第42話 帝都図書館
オズボーンが低く冷たい声で圧をかけると、悪徳商人の顔から一瞬にして血の気が引いた。
「あ、いや、それは誤解で……!」
「黙れ。全商業ギルドおよび冒険者ギルドへ通達する。この商人、およびその後ろに控える護衛パーティーとは、今後一切の取引・依頼斡旋を禁ずる」
オズボーンの言葉は、彼らにとって死刑宣告も同然だった。
「カウナスのみならず、この帝都市場からも永久追放だ。二度と私の視界に入るな」
「そ、そんなぁ……!」
悪徳商人はその場に崩れ落ち、護衛の元メンバーたちもギルドからの事実上の永久追放を言い渡され、顔を覆って絶望の底へと沈んでいった。
「にゃははっ!自業自得だにゃ!」
チェルシーが鼻で笑い、リコもホッと胸を撫で下ろす。
(……さすがはカウナスの大番頭ね。一言で相手を社会的に抹殺してしまうなんて)
〈まったくだ。商人ってのは怒らせると一番怖い生き物だな。でも、最高にスカッとしたぜ!〉
アリエラはオズボーンに静かに会釈をすると、爽快な気分と共にその場を後にした。
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帝都の家への帰還の道中、リコが何かを考え込むように首を傾げていた。
「どうしたの、リコ?」
「アリエラさん。実は、ゼルギウスから取り出した『万能の霊髄』の表面に、かすかにですが古代文字のような模様が刻まれていたんです……」
リコは真剣な表情で、記憶を辿るように呟いた。
「以前、カウナスの書庫で読んだ古書の記述と似ていて……もしかしたら、帝都図書館にある文献なら、あの模様の意味が解読できるかもしれません」
(……受肉ポーションの、手がかりかしら)
〈おいアリエラ、善は急げだ!いますぐ帝都図書館へ向かうぞ!〉
アリエラは頷き、帰宅する予定を変更して、そのまま帝都の中央にそびえ立つ巨大な図書館へと足を向けた。
剣聖勇者としての特権を行使し、一般の立ち入りが禁じられている地下の禁書エリアへと入室する。
カビと古い羊皮紙の匂いが立ち込める中、リコは膨大な量の古書を次々と広げ、霊髄に刻まれていた模様と照らし合わせていった。
数時間の沈黙の後。
「……わかりました!アリエラさん、『神の肉体生成ポーション』の全容です!」
リコが興奮した声で、分厚い古書の一節を指差した。
「常世の古廟の壁画では風化して読めなかった部分が、ここに全て記されています!」
リコの言葉に、チェルシーも身を乗り出し、アリエラの心臓が期待で大きく跳ねた。
「必要な素材は、私たちが手に入れた『万能の霊髄』だけではありません。肉体の器となる『千年白樹の樹液』と『始源の粘土』。そして、魂と肉体を定着させるための『世界樹の湧水』と『深層湧水』……」
リコが次々と、入手の難しそうな希少素材の名前を読み上げていく。
「最後に、魂の設計図を認識させるためのアンカーとなる『対象者の思念・記憶に強く結びつく物品』。これらを、薬師が調合する『特製薬草エキス』で拒絶反応を抑えながら融合させるんです」
(……これほどの伝説級の素材が、あとこれだけ必要なのね)
アリエラは、その道のりの長さに一瞬だけ息を呑んだ。
どれも、未踏の迷宮や危険な秘境にしか存在しないであろう幻の品ばかりだ。
〈おいおい、こりゃあ前途多難だな。俺が本物の身体を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうだ〉
俺が脳内で苦笑いすると、アリエラは古書から視線を上げ、真っ直ぐに前を向いた。
「……先の長い話だけれど、一つずつ片づけていきましょう」
その声には、迷いや絶望は微塵もなかった。
かつては一人で背負い込み、プレッシャーに押し潰されそうになっていた彼女だが、今の彼女には信じられる仲間がいる。
「にゃははっ!面白くなってきたにゃ!どんな危険な場所でも、あたしが露払いしてやるにゃ!」
「はいっ!私が絶対に、最高のポーションに調合してみせますから!」
チェルシーが尻尾をピンと立てて笑い、リコが力強く頷く。
(……ええ。私たちなら、きっと全部集められるわ)
アリエラは、脳内にいる俺に向かって、静かに、しかし確かな熱を込めて語りかけた。
(待っていてね、ショーヤン。必ずあなたに、本物の身体を取り戻してみせるから)
〈おう。気長に待ってるぜ。受肉した暁に作ってやる極上の定食のメニューを考える時間が増えたから、その分より立派なのを作ってやるぜ。腹空かせて待ってろよ!〉
(ふふっ、楽しみにしているわ、料理長殿)
帝都の地下図書館で、俺たちは次なる冒険への決意を新たにしていた。
魔王軍との戦いと、俺を受肉させるためのポーション素材探しの旅は、ここからが本当の始まりなのだ。




