪めた。

「地上の連中が、あの光の柱を見て大人しくしているはずがない。帝国も王国も、この莫大なエネルギーを手に入れようと、血眼になって押し寄せてくるだろう。……君一人で、数万の軍勢を相手に二日間、この火口を死守できるかね?」

「守る」

ジンは短く、一切の迷いなく答えた。

「サエとリクの元へ帰る。その邪魔をする奴は、俺がすべて斬る。それだけだ」

ジンは防衛線の構築を終えると、クレーターの縁へと向かって歩き出した。

装甲の隙間から漏れ出す青白い粒子の光は、これから始まる絶望的な防衛戦を前にしても、少しの揺らぎすら見せていなかった。

彼は単機で、二大国家の全軍を迎え撃つ覚悟を完全に固めていた。

一方、中立地帯の西側に構築されたガルディア帝国軍の前線本陣。

巨大な天幕の中では、皇帝ルーファス・ヴァン・ガルディアを筆頭に、帝国の最高幹部たちが深刻な顔つきで軍議を開いていた。

天幕の中央には、平原の立体地図が魔力によって投影されており、その中央には昨日発生した巨大なクレーターがぽっかりと口を開けている。

「偵察部隊からの報告によれば、あのクレーターの底から、未だに莫大な未知のエネルギーが噴出し続けているとのことです。その総量は、我が帝国の魔道炉数十基分にも匹敵すると推測されます」

帝国宰相であり筆頭魔導師であるレオン・バルバトスが、腕を組みながら険しい表情で報告した。

ルーファスは玉座に深く腰掛け、氷のように冷たく、しかし野心に満ちた瞳で立体地図を見下ろしていた。

「神聖なる力ではない。もちろん、我が帝国の黒魔法でもない。だがあれほどのエネルギーの奔流、放置しておくわけにはいかんな」

ルーファスは薄く微笑んだ。

「あの力を我がガルディア帝国が独占し、新たな兵器の動力源として利用できれば、ルミナス王国など一夜にして灰燼に帰すことができる。実力主義を掲げる我が国にとって、あれは天が与えた至高の力だ」

ルーファスの覇権主義は留まるところを知らない。彼は自らの力で前体制を打ち倒し、この帝国を創り上げた。彼にとって、未知の力とは恐れるべきものではなく、自らの覇道を強固にするための道具に過ぎなかった。

「レオン。そして我が特務親衛隊総司令、ヴォルフよ。全軍の進軍は一時見合わせる。お前たちは精鋭を率いてあのクレーターの底へ向かい、あのエネルギーの源を制圧し、帝国の管理下に置け。もし抵抗する者がいれば、王国軍であろうと何であろうと、すべて塵に変えて構わん」

ルーファスの絶対的な命令に対し、天幕の隅で腕を組んで壁にもたれかかっていた男が、ゆっくりと前に進み出た。

伝説の黒騎士、ヴォルフ・シュナイダーである。

彼の漆黒の外套は昨日の激戦で随所が焼け焦げ、PM-ギアの装甲にも無数の傷が刻まれていたが、その巨体から発せられる闘気は、かつてないほどに凶暴に膨れ上がっていた。

「……あの力の正体、俺にはわかってるぜ、皇帝陛下」

ヴォルフは喉の奥で獰猛な笑い声を鳴らした。

「ほう。君には心当たりがあるのかね」

ルーファスが興味深そうに身を乗り出す。

「あの青白い光の波長……地球で、嫌ってほど見せつけられてきた光だ。間違いない。あのクレーターの底にいるのは、俺のかつての隊長だ」

ヴォルフの脳裏に、ジン・クロサワの冷徹な横顔がフラッシュバックする。

地球の防衛軍時代。ヴォルフがどれだけ圧倒的な火力で敵を粉砕しても、上層部は彼を危険視し、称賛することはなかった。一方で、常に冷静に任務をこなし、最小限の被害で最大の戦果を上げるジンは、部隊のエースとして上層部からも部下からも絶対的な信頼を集めていた。

