第39話 巨大カニ鍋
要塞の広場に、即席の巨大な屋外厨房が設営された。
マルコが用意してくれたのは、要塞の全兵士のスープを煮込むための特大大鍋と、煌々と燃える巨大な炭火台だ。
「チェルシー、まずは関節の隙間にナイフを入れて、ハサミと足を切り離して!」
「任せるにゃ!魔力が切れた今は、どんな硬いバケモノの殻でも、関節の隙間は柔らかいから任せるにゃ!」
チェルシーが小気味よい動きで解体ナイフを滑らせ、巨大なカニ足やハサミを次々と切り離していく。
〈よしアリエラ、まずは出汁取りだ!武器の素材に使えない切り出した足の細い部分や、身が少ない殻を炭火でガンガン炙れ!殻は焼くことで香ばしさが爆発するんだ!〉
(ええ、わかったわ!)
アリエラが巨大な殻の欠片を網に乗せると、ジュワッという音と共に、甲殻類特有の強烈に香ばしい匂いが立ち上った。
〈表面が焦げてきたら、たっぷりの水を張った大鍋へ放り込むんだ!リコ、香味野菜と臭み消しのハーブを!〉
「はいっ!カウナスで仕入れた『深層地下塩』も少し入れますね。旨味が引き立ちます!」
大鍋の中で、炙られた殻と香味野菜がグツグツと煮込まれ始める。
数十分もすると、無色だった湯は美しい黄金色へと変わり、要塞中に濃厚なカニの出汁の匂いが充満し始めた。
「こ、こりゃあすげえ匂いだ……」
マルコが目を丸くして大鍋を覗き込む。
「ただの硬い魔海獣の殻から、こんなに深い香りのスープが取れるとはな。料理の常識がひっくり返りそうだぜ」
〈まだまだ行くぞ!メインの太い足とハサミは、殻を半分だけ削ぎ落として、炭火で直接『焼きガニ』にするんだ!〉
アリエラは言われた通りに、巨大なハサミの殻を大剣でスパンッと切り落とし、剥き出しになった極上の白い身を炭火の上に乗せた。
チリチリと殻が焦げ、分厚い身が熱せられてぷっくりと膨れ上がっていく。
さらに、甲羅の裏に張り付いていた濃厚なカニミソも、甲羅ごと炭火にかけてグツグツと煮立たせる。
「にゃあぁぁっ!いい匂いすぎるにゃ!お腹と背中がくっつきそうにゃ!」
チェルシーが尻尾をブンブンと振り回し、クロワッサンも「ワンッ!ワウッ!」と涎を垂らしながら足元を跳ね回っている。
「よし、完成よ!みんな、冷めないうちに食べてちょうだい!」
アリエラの号令と共に、『四天王の絶品カニ鍋スープ』と『極太焼きガニ』が、要塞の兵士たち全員に振る舞われた。
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「う、うめええええええっ!!」
広場のあちこちから、兵士たちの歓喜の絶叫が上がった。
極太の焼きガニにかぶりついた兵士たちは、その身の驚くべき弾力と、口いっぱいに溢れる濃厚な甘みに涙を流している。
「あの恐怖の四天王が、こんなに美味いなんて……!」
「スープも最高だ!体の芯まで温まるし、五臓六腑に染み渡るぞ!」
ガルブレイスも、自分の体ほどもある巨大なハサミの身に豪快にかぶりついていた。
「フッ……無敵を誇った絶対防御の装甲も、中身はこんなに繊細で甘いとはな。戦士の胃袋を満たす、最高の褒美だ」
アリエラも、自分の木椀によそわれた黄金色のカニ鍋スープを口に運んだ。
一口飲むたびに、カニの芳醇な旨味と香味野菜の爽やかさが広がり、戦いの疲労を優しく解きほぐしていく。
かつては絶望と恐怖の象徴であった四天王ゼルギウス。
それが今、極上のスープとなって、自分たちや兵士たちの腹を満たし、明日を生きるための活力となっている。
(……どんな強大な敵も、私たちが生きるための『命の糧』なのね)
アリエラは、スープの温もりに心からの感謝を捧げた。
一人で強がっていた頃には決して気づけなかった、食を通じた命の循環と、仲間全員で鍋を囲む幸福感。
彼女は仲間たちの笑顔を見渡し、その喜びを深く深く噛み締めた。
〈おいおいアリエラ、感動に浸るのはまだ早いぜ。ここからが本当のメインイベントだ〉
(えっ?まだ何かあるの?)
