第14話:死闘と覚醒
聖大陸エルドラへ転移して七日目。
一行はついに、密林を覆う毒々しい瘴気が薄れ、視界が開ける場所へと辿り着いた。
そこは、忘れ去られた古代文明の遺物だった。
天を突くほど巨大な石柱が林立し、かつては神殿であったろう巨大な建造物が、無数の蔦と苔に覆われて沈黙を守っている。文明の気配。それは、ここが単なる魔獣の巣窟ではなく、何らかの意志が築いた土地であることを示していた。
「やっとだ……やっとこの森を抜けたか」
ヴォルフが荒い息を吐きながら、石の破片に腰を下ろした。
「この遺跡の向こうには、平原が広がっているようだ。博士、これで文明圏へ繋がる道が見つかるかもしれない」
ジンが石柱の陰から周囲を慎重に観察する。
しかし、希望は一瞬にして絶望へと塗り替えられた。
ゴオォォォォォォォッ! という地鳴りのような咆哮と共に、遺跡の奥底から巨大な影が這い出してきたからだ。
それは、地竜だった。
全高十五メートルを優に超える巨体。全身をダイヤモンドのように硬質な魔法の鱗が覆い、四肢は巨大な重機を思わせる太さで、地面を歩くたびに石畳が粉砕される。その口元からは、獲物を焼き尽くすための灼熱の火花が絶えず漏れ出していた。
「なんだ、あれは……!」
シオンが息を呑み、双剣を構える。
「回避運動をとりながら距離を取れ! あれを正面から受ければ、今の俺たちではバラバラにされるぞ!」
ジンの警告と同時に、地竜が尻尾を鞭のようにしならせた。
音速を突破する衝撃波が、遺跡の石柱を豆腐のように断ち切り、一行がいた場所を根こそぎ粉砕した。
三人は極限の反射神経で回避する。
「喰らえぇぇぇッ!」
ヴォルフが粒子金属を圧縮し、唯一の武器である重魔導砲を形成して放つ。だが、地竜が口元に展開した幾重もの魔法障壁は、ヴォルフの必殺の一撃をまるでそよ風のように受け流した。
「効かないのか!? あいつの障壁は魔力そのものを食らって増幅させている!」
東郷博士が背後から絶望的な分析を叫ぶ。
シオンが超高速機動で地竜の死角に回り込み、ロンギヌスのような長槍を生成して突き立てる。しかし、魔法の鱗は槍の穂先をわずかに滑らせただけで、傷一つ負わせることができない。
時間は過ぎ、魔力変換の激痛が三人の肉体を蝕んでいく。
「くっ、頭が……! このままでは消耗しきって殺される!」
ヴォルフの砲撃が止まった。シオンの動きも明らかに鈍っている。
(このままでは、ここで全滅する……)
ジンは悟った。今の彼らには、通常の連携など通用しない。
圧倒的な格差。それを覆すには、理屈も計算も防御も、すべてを投げ捨てるしかなかった。
「……二人とも、下がれ」
ジンは静かに、しかし戦慄を覚えるほど冷徹な声で命じた。
「隊長!? 何をする気ですか!」
シオンが制止しようとするが、ジンはそれを無視して前に出た。
「これより、俺のギアの全負荷を左腕と脚部から剥がす」
「正気か!? 装甲をパージすれば、あいつの一撃を受けただけで心臓まで到達するぞ!」
ジンは答えず、ベルトのコアを操作した。
『警告。防御用装甲パージを実行します。粒子エネルギーの流動が停止します』
無機質な警告音と共に、ジンの左腕と両脚を覆っていた漆黒の装甲が、霧のように空中に霧散した。ジンの肉体は、ただの強化インナーと、右腕の装甲だけが残る無防備な状態となる。
そして、剥がされたすべての装甲粒子が、ジンの右腕へと、吸い込まれるように流れ込んだ。
「リミッター解除。第一から第五防壁、全パージ……」
ジンの右腕を覆っていた粒子金属が、見る間に膨れ上がり、数メートルの長さを誇る巨大な日本刀の形状を成していく。
その刀身は青白い粒子を纏って超高速で振動し、周囲の空間さえも切り裂くような禍々しい殺気を放っていた。
「顕現せよ、ムラサメ……一撃で終わらせる!」
「ギィィィィィッ!!」
地竜が本能的に危機を感じ、全魔力を注ぎ込んだ絶対障壁を何層にも展開する。
だが、ジンは一切の迷いなく地竜へと向かって地を蹴った。
防御用の粒子がないため、地竜が周囲に放つ熱波だけでジンの皮膚が焼けただれ、インナーが焦げる。だが彼は止まらない。
距離、十メートル。
地竜の尾が横薙ぎに襲いかかる。
ジンは回避しなかった。いや、回避する必要すら感じていなかった。
彼は、ただその巨大な刃を、地竜の喉元へ向けて真っ直ぐに突き出した。
「消えろ!」
斬撃の瞬間。
地竜の魔法障壁がムラサメの刃に触れた瞬間、分子レベルでの対消滅が引き起こされた。
障壁は防御としての機能を果たせず、ただの一瞬で真空へと蒸発する。
そして、そのままの勢いで、巨大な日本刀が地竜の首を根元から滑り抜けた。
静寂。
次の瞬間、巨大な地竜の首が、噴水のような魔力の奔流と共に宙を舞った。
「……勝った、のか?」
ヴォルフが呆然と呟く。
巨大な地竜の身体が地響きを立てて倒れ込み、遺跡全体が震えた。
「隊長……!」
シオンが駆け寄る。
そこには、右腕の装甲すら剥がれ落ち、力なくムラサメの刃を霧散させたジンが立っていた。
全身からは白い蒸気が立ち上り、インナーはボロボロで、激しい肉体疲労で膝から崩れ落ちようとしていた。
「隊長、しっかりして!」
シオンが支えようとするが、ジンは深く、深く息を吐きながら力なく微笑んだ。
「……ああ。……まだ、生きてる」
過酷な勝利だった。
だが、その背中を覆う装甲がほとんど失われた今、ジンは確かに、この世界の「強者」たちの牙に一矢報いることに成功した。
彼らは確信した。この世界で生き残るため、そして元の世界へ帰るために必要なのは、科学兵器の力だけではない。
自分自身の肉体と精神を限界まで研ぎ澄ませた、剥き出しの意志こそが、この地獄を切り拓く鍵なのだと。




