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第5話 入浴

 ガチャリと脱衣所の扉が閉まる。


 アリエラは躊躇いなく、着ていたインナーに手をかけた。


〈ちょ、ちょっと待てアリエラ!お前、まさか今から風呂に入る気か!?〉


(はい。それが何か問題でも?)


〈大ありだ!俺は今、お前と視覚を共有してるんだぞ!?つまり、お前が服を脱いだら、俺にも丸見えに……〉


(?ショーヤン様は深遠なる知識の精霊でありましょう?人間の肉体など、ただの有機物の塊。恥じることなど何一つありませんが)


 アリエラは全く意に介さず、鏡の前でスポーンとインナーを脱ぎ捨ててしまった。


 ああっ!


 俺の視界いっぱいに、彼女の裸体が飛び込んでくる。


 ガラス越しに見た隙のない姿を裏打ちするような、極限まで鍛え抜かれた無駄のない手足に、うっすらと割れた腹筋。


 そして何より、あの鋭利なオーラやアスリートのような体型からは想像もつかないほど、豊かに主張している大きなお胸。


 中身は健全な二十六歳の男である俺にとって、この状況は刺激が強すぎた。


 ど、どこを見ればいいんだ!?


 いや、目を逸らしたくても、視点カメラの操作権は彼女にあるからどうしようもない!


 まぶたを閉じることすらできないのだ!


 仕方ない。これは不可抗力だ。


 俺が見たくて見てるわけじゃない。そう、これは避けられない事故なんだ!


 俺は必死に自分に言い聞かせながら、内心で大興奮しつつ彼女の入浴を見守るという、地獄のような、いや天国のような拷問を受ける羽目になった。


 改めて鏡に映る彼女の体を拝ませてもらうと、首筋から腹部にかけて刻まれた傷跡を見つけた。


 一つや二つではない。過去の壮絶な死線を物語る、無数の古傷だ。


 剣聖勇者と呼ばれる彼女が、どれほどの痛みを一人で背負ってきたのか。


 それを想像すると、俺の胸の奥がチクリと痛んだ。


 湯船に浸かり、ほうっと息をつくアリエラ。


 彼女の視線が、ふと虚空をさまよった。


(そういえば……ショーヤン様は、男性なのですか?それとも女性なのですか?)


 唐突な質問に、俺の心臓が(ないけど)跳ね上がった。


 ここで「ガッツリ男です。さっきからめっちゃ興奮してます」なんて言えられるわけがない。


 もし言ったら、いくら彼女でもドン引きして、最悪の場合スキルを解除(物理)されかねない。


〈ご、ゴホン!我は高位の精神生命体。故に、肉体的な性別などという矮小な概念は持ち合わせておらん。強いて言うなら、どちらでもない、だな〉


(なるほど……。やはり神の領域に在る御方なのですね)


 俺は必死に嘘をついて逃げた。


 アリエラは納得したように頷き、ふくよかな胸元にお湯をかけている。


 頼むから、早く風呂から上がってくれ。俺の精神力がもたない。


 +++


 入浴後、アリエラは簡素な寝間着に着替え、ベッドに潜り込んだ。


 ランプの灯りが消され、部屋が暗闇に包まれる。


(ショーヤン様)


 眠りにつく直前、アリエラが脳内で静かに語りかけてきた。


〈なんだ?〉


(本日は、素晴らしい魔法のような知恵をご教示いただき、ありがとうございました)


 いや、魔法じゃなくてただの調味料の配合なんだけど。


(あの硬い肉が、あんなにも美味しく感じられる日が来るなんて、思ってもみませんでした。……少しだけ、明日が楽しみになりました)


 彼女の言葉には、昼間の冷徹な「剣聖」の面影はなく、年相応の素直な響きがあった。


 なんだよ。気を張るのをやめれば、普通の女の子じゃないか。


 ただの料理の知識を高度な錬金術か何かだと勘違いしているのは可笑しかったが、こんなに喜んでくれるなら悪い気はしない。


〈ああ。明日も、もっと美味いものを食わせてやるよ。だから、ゆっくり休みなさい〉


(はい。おやすみなさいませ、大賢者様)


 アリエラの呼吸が、次第に規則的で深いものに変わっていく。


 どうやら本当に眠りにつくようだ。


 さて、宿主が寝てしまったら、俺はどうなるんだ?暗闇の中で朝まで一人ぼっちで暇を持て余すのだろうか。


 スマホもないのに、そんなの耐えられないぞ。


 そう不安に思っていた矢先、強烈な睡魔が俺の意識を襲った。


 ……あれ?


 なんでだ?


 俺には肉体がないはずだ。


 疲労物質が溜まるわけがない。


 だが、抗いようのない眠気が、波のように押し寄せてくる。


 そうか。俺たちは視覚や聴覚だけでなく、脳の神経伝達すらも根底で繋がっているんだな。


 彼女の脳が休息モードに入れば、そこに寄生している俺の意識も強制的にシャットダウンされるというわけか。


 なんだ、一緒に寝るのかよ。変な感じだな。


 だが、悪い気はしなかった。


 暗闇の中で、アリエラの穏やかな寝息と心音だけが心地よく響いている。


 俺は抵抗するのをやめて意識を手放し、彼女と共に深い眠りへと落ちていった。

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