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ああ、わたしのお姉様!  作者: 虹毒しえら


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蜉蝣

年下の少女に狂わされる!ファム・ファタール百合


年下の少女に狂わされるお姉さんたち。

ファム・ファタールの少女達に狂わされ心乱される女性達の短編集

蜉蝣


死に行く蜉蝣は交接さえせず燃え尽きる。


白熱灯にあてられた虫が、ばちりと音を立てて死んだ。落ちた死骸を踏みにじって、あたしはぼんやりと宙を見た。


窓硝子から見える星空はあまりにも広い。指先でなぞって、何を書き記すでもない。この指は穢れている。大切なあの子に触れる権利など無い。夢に迄見る、幸せそうに笑う顔を。無邪気な笑顔にあたしが与えられる幸せなど無い。


罪に罪を塗り重ねて、膨れ上がった「罪」と言う言葉に押し潰されそうだ。

「姉様」と呼ぶ、誰よりも愛おしい声が。振り返るとアイラが知ってか知らぬか微笑んでいた。ゆっくり近づいてくるアイラが、あたしの手を取る。そして指を絡めて頬を擦りよった。


「なんだい、甘えただね」

「姉様、わたし姉様の手が好きなの。わたしを愛してくれる手…」


そんなことはない、寧ろあたしの手は真逆の物だ。たった指先一つで多くの命を奪い過ぎた。

あたしには幸せになる権利も、する権利も無いのだ。苦しみ続ける事だけが唯一の償いだろう。それなのに、あたしは簡単にあの子の言葉に心を揺らされている。


「ねえ、姉様。姉様の全てが好きよ。手も言葉も心も」


そう言われたって、あたしにはそんな言葉は眩しすぎる。無垢な笑顔が苦しい。愛を信じきっている目だ。アイラの愛に偽りなどなく、真っ直ぐあたしを貫いている。

とん、とアイラが一歩前に出た。精一杯背伸びをして、あたしに顔を近づける。アイラの靴はハイヒールだ。


「姉様に近づきたいの、少しでも」と言っていた。


それは物理的な距離感でもあるし、心もそうだ。アイラはいつもあたしの側に難なく近づいてくる。あたしにこんなにも「近づける」のはアイラだけだ。他の者を許せるほど、あたしは強くない。


ゆるりと屈んで、あたしも顔を近づけた。勝手分かったると、アイラがあたしの頬に手を添えて。睫毛が触れあい、唇が熱を分け合う。するりとアイラの手が離れて、間近で見詰めあった。

アイラの長い睫毛から、真っ赤な蝶々が羽を広げる様に。深紅の花が開くように、瞳があたしを見ている。あまりにも真っ直ぐで見詰め返すのが怖くなる。


「背けないで。…好きよ、姉様」

「…お見通しかい。聡い子だね」


もう何年この子を見てきただろう。この子の人生の全てを知っている。小さくて幼い頃からいつの間にこんなにも大きくなって、強く、美しい女になったのだろう。全て知っている筈なのに、何も知らない気分になる。反対にあたしの全てを見通され、知られている気がする。こんなに小さくて幾つも歳は離れているのに、あたしの痛みを共に抱えようとしてくれている。


ふうわり抱きつくアイラは、寧ろあたしを抱き締める様に、優しく、柔らかな手つきで、腕をあたしの腰に回した。


アイラの体温があたしの心を溶かしていく。この子の前でだけ、あたしは罪から解放される気がした。市で手に入れたレコード。円盤が回り、音が部屋に溢れる。流れる曲もずっと昔の、クラシック。アイラの手を取り、真似事のワルツを踊る。それは、まるで蜉蝣の求愛の様に。あたしに身を任せて、アイラは優しい瞳で微笑んでいる。卵を抱える事の無い蜉蝣。


あたしに捕まって可哀想な子だ、何て思うのに。手放せないのはあたしが弱いからだ。真似事の交接をして、それでも幸せそうに笑うアイラが。愛おしくもあり、憎くもある。いっそ、誰かの物になって欲しい。あたし以外の何者かの。そうしたらこんなにも苦しまずに済んだだろう。


あたしもこの子も。


手を汚して、国を追われ、帰る故郷も無く、戦場でいつ死ぬか分からないあたしに、明日をくれたのはアイラだ。こんなにも幸せにしたいのに、こんなにもあたしは自分勝手で。


燦々と輝く太陽の様なアイラに目を焼かれ。この子の為ならとしてきた事が全て裏目に出てしまう。ただ、幸せにしてやりたかっただけなのに。どうして不幸にしかしてやれないのに。どうしてこんなにも身を任せてあたしと踊ってくれるのだろう。分からない。


