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第25話:揺るがぬ覚悟

命を燃料として点火された「ファフニール」の閃光は、物理法則をも無視した破壊の権化であった。

「おおおおおおおっ!!」

ガルディア帝国領、魔の山脈・大峡谷の底。

ヴォルフ・シュナイダーの絶叫が、空間そのものを震わせて轟いた。

彼の右腕を覆う漆黒の砲身から放たれたのは、大気中の魔力ではなく、彼自身の生命力と粒子金属のエネルギーが最悪の形で融合した、赤黒く濁った極太の光線であった。

それはもはや砲撃という次元ではない。

放たれた光の奔流は、群がる鎧百足たちを甲殻ごと一瞬で蒸発させた。硬さや数など全く意味をなさない。圧倒的な質量の暴力はそのまま峡谷の底を削り取り、両側の分厚い岩壁すらもドロドロのマグマに変えて吹き飛ばしていく。

射線上にあるすべての物質が、原子の塵となって消滅していく。

限界を超えた生体エネルギーの抽出により、ヴォルフの全身の毛細血管が切れ、瞳からは血の涙が伝っていた。しかし、その表情は死の恐怖ではなく、抗いがたい狂喜と万能感に満ち溢れていた。

数分後。

赤黒い光が収まった時、そこには「悪魔の顎」と恐れられた大峡谷そのものが消滅し、ただなだらかな、ガラス状に結晶化した巨大な荒野だけが広がっていた。

生き残った魔獣は、一匹もいない。

その信じがたい光景を、はるか上方の崖から見下ろしていた特務親衛隊隊長、セス・オズワルドは、あまりの恐怖に腰を抜かし、地面にへたり込んでいた。

「ば、馬鹿な……。魔力枯渇帯で、あれほどの魔法を……!? 化け物だ、あれは人間の姿をした災害だ!」

セスはガチガチと歯の根を鳴らし、這いずるようにして逃げ出そうとした。

しかし、その背後に凄まじい熱風が舞い降りた。

「誰が化け物だって? セスのお坊ちゃんよ」

装甲から限界温度の白煙を上げ、全身血まみれのヴォルフが、スラスターの推進力で崖を跳躍して立っていた。残された右腕の装甲がカシャリと音を立てて変形し、太い鉄杭を備えたパイルバンカーが、セスの喉元に突きつけられる。

「ひっ……! 待て、待ってくれ! これは私の意志ではない!」

「テメェの浅知恵のせいで、随分と寿命が縮まっちまったぜ。だが、おかげで最高にハイな気分だ。……落とし前、どうつけてくれんだ?」

ヴォルフが鉄杭のトリガーに指をかけた時、背後の闇の中から、優雅な拍手の音が響いた。

「素晴らしい。まさか己の生命力を糧にして、地形ごと吹き飛ばすとはな」

現れたのは、皇帝ルーファス・ヴァン・ガルディアであった。

「こ、皇帝陛下! なぜここに……!」

セスがすがるような声を上げるが、ルーファスは冷酷な目で見下ろした。

「君の浅はかな動きなど、すべて把握しているとも、セス。ゲオルグ公爵の甘言に乗せられ、私の大切な黒騎士を嫉妬から罠にはめようとしたこともな」

ルーファスの言葉に、セスは絶望に顔を歪めた。自分の行動は、すべてこの若き皇帝の掌の上であったのだ。

「ヴォルフよ。そいつの命はお前に預ける。殺したければ殺せ。……私には、強者の足元に這いつくばる敗者など必要ない」

ヴォルフはセスを見下ろし、やがてフンと鼻を鳴らしてパイルバンカーを収めた。

「興醒めだ。こんな腰抜けを殺しても、俺の腹の足しにもならねえ。それに、裏で糸を引いてる古狸がいるんだろ? そいつをまとめて叩き潰した方が面白そうだ」

「寛大なことだ」

ルーファスは満足げに微笑み、ヴォルフの血に染まった肩を叩いた。

「私の覇道に、もはや古い貴族たちは不要。彼らがどのような陰謀を企てようと、絶対的な力の前には塵芥に等しい。……ヴォルフ、君のその圧倒的な力で、帝国にはびこる腐敗をすべて焼き尽くしてくれ」