ヴォルフにとって、ジンは常に自分の前に立ち塞がる、巨大で越えられない壁だった。彼が力に飢え、承認を求め続けた根底には、このジン・クロサワという完璧な戦士に対する強烈な劣等感とコンプレックスがあったのだ。

「ジン・クロサワ……。なるほど、君と同じ異界からの客人というわけか」

ルーファスは顎に手を当て、思案するように目を細めた。

「彼には一度、特務親衛隊への入隊を断られている。だが、あれほどの力を有しているのであれば、放置はできん。ヴォルフ、君の手で彼を説得できるか?」

「説得だと? 笑わせるな」

ヴォルフはギリッと奥歯を鳴らし、拳を強く握り締めた。

「あの男は、誰の下にもつかねえ。俺たちみたいな野心もなけりゃ、この世界をどうにかしようなんて気も一切ない。ただ、昔の家族の元に帰ることしか頭にない、過去に縛られた臆病者だ。……そんな奴が、これだけの莫大な力を独占しようってんなら、力ずくで奪い取るしかねえ」

ヴォルフの瞳に、暗く燃え盛る執着の炎が宿った。

この異世界に来て、彼はようやく自分の力を肯定してくれる居場所を見つけた。数万の兵士から称賛され、皇帝から黒騎士の称号を与えられた。今の自分は、地球にいた頃の惨めなはぐれ者ではない。この大陸の頂点に立つ最強の武神なのだ。

(隊長……あんたはいつも、俺を見下していた。力に溺れるなと、俺の戦い方を否定した。だが、ここは俺の世界だ。俺がすべてを支配する世界だ。ここで俺があんたを叩き潰せば、俺は本当の意味で、あんたを超えられる)

ヴォルフはルーファスの前に片膝をつき、深く頭を下げた。

「皇帝陛下。俺に先陣を切らせてくれ。あのクレーターの底にいる男は、俺自身の手で決着をつけなきゃならねえ相手だ。帝国の名において、必ずあの力をあんたの足元に献上してみせる」

ルーファスはヴォルフのその決意に満ちた姿を見て、満足げに頷いた。

「良い覚悟だ、黒騎士よ。君の力で、帝国の前に立ち塞がる旧き亡霊を打ち砕いてこい。君の帰還を、勝利の祝宴と共に待っているぞ」

「ありがたき幸せ」

ヴォルフが立ち上がり、天幕を出ようとした時、横から巨大な手が彼の肩を掴んだ。

レオン・バルバトスだった。

「待てよ、ヴォルフ。お前がどれだけ強えかは知ってるが、相手はお前の元上官なんだろ? 一人で抱え込もうとするな。俺も行くぜ」

レオンは豪快に笑いながら、ヴォルフの背中をバシッと叩いた。

「俺はお前の悪友だ。お前が過去の因縁と決着をつけるってんなら、この宰相様が特等席で見届けてやる。それに、その元隊長殿がどれほどの魔力を持っているのか、筆頭魔導師としても興味があるからな」

ヴォルフは肩をすくめ、不敵に笑い返した。

「勝手にしろ。だが、獲物は俺のものだぜ、レオン。邪魔したらテメェごと吹き飛ばすからな」

「ガハハハッ! 言い草まで皇帝陛下に似てきやがったな! 上等だ!」

帝国の最凶の二人が、互いの力を認め合いながら、天幕の外へと歩み出ていく。

その先には、数千の特務親衛隊と、精鋭の魔法部隊が整列し、彼らの出陣を今か今かと待ち構えていた。

「全軍、前進! 目標、中立地帯のクレーター! 俺たちの行く手を遮る者は、残らず灰にしてやる!」

ヴォルフの咆哮が響き渡り、黒き軍勢が地鳴りを立てて進軍を開始した。

太陽が中天に昇り、荒れ果てた平原を照らし出す。

その果てにある巨大なクレーターの底で、ジン・クロサワはただ一人、迫り来る圧倒的な暴力の波を静かに待ち受けていた。

地球への扉を開くための二日間。

その最初の試練として、かつての仲間であり、最も厄介な破壊の権化が、漆黒の殺意を纏って彼に牙を剥こうとしていた。

交わることのない二つの信念が、ついに刃を交える時が来たのである。

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