〈鍋の汁を残しておけって言っただろ?カニ鍋の真髄は、その旨味を最後の一滴まで吸い尽くす『〆の雑炊』にあるんだよ!〉
俺の指示で、アリエラは弾かれたように立ち上がった。
「マルコ!カウナスで手に入れた『米』と『卵』を持ってきて!」
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大鍋に残ったカニの出汁がたっぷりと溶け込んだ黄金色のスープ。
そこに、洗った白米が惜しげもなく投入された。
〈米が出汁を吸ってふっくらと膨らんできたら、炭火で温めておいた『カニミソ』を全量ブチ込め!〉
(カ、カニミソを全部!?なんて贅沢な……!)
アリエラが甲羅いっぱいに詰まった濃厚なミソを大鍋に流し込むと、スープが一気に深みのある黄土色へと変わり、暴力的なまでのコクと香りが弾け飛んだ。
「リコ、卵をお願い!」
「はいっ!溶き卵、いきます!」
リコが手際よく溶いた卵を細く回し入れ、アリエラが素早く火から下ろして蓋をする。
ほんの数分蒸らした後。
「完成よ!『究極のカニミソ雑炊』!」
蓋を開けた瞬間、立ち上る湯気とともに、要塞全体がカニと卵と米の織りなす圧倒的な香りに包み込まれた。
「こ、これは……」
マルコが震える手で木椀を受け取り、一口かき込んだ。
その瞬間、彼の目が見開かれ、手からスプーンがポロリとこぼれ落ちた。
「……あ、あぁぁ……」
「マルコおじさん!?」
「天国だ……俺の口の中に、今、海の神が舞い降りた……!」
マルコは白目を剥き、幸せそうな笑顔を浮かべたまま、後ろへドサリと倒れ込んで昇天(気絶)してしまった。
「マルコが倒れたぞ!」
「待て、俺にも一口食わせろ……ウオォォォッ!なんだこの美味さは!?カニの旨味の暴力だ!」
「卵がトロトロで、カニミソのコクが米の一粒一粒に……あぁっ、俺も天に召されるぅぅ……!」
ガルブレイスをはじめ、究極の雑炊を口にした兵士たちが、次々とあまりの美味さに涙を流し、感動のあまりその場に倒れ込んで昇天していく。
阿鼻叫喚ならぬ、歓喜と昇天の大パニックだ。
「にゃははっ!みんなバタバタ倒れていくにゃ!でも本当にほっぺたが落ちそうにゃー!」
「アリエラさん、これは私のお薬でも直せない究極の美味です……!」
「ワンッ!ワゥワゥ!」
チェルシーとリコも、雑炊の熱さに悶絶しながら満面の笑みで頬張り、クロワッサンも尻尾をちぎれんばかりに振って鍋底の匂いを嗅いでいる。
〈へへっ、故郷の鍋の『〆の文化』、異世界の連中には少し刺激が強すぎたかな〉
俺が脳内で誇らしげに笑うと、アリエラもクスリと吹き出した。
(もう、料理長殿のせいで要塞の兵士がみんな気絶しちゃったじゃない)
〈いいんだよ。明日の活力になる最高のメシを食って寝る。これ以上の幸せはないだろ?〉
(……ええ。本当に、その通りね)
アリエラは、雑炊の温もりでポカポカになった頬を緩め、月明かりに照らされた要塞の空を見上げた。
(『万能の霊髄』は手に入れた。あとは、精製方法を見つけるだけ。……待っていてね、ショーヤン。絶対に、あなたをこの温かい食卓に呼び戻してみせるから)
仲間の笑い声と、究極の料理の余韻に包まれながら、俺たちの過酷で美味しい旅は、さらなる希望へと向かって続いていくのだった。