「ああ。俺は俺の邪魔をする奴を、すべて吹き飛ばすだけだ。俺が帝国の頂点に立つ、最強の捕食者だからな」

ヴォルフは血まみれの顔で、獰猛に笑い返した。

死の淵から生還した彼は、実力主義の帝国の象徴「黒騎士」としての覚悟を、ここにおいて完全に固めたのである。

一方、ルミナス王国の浄化の大広場。

祈りの歌が響く中、シオン・ミカゲの放った巨大な閃光の騎槍『ロンギヌス』の一撃は、防衛の賢者アルベールの構えた巨大な聖剣と真っ向から激突した。

「ぐうっ!」

白銀の光と光がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が広場を吹き荒れる。

大理石の床が蜘蛛の巣のようにひび割れ、強烈な風圧によって十本の十字架が根元からへし折れた。縛り付けられていたトーマスたちが地面に投げ出される。

「貴様……! 正気か! 王国に牙を剥くということがどういうことか、分かっているのか!」

アルベールが顔を怒りで歪め、怒号を上げる。

「間違っているのはあなた方です! 弱者を鎖で縛り、考えることを奪って、笑いながら死を受け入れさせることが正義なものか! 私は、私の信じる正義のために戦う!」

シオンはロンギヌスをさらに強く押し込み、アルベールの巨体を大きく後退させた。

しかし、シオンの周囲には、すでに無数の異端審問官たちが光の武器を構え、幾重にも包囲の輪を形成していた。

シオンの力は強大だが、洗脳された市民たちを巻き込まずに、この巨大な包囲網を突破することは不可能に近い。

「捕らえよ! その小娘は異端だ! 女神の敵を生かしてはおけん!」

カシウスが狂ったように叫び、審問官たちが一斉に飛びかかろうとした、まさにその瞬間。

「そこまでです!! 剣を収めなさい!」

広場に、ルカ・エヴァンズの澄んだ声が響き渡った。

彼は数百人の神殿騎士団を引き連れ、カシウスたちとシオンの間に強引に割って入った。

「ルカ! 貴様、異端者を庇うつもりか!」

カシウスが顔を真っ赤にして怒鳴りつける。

「彼女は異端ではありません! 私は先日、エリアーナ様の神託を受けました」

ルカは毅然とした態度で、数千の市民と審問官たちに向かって声を張り上げた。

「『新たなる光は、古き掟の試練に立ち向かう。その慈悲の心こそが、真の盾となる』……エリアーナ様はそう仰られました。シオン殿のこの行動は、我々が弱者への慈悲を忘れていないか、女神が彼女を通じて我々を試したのです!」

ルカの言葉は明らかな強弁であり、その場を収めるための政治的な嘘であった。

しかし、「エリアーナ様の神託」という言葉は、この王国において絶対的な効力を持つ。市民たちがざわめき始め、審問官たちも互いに顔を見合わせて武器を下ろし始めた。

「……ルカ。八賢者である貴様がそう言うのなら、今は剣を引こう」

アルベールは忌々しげに舌打ちをし、聖剣を鞘に収めた。

「だが、その小娘から目を離すな。少しでもボロを出せば、次こそは必ず異端の炎で焼き尽くしてくれる」

カシウスとアルベールは冷酷な視線を残し、審問官たちを引き連れて広場から去っていった。

圧倒的な緊張感が解け、静寂が戻った広場で、ルカはシオンの元へ駆け寄り、その場に膝をついた。

「シオン殿、申し訳ありません……。私がもっと早く動いていれば、あなたにこのような危険な真似をさせることはなかった。恐ろしい思いをさせてしまった」

シオンはロンギヌスを解除し、荒い息を吐きながら首を振った。

「ルカ殿。……この国は、病んでいます。美しすぎる毒に、心の底まで侵されている」

「はい。だからこそ、あなたが必要なのです」

ルカはシオンの震える両手を、自らの手で優しく包み込んだ。

「外の世界の真っ当な正義を知るあなたが。シオン殿、私と共に、この国を内側から変えてください。誰もが本当の笑顔で生きられる、真のルミナス王国を創るために」

ルカの真っ直ぐな瞳を見つめ返し、シオンは深く息を吸い込んだ。

「ええ。……もう逃げません。私はこの国の毒を抜き、本当の平和を守る盾になります」

シオンの瞳には、かつてないほど強固な、揺るぎない覚悟の光が宿っていた。

彼女もまた、王国の聖騎士として、ルカと共に血の流れる改革の道を進む決意を固めたのである。

両国がそれぞれ新たな局面を迎え、二人の戦士が己の道を見定めていた頃。

帝国と王国を隔てる中立地帯の深く、鬱蒼とした森の中に隠された仮設の野営地で、二つの異常なエネルギー波形を観測している男たちがいた。

「素晴らしい。実に素晴らしい」

東郷創一は、無数のケーブルで繋がれた携帯端末の画面を見つめ、口元を醜く歪めて笑った。

「西からは生命力を燃やした極大の破壊魔力。東からは高密度に圧縮された聖なる力の衝突。彼らの激しい感情と力の激突が、このエルドラの環境魔力に凄まじい波紋を起こしてくれたよ」

東郷は端末のキーを素早く叩き、大陸の立体マップを空中にホログラムとして投影した。

「見ろ、ジン。彼らが起こした波紋のおかげで、ノイズに隠れていた『大地の魔力脈』の正確な座標が完全に浮かび上がった」

マップの中心。帝国と王国の国境地帯の地下深くに、脈打つような巨大な光の河が描画されている。

「これが、次元ゲートを開くための鍵か」

焚き火のそばで、PM-ギアの最終調整を終えたジン・クロサワが、静かに立ち上がった。

彼の装甲は、黒と銀の粒子金属が完璧に定着し、一切の無駄がない、研ぎ澄まされた刃のような冷気を放っていた。

「そうだ。だが、この魔力脈の真上には、帝国と王国、両軍の最前線基地が陣取っている。ここに潜入し、システムを接続するためには、彼らの全面戦争のど真ん中を突っ切る必要があるぞ」

東郷が眼鏡の奥の目を光らせて言う。

「構わない。俺は、俺の道を塞ぐものを斬るだけだ」

ジンは腰のベルトに手を当てた。その奥底で、一撃必殺の大太刀『ムラサメ』が、主の意志に呼応するように静かに脈動している。

「ヴォルフは力を手に入れ、シオンは正義を見つけた。だが、俺の目的は最初から一つも変わっていない」

ジンは、インナーの胸ポケットに入った家族の写真を服の上からそっと撫でた。

「……帰るぞ、サエ、リク。どんな地獄を越えてでも」

東郷は狂気を孕んだ目で、二つの月が浮かぶ夜空を見上げた。

「さあ、舞台は整った。始めようじゃないか、この世界の法則を根底から覆す、我々だけの戦争を」

鋼鉄の三連星は、それぞれの覚悟を胸に、後戻りのきかない修羅の道へと完全に足を踏み入れた。

交わることのない三つの信念が、やがて世界の命運を懸けた巨大な渦となって激突する。

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