第41話 制裁
「お前みたいな無能が、なんで勇者様のパーティーにいやがるんだ?相変わらず、飲んだら胃が死ぬようなゴミ薬を作って足手まといになってるんだろ?ギャハハハッ!」
嘲笑が響き渡る中、アリエラの蒼氷色の瞳に、静かだが確かな怒りの炎が灯った。
極限まで鍛え抜かれた彼女の全身から、先日のゼルギウス戦をも凌駕するような恐るべき殺気が漏れ出し始める。
彼女の指が、白銀の大剣の柄にゆっくりと掛かった。
(私の大切な仲間を……よくも、罵ってくれたわね)
〈待て、アリエラ!気持ちは痛いほど分かるが、祝賀ムードの帝都のど真ん中で剣を抜くのはまずい!〉
俺が脳内で必死に制止しようとした、その時だった。
「アリエラ様、剣を抜く必要はないにゃ」
スッと前に出たのは、チェルシーだった。
彼女は三毛の耳をピンと立て、悪徳商人を真っ直ぐに見据えながら、鼻でふんと笑い飛ばした。
「あんたみたいな小悪党を見てると、昔なら腸が煮えくり返ってたけど……今はなんだか、どうでもよくなったにゃ」
「なんだと?このコソ泥が……!」
「今のあたしには、背中を任せられる最高の仲間と、毎日ほっぺたが落ちるくらい極上のご飯があるんだにゃ。あんたみたいな腹黒い奴の言葉に、いちいち腹を立てるだけ無駄だってわかったにゃ」
チェルシーは毅然とした態度で言い放ち、串焼きの最後の一口を美味そうに飲み込んだ。
さらに、リコもチェルシーの隣に並び立ち、護衛の冒険者たちに向かって真っ直ぐに視線を向けた。
「私も、あなたたちの言葉にはもう傷つきません」
リコの声には、かつて街道で一人泣いていた頃の弱々しさは微塵もなかった。
「私の薬草の知識やスパイスが、お料理をどれだけ美味しくして、仲間を笑顔にするか……あなたたちには一生わからないでしょう。味の引き出し方も知らないなんて、本当に可哀想な人たちです」
「てめぇ……!誰に向かって口を利いてる!」
護衛の男が顔を真っ赤にして凄むが、チェルシーとリコは一歩も引かなかった。
過去のトラウマを完全に乗り越え、自分たちの価値と居場所を確信している二人の姿。
その堂々たる立ち振る舞いを見て、アリエラから漏れ出していた殺気がスッと霧散した。
柄に掛かっていた指が離れ、彼女の口元に誇らしげな、柔らかな笑みが浮かぶ。
「……ええ、そうね。あなたたちの言う通りだわ」
〈へへっ。あいつら、俺の作った飯を毎日食って、心まですっかり逞しくなりやがったな〉
(ふふっ、本当に。料理長殿の腕の賜物かしらね)
アリエラは前に出ると、チェルシーとリコの肩にそっと手を置いた。
「私の仲間が言った通りよ。あなたたちのような者と交わす言葉も、取引も持ち合わせていないわ。そこをどきなさい」
剣を抜くまでもない。
剣聖としての静かな、しかし有無を言わさぬ絶対的な覇気に当てられ、悪徳商人と護衛たちは顔を青ざめさせて後ずさった。
自分たちで過去の因縁を笑い飛ばした仲間たちの成長に、アリエラは心からの温かい喜びを感じていた。
アリエラの静かな、しかし圧倒的な覇気に呑まれ、悪徳商人と護衛の冒険者たちが顔を青ざめて後ずさった、その時だった。
「ほう。帝都の祝賀ムードに水を差すとは、随分と無粋な輩もいたものですな」
群衆をかき分け、鷹揚な足取りで現れたのは、恰幅の良い中年男だった。
自由商業連合カウナスを牛耳る豪商であり、アリエラたちのビジネスパートナーでもあるオズボーンだ。
「これはオズボーン会長!い、いや、これはほんのくい違いと言いますか……」
悪徳商人が慌てて揉み手をして媚びへつらうが、オズボーンは彼を完全に無視し、真っ直ぐにリコの元へと歩み寄った。
「リコ殿!探しましたぞ!」
「えっ?私、ですか?」
オズボーンは、普段の喰えない守銭奴の顔をかなぐり捨て、商機を見つけた獰猛な笑みを浮かべていた。
「以前、カウナスで貴女からいただいた『おまけ』の特製スパイスとハーブの調味料!あれを我が商会の料理人に使わせたところ、どんな泥肉も王侯貴族が唸る極上の味に化けましてな!」
興奮冷めやらぬ様子で語るオズボーンの言葉に、リコを追放した元パーティーメンバーたちがポカンと口を開けた。
「あの味が帝都の美食家たちの間で瞬く間に噂となり、今やこぞって欲しがっております。ぜひ、我が商会と独占契約を結んでいただきたい!もちろん言い値で結構です」
「ええっ!?ど、独占契約、ですか!?」
目を丸くするリコの背後で、元メンバーの冒険者たちが「あんな激苦ポーションしか作れないゴミ薬師が、大金を生む天才だって!?」と信じられないものを見る目で絶望に突き落とされた。
自分たちが無能だと切り捨てた少女が、実は莫大な富と名声を生む金の卵であったという事実に、彼らの顔が悔しさと後悔で歪む。
その光景を見ていた悪徳商人は、自分もその巨大な利益に一枚噛もうと、卑屈な笑みを浮かべてオズボーンにすり寄った。
「こ、これは素晴らしい!勇者様に取り入るだけでなく、そのような独占利権があるのなら、ぜひとも私めにも……」
だが、オズボーンの目がスッと細められ、鋭い商人のそれへと変わった。
「ほう。私の未来の専属薬師たるリコ殿と、我が盟友アリエラ殿の優秀な斥候チェルシー殿を、先ほどから随分と愚弄していた貴様が、か?」




