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第40話 因縁

 四天王ゼルギウスを討ち果たし、俺たちは帝都へと帰還した。


 前線総司令官であった甲殻公が倒れたことで魔王軍の攻勢は目に見えて弱まり、帝都はかつてないほどの祝賀ムードに沸き返っていた。


「アリエラ様、バンザーイ!」


「我らが剣聖勇者に祝福を!」


 大通りを歩く俺たちに、民衆から割れんばかりの歓声と花びらが降り注ぐ。


 かつては重圧と狂信の対象として息苦しさを感じていたこの歓声も、共に戦い、背中を預けられる仲間がいる今のアリエラにとっては、そこまで負担にはなっていないようだ。


「すごい熱気にゃ!屋台もいっぱい出てるにゃ!」


 チェルシーが目を輝かせ、ピコピコと三毛の耳を動かしている。


「本当ですね!あっちからはお肉が焼けるいい匂いがします!」


 リコも琥珀《こはく》色の瞳をキラキラとさせて屋台通りを指差した。


〈おいアリエラ。せっかくのお祭り騒ぎだ、俺たちも屋台飯で軽く腹ごしらえといくか〉


(ええ、そうね。少し小腹も空いたし、お祝いだもの)


 アリエラはフッと口元を緩め、匂いにつられて一番繁盛している串焼き屋台へと足を向けた。


 以前の彼女なら「食事などただの栄養補給」と切り捨てていたはずだが、定食屋の俺が毎晩極上の飯を食わせ続けた結果、今やすっかり舌が肥えてしまっている。


「親父さん、この大串を四本お願い」


「おう!剣聖様には一番デカいところをサービスしてやらぁ!」


 渡された熱々の串焼きを、アリエラがパクリと齧《かじ》る。


 俺の味覚にも、香ばしい肉の脂が伝わってきた。


 ……が、なんだか惜しい。肉質は悪くないが、タレの味が単調で少しパンチが足りない。


(……美味しいけれど、なんだか物足りないわね。ショーヤンの作るタレに慣れすぎたのかしら)


〈だな。塩気はいいが、香りとコクが足りねぇ。……おいリコ、例のヤツの出番だぞ〉


「はいっ!お任せください!」


 俺の指示でアリエラが伝えると、リコが腰のポーチから小瓶を取り出した。


 カウナスの豪商オズボーンにもプレゼントした、彼女特製のスパイスとハーブの調味料だ。


「これを軽く振りかけると、お肉の旨味が何倍にも引き立つんです!」


 リコがそれぞれの串焼きにパラパラとスパイスを振りかける。


 再びアリエラが一口齧ると、その瞬間、俺の脳内にも暴力的なまでの旨味が弾け飛んだ。


(っ……!単調だったタレの味に、深いコクと爽やかな香気が加わって……劇的に美味しくなったわ!)


「にゃははっ!これ最高にゃ!いくらでも食べられるにゃー!」


 チェルシーが尻尾をブンブンと振り回しながら、あっという間に串を平らげていく。


〈だろ?リコのスパイスは、どんな屋台飯も一瞬で極上の一品に変える魔法の粉だからな〉


(ええ、本当に。……こんな風に、みんなで美味しいものを食べながら歩く日が来るなんて、少し前までは想像もできなかったわ)


 アリエラの心には、温かく穏やかな感情が満ちていた。


 仲間と共に笑い合い、美味しいものを分かち合う。かつて孤独な一匹狼だった彼女が手に入れた、何よりも尊い時間だ。


 +++


 しかし、そんな穏やかな祝賀ムードは、突如として割り込んできた不躾《ぶしつけ》な声によって破られた。


「おお!これはこれはアリエラ様!ゼルギウス討伐の偉業、誠におめでとうございます!」


 揉み手をしながら近づいてきたのは、豪奢《ごうしゃ》な服を着込んだ恰幅《かっぷく》の良い商人だった。


 彼の背後には、いかにも柄の悪そうな数人の冒険者が護衛として控えている。


 商人の顔を見た瞬間、串焼きを頬張っていたチェルシーの動きがピタリと止まり、その顔からスッと表情が消えた。


「……チェルシー?どうしたの?」


「チッ……帝都の悪徳商人だにゃ。昔、あたしたちの義賊団を罠に嵌《は》めて、仲間をバラバラにした張本人にゃ」


 チェルシーが低く唸るような声で呟いた。


 因縁の相手というわけか。


 商人はチェルシーの存在に気づくと、鼻でふんと笑った。


「なんだ、勇者様の取り巻きが誰かと思えば、貧民街のコソ泥の生き残りではありませんか。勇者様も人が良い。こんな薄汚いドブネズミを飼いならすとは」


「……なんですって?」


 アリエラの声の温度が、一気に氷点下まで下がった。


 だが、不快な再会はそれだけでは終わらなかった。


 商人の後ろに控えていた護衛の一人が、リコの顔を見て下品な笑い声を上げたのだ。


「おいおい、見間違いかと思えば、激苦ポーションのゴミ薬師じゃねえか!」


「えっ……あなたたちは、以前のパーティーの……」


 リコが肩をビクッと震わせる。


 彼らはかつて、リコの薬を「拷問器具」と罵り、彼女を無情にも追放した冒険者たちだった。

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