見ないで
年下の少女に狂わされる!ファム・ファタール百合
年下の少女に狂わされるお姉さんたち。
ファム・ファタールの少女達に狂わされ心乱される女性達の短編集
冷たい視線を感じた。
幸いにもシシアは気がついていないようだ。私は睨み返してシシアの手を強く握る。
初めてではない、こんな目で見られるのは。
「姉妹かい?」と言う花屋の店主に、シシアは「そう見えますのね」と笑う。その言葉で店主は一瞬あの目をした。その目が嫌いだ、化物を見る目と同じ目をしている。
見るな、そんな目で私達を。どうしてそんな目で見られなきゃいけないんだ。理解できないなら見ないでくれ。
シシアをこんな視線に晒したくないから一緒に歩くのは嫌なのだ。シシアは知ってか知らぬか気にもしていない。この子は真っ直ぐで純粋すぎるのではないかと時々思う。私を好きでいる事に1つも恥じらいも後ろめたさもない。愛を信じている者の目をしている。
私はこの子をこの視線から守る術を知らない。
私がこの手を離せば、シシアは視線から逃れられる?
それなら。
大切に咲いた恋の花が枯れていくのを感じる。シシアを守れるなら私の恋なんていらない。踏み潰して焼いてしまえ、そんなもの。
別れようと言えばシシアは解放される?
「お姉様、どうしたの?お顔が暗いわ」
「別に何でもない」
言えない、言えるわけがないこんなに愛しているのに。いや、私は私の気持ちを優先して、シシアの幸せは二の次だ。シシアが裏で何と呼ばれているか私は知っているのに。
「魔女」だ、相手を脅して2回も縁談を破談させているから。私がシシアをそうさせたのだ。
何がシシアにとって最善かはずっと分かっていた。私が告白したのが間違いだったことだって分かってる。でも、あの幸せそうなシシアの顔が誰かに向くのが許せなくて。私が諦めればいいことを、未練がましく。
どうすればいいかは分かっている。ウィンストン家として縁談を命令すればいい。シシアはそうすれば断ることはできない。でも、出来ないのは私が弱くてシシアを独り占めしたくて。
消えてしまえばいいのに、恋心なんて。
その日はそのまま帰った。家に帰ってからシシアに抱き締められて微笑まれると、気が触れそうになる。
言えない。身体が引き裂かれそうになる。でもあの視線を思い出すとやらなければならないと思った。レターセットを出して、後はサインするまでは書けた。書いたら終わりだ、何もかも。シシアとの関係も。
気がつけば私は紙をぐしゃぐしゃに丸めていた。私は私の気持ちを取ったのだ、シシアの幸せより。
「お姉様~お紅茶ですよ~」
「ありがとう」
シシアが見えないように紙を引き出しに仕舞う。
「お仕事に根を詰めすぎたらいけませんよ」
「分かってる」
「私と一緒に寝るために早くお仕事終わらせてね」
「はいはい」
可愛い笑顔が見られない。私にはシシアを守る資格なんてない。
シシアを部屋から追い出して。丸まった紙を綺麗に戻す。そしてサインした。これでいいんだ、これでいいんだ。シシアはこの風の強い世界に居なくていい。花は温室で育てるべきだった。もっと早く気がつけばよかった。
「はは」と乾いた笑いが出て、目尻が熱い。人を殺すのだってこんなにも心がおかしくならなかった。今にも叫びだしそうなくらい頭が冷静でいられない。心臓の音が激しく鼓膜を鳴らしている。私は正しい。正しいんだ。
シシアには“普通”で“平凡”な幸せを。
あの視線とは、私とは遠い世界で。
「お姉様」という声が離れない。頼むから消えてくれ。
消えてくれ。
「消えてくれ…」
翌日シシアを書斎に呼び出し、突きつけたのは縁談の手紙だった。「そろそろいい年頃だろ?」と私は言う。「お姉様、私たちお付き合いしていましたよね…?」「ごっこ遊びだろう?そろそろしっかりしないといけない年だぞシシア」
瞬間、思い切りシシアに頬を叩かれた。
「嘘つき」
嘘つき…か、確かにそうかもしれない。私はシシアを愛しているしごっこ遊びだったつもりもない。
「お姉様が本当のことを言わないと縁談は受けられません」
「ウィンストン家当主としての命令だ」
「お姉様は嘘をついている、そんなに悲しい顔のお姉様は見たことがありません」
目敏いなシシアは。私の目だけでそこまで分かるのか。
「私に隠し事が出来ると思わないでください」
するとシシアは私の机の引き出しを開けた。
「待て、それは…」
「こんなに書き直して、インクが滲んでいるのはどうしてですか?」
書き直したのは手が震えていたからだ。滲んでいるのは、そうだ、泣いたからだ。私がどうしてもシシアを手放すのが嫌で。
「あなたは勘違いしてる、私の幸せはお姉様と共にあるのに」
「違う、私はお前に“普通”に幸せになって欲しくて」
「嘘つき」
「お前は何も分かってない」
「嘘つき!お姉様なんて嫌い!」
シシアの手首を捕まえた。本当に衝動的だった。気がついたら掴んでいた。
「…ほら、やっぱり私のこと好きな癖に」
シシアが笑った。私は嵌められたのだ。「これは…その」と惨めに言い訳をしようにも、無理だろう。長年の付き合いだから分かるのだこういうことは。
「あなたの気持ちに嘘をつかないで、私のこと好き?」
「…好きに決まってるだろう」
シシアが私を抱き締める。「でしょう?じゃあこの手紙はいらないね」そう言うシシアの声が涙ぐんでいる。泣いて欲しくなかったからこうしたのに、泣かせてしまった。私は何も出来なかった、シシアに“普通”の幸せを与えることも。
笑顔を守ることも。
「私、お姉様と居られるなら何と呼ばれようと、どんな目で見られようといいの。あなたと居たいだけだから、それは恥じることでも隠すことでもないから。世界中の全ての人から良く思われることは無理だから、それならあなたを愛していたいの」
「私は…私は嫌だった。お前が最悪な視線で見られているのが」
「私も気にしてない訳じゃない、でもそれよりあなたと居たいの」
「“普通”の幸せを手に入れて欲しかった」
「普通なんかよりお姉様の愛の方が何倍もほしいわ」
天を見上げる、そして溜め息をついた。本当に肝の座ってる恋人だ。私の悩みが馬鹿みたいじゃないか。
「お姉様のお馬鹿さん。私、あなたと居られればそれでいいのに」
「私はよくない」
「私もこの手紙は“よくない”わ。でもお姉様が私のこと大好きってことは伝わってきたから許してあげる」
シシアが私の胸に顔を押し付けてきた所から服がじんわり温かく濡れる。幸せになって欲しかったのに、泣かせてしまったなぁ。
「…すまん」
「謝れて偉いです、お姉様」
「お前の気持ちを考えてなかった、私は」
「本当ですよ、いつも突っ走って。こちらの身にもなってください」
「思い当たりがありすぎるな…」
「キスしてくれたら許してあげますよ?」
おねだり上手だこの子は本当に。優しく唇にキスを落とすと、「もっと」と言われた。何度もキスを落とし、シシアを抱き締める。
「お姉様、泣いてる?」
「雨だ」
「ふふ、室内なのに不思議ね」
私のシシア。好きでいてもいいんだな。心臓が今度は喜びで痛い。私の物になったなら、もう二度と離さないからな。この位置は誰にも譲らない、もう。




