第19話:三つの道
帝国での熱狂的な歓迎と、王国での静謐な安らぎ。
それぞれの地に滞在し、現地の指導者たちと対話を重ねた四人は、両国の境界線上に設けられた中立地帯の宿営地に集結していた。
パチパチと爆ぜる焚き火の音が、静寂に包まれた夜の平原に響く。
地球から転移して十二日目。彼らはかつてないほど、互いの距離が遠ざかっていることを感じていた。
「帝国は凄かったぜ。力さえありゃ、俺みたいな出世頭にも門戸が開かれている。レオンっていう宰相とも話したが、あいつは俺を戦友として扱ってくれた。この力があれば、この世界を塗り替えることだって不可能じゃない」
ヴォルフが焚き火に薪をくべながら、高揚した様子で語った。
彼の手元には、帝国から贈呈された黒騎士の証である紋章入りの手袋が置かれている。その瞳には、かつて地球の軍隊で味わった屈辱を完全に過去のものにするような、強烈な征服欲が宿っていた。
「私は、王国に残るわ」
シオンが静かに、しかし決然とした声でヴォルフに答えた。
「あそこには、誰も傷つかない完璧な秩序がある。エリアーナ様の優しさと、ルカ様の高潔な正義。……私は、彼らが築こうとしている平和を守る剣になりたい。地球にいた頃は、結局、誰かの命を奪うことしかできなかった。でも、ここでは守るための戦いができる」
ヴォルフは呆れたように鼻で笑った。
「お花畑だな、シオン。その『絶対的な平和』ってのは、誰かが影で泥を被ってなきゃ成立しねえんだよ。王国は美しい仮面を被っただけの檻だぜ」
「力こそがすべてだと信じる帝国の方が、よっぽど野蛮よ」
二人の会話には、もはや地球で肩を並べて戦っていた頃の、信頼に満ちた空気はなかった。
価値観の相違。それは、異世界の異なる空気に触れたことで、取り返しのつかない形で浮き彫りになっていた。
「……二人とも、そこまでだ」
ジンが低く、重い声で二人の議論を遮った。
彼は焚き火の炎を見つめ、微動だにせず座り込んでいる。
「俺たちの本来の目的を忘れるな。お前たちがこの世界で何を見つけようと、どう生きようと勝手だ。だが、俺はどちらの国にも属さない。……俺の帰る場所は、ここじゃない。地球だ。妻と、息子が待っている、あの世界だ」
ジンの言葉は、氷のように冷たく、それでいて圧倒的な重みを持っていた。
ヴォルフもシオンも、ジンが地球へ帰ることに全てを懸けていることを知っている。だからこそ、その言葉を否定することはできなかった。
「俺は、帰還のための技術と情報を手に入れる。手段は選ばない。帝国であろうと、王国であろうと、俺を帰らせてくれる可能性があるなら利用する。……ただそれだけだ」
「……隊長らしいな」
ヴォルフが苦笑を浮かべる。
「あんたは最後まで、あの窮屈な家庭に縛られてるわけだ。だが、まあいい。俺が帝国でこの大陸を力で統一すれば、あんたの帰還の鍵だってすぐに見つかるかもしれないぜ」
「私の力も、王国からあなたを支援するために使わせてください、ジン殿」
シオンも、悲しげに微笑む。
「たとえ国が違っても、あなたを帰らせたいという願いは、今も同じですから」
そんな四人の会話を、影から静かに見つめていた東郷博士が、やおら立ち上がった。
「面白い。実に面白い。君たちがそれぞれ別の道へ歩むことで、情報の集まり方が飛躍的に向上する」
東郷は、焚き火の光で不気味に輝く端末を、ジンたちに見せた。
「この世界の各地に存在する『魔力脈』。それが次元ゲートをこじ開ける鍵になる。帝国には軍事的な魔力脈の利用法が、王国には聖典に隠された古代の魔力制御技術がある。君たちがそれぞれの立場でその深部に潜り込めば、私が帰還のためのパッチを完成させるのも時間の問題だ」
東郷の言葉は、まるで四人の分裂を促進させることを楽しんでいるかのようだった。
しかし、ジンにとって、それは唯一の希望でもあった。
「いいだろう。……ヴォルフ、帝国で力を蓄えろ。シオン、王国で技術を盗め。俺は東郷と共に、この世界の裏側を這い回る」
ジンが差し出した拳に対し、ヴォルフが力強く合わせ、シオンがその上に手を添えた。
だが、その拳は、かつて基地のラウンジで誓い合った時のような強固な絆の象徴ではなかった。
それは、それぞれの目的のために、一時的に手を組むだけの「利害の一致」による約束だった。
「……またな。次に会う時は、敵同士かもしれないがな」
ヴォルフが焚き火を背に立ち上がり、闇の中へと消えていく。
「お体に気をつけて、ジン殿」
シオンもまた、清らかな月光に照らされながら、王国の方向へと歩き出した。
残されたのは、ジンと東郷、そして揺らぐ焚き火の残り火だけだった。
三つの道。
鋼鉄の三連星は、この夜を境に完全に決裂した。
ジンは暗闇を見つめ、腰のベルトの奥で静かに脈動するムラサメの気配を感じ取った。
彼らの心がどこへ向かおうと、彼自身は何も変わらない。
この異世界の権力闘争など知ったことではない。全てを両断し、たった一人でも家族の元へ帰る。
その覚悟だけを、ジンは暗闇の中で再確認していた。