しかし、あたしは狡いから。何も言わずに享受している。蜉蝣…陽炎。きっとあたし達は背中合わせで離れられないのだろう。アイラがあたしの光であればあるほど、あたしと言う陽炎は強くなる。強く美しい女になるアイラを見て思う事はそんなことだ。


あたしの帰る場所。

あたしのアイラ。


どうか、不幸にしかしてやれないあたしを許して欲しい。優しいから「それでもいいよ」と言ってくれるのをあたしは知っている。狡い大人を罰して欲しい。その若くて未熟な笑顔で。苦しみ続ける事があたしの償いだから。


ゆったりと踊りの足を止めて、あたしはレコードの針を上げた。ふふ、と笑ったアイラがわざとらしく背伸びして口付けをせがむ。そうされると弱いあたしは、望まれるがまま口付けた。


小さなあたしのアイラ。今だけあたしの物になってくれ。唇が離れて、名残惜しくて、また口付ける。何度も重ね合う内に、アイラの唇にあたしの口紅が移る。それが何とも、あたしの物にしたようで、心が震えた。手放してやれない、こんなに愛おしいのに。あたしは何時もあたしの事ばかりだ。


「愛してる、姉様…」

「簡単に言っちゃいけないよ、愛してるだなんて」

「本当に愛してるのだもの、姉様だってそうでしょう?」

「…そうさ、愛してるよ、アイラ」


この時がずっと続けばいいのになんて、馬鹿馬鹿しい願いだ。あたしは軍の指揮者で、穢れた罪人だと言うのに。こうして、ひとときの幸せに浸っている。


深海に引き摺り込まれるかの如く、抗えない。愛しているんだ、こんなにも、愛している。今はこれだけがあたしにとって事実だった。罪人のあたしは、戦場に赴き明日も死に場を探すのだろう。


ああ、この子の胸に帰りたい。許されない。白熱灯に触れて死んだ虫を羨ましく思う。この子という光に触れて死ぬなら幸せだろうと。あたしは塵になる事しか許されないのだ。


その時、アイラはやっとあたしから解放されて、本当の幸せと、本当の愛を掴むのだろう。ならば今だけ、今だけあたしの物に。


目の奥が熱く痛い。

呼吸が辛い。


これが罪に対する罰なのだろうと思っている。アイラが無邪気に「姉様」と呼ぶ度に胸が締め付けられる。そんなにあたしを真っ直ぐ呼ばないでくれ。あたしは、あたしは、あんたを幸せにしてはやれないよ。すまない、あたしはあんたの思う運命の人ではないよ。


もっと早く言ってやれば良かった。もっと早く他の人に譲れば良かった。もっと、もっと何か出来た筈なのに。あたしはどうして、手放せないんだろうね。


「馬鹿だよ、あたしもあんたも」

「姉様と一緒なら馬鹿でもいいよ」


ゆらゆら揺れる蜉蝣達は交接も出来ず死んでいく。吹けば飛ぶ命をただ無駄にして、時だけが経っていく。


二十数年、アイラだけを見てきた。この子を幸せにしたいとただ願っていた筈なのに。少しでも良い生活をさせてやろうと、そうして軍に入った筈なのに。一体何処で邪な気持ちを抱いてしまったのだろう。


恋心が生まれた瞬間に踏み潰してしまえば良かった。もう後戻り出来ない程、こんなにも愛している。愛しているならアイラに縁談でも何でもしてやれたのに、あたしは二十数年、何もしてこなかった。ただ、一重に「あたしがアイラを幸せにしたいから」だ。そんなあたしに出来る償いは、何もなかった。あまりにも罪を重ね過ぎた。


「姉様」


…ああ、呼ばないでくれ。あたしを。あたしはあんたに呼ばれていい人じゃない。それなのに口から溢れた言葉はいつも反対だ。


「愛しているよ」


何処までも堕ちていく。罪を重ねていく。穢れた手と口で愛を囁く。汚しても汚しても穢れなく笑うアイラが、堕天してしまうまで、きっとあたしはこうしているだろう。


ばちりと音を立ててまた虫が白熱灯に触れて死んだ。 

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