海
年下の少女に狂わされる!ファム・ファタール百合
年下の少女に狂わされるお姉さんたち。
ファム・ファタールの少女達に狂わされ心乱される女性達の一話完結短編集
月の光がさらさらと流れていく。ふうわり笑った貴女。
貴女が月が見たいと言ったから。こんな満月の夜にこの身ひとつで二人抜け出して。夜道を歩いていると街灯が遠くまで揺らいでいる。貴女が隣でいることに不思議としっくりと感じてしまっていた。
貴女が私を好きになることなんてないのに。
「月が一番綺麗に見えるのは何処だと思う?」
「何処なんだい、」
「海よ!」
そう言った貴女に連れられて、何も持たずここまできた。夜道には私たち以外は誰もいない。ただ生温い風が2人の間にあった。
ひたすら海までの道を歩く。何も考えずに来たが、かなり距離があった。言葉少なに、ただ歩く。
車が止まっていた。中でカップルがキスをしている。それを妬ましい気持ちでつい見ていた。
私は報われなくともあなたを好きだと思っていたのに。結局はそう思っているのか。側にいるだけでいいと誓ったのに。今度は自分が妬ましい。
と、貴女が「少し休む?」と言った。
貴女はいつも欲しい言葉をくれる。自動販売機に180円を入れて、サイダーを買った貴女。
それを私に渡すと何も言わず瞳で飲めと言う。私はその通りにペットボトルの蓋を開けた。生温い夏の風を吸った喉を炭酸が洗い流していく。その炭酸が痛くもあって、なぜか涙が込み上げてきた。貴女はいつも優しい。
また歩きだすと海岸を指す看板が見えた。海はもうすぐのようだ。甘い炭酸の名残に纏わりつく生
温い潮風。
波の音が聞こえる。優しい貴女の香りと混じって苦しい。
どうしてこんなに貴女は優しい香りがするのだろう。私がそう思っているだけで、違うのか。
真実そのものを見ている人が、一体この世界に何人いるだろう。全ての人が皆、それぞれの主観や経験から真実を色づけして、歪めている。見たく無いもは見ない。知りたくないものは避けてゆく。ありのままなんて、誰も見ていはしない。例えば有名な話で、鴉は本当に黒いのか?と言うものがある。
私の目には黒く見えているだけで、実際には白いのではないか。鴉が黒だと証明することが出来なければ、鴉が黒いとは言えない、と。鴉が何色と思うか俺は何色とも答えられなかったっけ。
貴女を見てふと思う。物事の本当の姿を見ることが出来ない私は、大切な人と景色を共有する事も出来ないのか。
こんなにも月の綺麗な夜にす海に向かう貴女。例えば、私が貴女に月が綺麗か聞いたとして、貴女の目にはどう映るんだろう。
これが恋だというのか。こんなにも惨めな感情が。この寂しさが私と貴女が共有できる唯一なのか。こんなものが真実だというのか。
恋。
いや。
貴女が隣にいるなら、もはや真実なんて要らないのか。
夜闇に融けるように、鴉が羽ばたいた。不吉な声で啼いたような気がした。違う。きっとあれは鴉じゃない。あんなに美しい翼をしているんだもの。
青い鳥だ。
喧騒から離れた所で車の音さえ聞こえない場所で。海風が震えている。
海は夜空の色を映して、大きくうねる。白波が月光に洗われて眩しい。波間に月明かりが落ちてきらきらと。貴女の睫に反射して星屑のように輝いていた。靴を脱ぎ捨てて、海に足を浸けてみる。ああなんて冷たいんだろう。
そのまま貴女の手を取って緩くステップを踏む。浅波を蹴散らして踊った。足に纏わりつく波も光りと共に踊る。月に青白く影が揺れている。夢のように月華のスポットライトが落ちていた。
尋ねても尋ねても返らない答え。打ち付ける波のように引き返す心。でもただ今一時だけは、目を閉じて感じていたい。この身を生ぬるい潮風に委ねて。
月が偽りの愛を照らしている。
その下で笑う貴女は何より綺麗だ。貴女の香りが潮騒に混ざって頭がくらくらする。二人の影が離れたり近付いたりしながら混ざっていく。これが夢でも現でもいい。
足元で海水が弾けとんでいく。ふらふらと踊るように何度も、波を踏み潰す。張り付く様な熱。
熱帯夜。
月のシャンデリア・ライトが揺れる。
渡すものか、誰にも。思いが伝わらず尚、きっと私を縛る人の。身体を内から焼き尽くす。
遠い夢の中の恋を。
誰にも譲らない。
貴女の幻は、私だけのもの。
きっと地獄で、もっと私を見ていて。息が止まって死ぬほど見詰めて。死ぬ時は天使じゃなくて。貴女に抱かれて逝けたらいい。
夜がふける。ずっと忘れない。何度も繰り返す死の舞踏。アラビアン・ナイトの終わらない夢の中。生まれ変わっても、恋をする。一緒に死なせてくれないだろう、貴女が憎いから。
誰よりも、見ていた。
誰よりも恋してた。
これは復讐。指を絡めてもほどけていくなら、もうなんでもいい。
この今さえあればもういい。貴女の手を握れることだけで幸せだから。まるで麻酔にかかったように視界が朧げで。心も止まってしまったようで。どうしてだろう涙がでるのは。この感情に整理がつかないのは。苦しいほど紺碧の海が陰鬱に黒ずんで、どこまでも深淵へ引き込む。鮮やかに朝日が薄ら波間を照らした。どうしようもなくなって、私は笑った。
貴女も笑った。
それでいいんだ、もうそれでいいんだ。




