第7話 ゴリ押し戦闘
帝都を離れ、前線地帯である『影喰みの荒野』に到着した。
瘴気によって草木が枯れ果て、どす黒い土がむき出しになった不気味な戦場だ。
周囲には、硫黄のような鼻をつく悪臭が漂っている。
(来ます。魔獣――ブラッドボア)
アリエラが立ち止まり、腰の剣に手をかけた。
地響きと共に、巨大な猪のような群れが土煙を上げて突進してきた。赤い眼を血走らせ、鋭い牙を剥き出しにしている。
〈お、おいっ!結構な数がいるぞ!〉
(問題ありません。ショーヤン様、私の技の冴えを、どうかその目でご照覧ください)
アリエラは剣を抜き放つと、魔獣の群れに向かって真っ直ぐに駆け出した。
俺は心の中で身構えた。大賢者のアドバイスを期待されている以上、何か属性の弱点とか、踏み込みのタイミングとかを指示すべきなのか!?
だが、俺の焦りをよそに、アリエラは俺の想像を絶する行動に出た。
「ふっ……!」
彼女の細い足が大地を踏み砕き、爆発的な踏み込みで一瞬にして間合いを詰める。
上段に構えた剣を、一切の躊躇なく振り下ろした。
「『神速一線・崩壊断』!!」
凄まじい衝撃音が荒野に轟いた。
視界が大きく揺れ、鼓膜が破れそうなほどの轟音が響く。
彼女の一撃は、魔法でも何でもなかった。
ただの、圧倒的なまでの『腕力』と『脚力』による物理のゴリ押しだ。
分厚い装甲のような魔獣の皮膚も、太い骨も関係ない。
ただ力任せに、すべてを強引に両断してしまった。
ギギギィッ!!
魔獣が真っ二つに裂けるのと同時に、アリエラの握る剣から悲鳴のような金属音が上がった。
もっと緻密な立ち回りで斬撃の威力を高めるような大技を、彼女は極限まで鍛え抜いたフィジカルだけで無理やりねじ伏せて放っているようだ。
肉の繊維も、骨の継ぎ目も完全に無視した強引すぎる剣の振り方。
あれでは、いかに名剣であろうと刃に尋常ではない負担がかかっているだろう。
だが、アリエラは武器の悲鳴など意に介さず、次々と群れに飛び込んでは前線の魔獣たちを圧倒的なフィジカルで粉砕していく。
返り血を浴びながら、踊るように大剣を振るうその姿は、まさしく『剣聖』の名にふさわしい、恐ろしいまでの暴力の化身だった。
ものの数分で、数十頭いたブラッドボアの群れは、文字通り血の海に沈んでいた。
(ふぅ……。いかがでしたか、ショーヤン様。準備運動としては、まずまずの動きだったかと)
息一つ乱さず、アリエラは誇らしげに脳内で語りかけてきた。
〈あ、ああ……。す、すごいな。見事な太刀筋だったぞ〉
俺は引きつった笑いを浮かべながら答えるしかなかった。
なんだあのデタラメな強さは。
ファンタジー世界の戦闘って、もっとこう、属性の相性とか、魔法の詠唱とか、そういう知的な駆け引きがあるんじゃないのか!?
ただ物理で殴って解決するなら、俺の知識(持ってないけど)なんて出る幕がない。
俺、マジでこの子の脳内に必要ないんじゃないか?
圧倒的な暴力を前に、ただの定食屋の店員である俺は、己の存在意義について本気で悩み始めていた。
+++
圧倒的なフィジカルで魔獣の群れを蹂躙したアリエラは、さらに『影喰みの荒野』の奥地へと足を踏み入れた。
そこは瘴気が一段と濃く、空気がねっとりと肌にまとわりつくような嫌な場所だった。
(……来ます。先ほどの群れとは、比べ物にならない気配です)
アリエラが剣を構え直した直後、地響きとともに巨大な影が姿を現した。
全身を岩のように強固な外殻で覆われ、四本の太い腕を持つ昆虫のような異形の魔獣。
(初めて遭遇するタイプの魔獣ね)
「ふっ!」
アリエラは迷わず踏み込み、先ほどと同じように渾身の力で剣を叩きつける。
しかし――ガキィィィンッ!!
甲高い金属音が響き、アリエラの身体が大きく弾き返された。
強固な頭部の外殻に阻まれ、刃が通らない。魔獣が咆哮を上げ、丸太のような腕で反撃を繰り出してきた。
アリエラは間一髪でそれを躱すが、追撃の連打にジリジリと圧されていく。
力押しのゴリ押しが、ついに通用しなくなったようだ。
(くっ……硬い!魔力による物理耐性……!?)
荒い息を吐きながら、アリエラからの切迫した声が脳内に響き渡る。
(大賢者様!この敵の弱点となる部位はどこですか!?ヤツの攻撃の対処法は!?)
――きた!
ついに来てしまった。
大賢者としての知識を問われる絶体絶命のピンチ!
俺は完全にパニックに陥った。
弱点の部位!?
攻撃の対処法!?
知るかそんなの!!
俺が知ってるのは豚肉のおいしい部位と、クレーマーへの対処方法くらいだ!
〈え、あ、その……!〉
(早く!このままでは押し潰されます!)
魔獣の巨大な腕が迫る。考える猶予はない。俺は漫画やゲームの適当な知識と、苦し紛れの直感を叫んだ。
〈く、首の後ろだ!だいたいそこ、生き物の弱点だから!そこで間違いない!〉
(首の後ろ……了解しました!!)
アリエラは俺の適当すぎるアドバイスを微塵も疑わず、爆発的な脚力で魔獣の頭上へと跳躍した。
そして、空中で身体を捻り、魔獣の首の真後ろ――最も外殻が分厚く、骨が密集していそうな部位に向けて、強引に必殺技を放った。
「『神速一線・崩壊断』!!」
緻密な魔力制御など一切ない、ただの筋力による大上段からの力任せの一撃。
パキィィィンッ!!!
魔獣の首の骨を強引に断ち割る凄まじい轟音とともに、嫌な音が響いた。
魔獣は断末魔を上げて崩れ落ち、見事に一撃で倒すことができた。
だが、アリエラが着地して剣を構え直したとき、俺の視界にもはっきりと映っていた。
彼女の愛剣が、大きく欠けて刃こぼれを起こしてしまったことを。




